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・ダニエル書12章1節~4節
・ダニエル書12章5節~13節
・ダニエル書まとめ
エレミヤ書
・エレミヤ書1章1節~3節 前半
・エレミヤ書1章1節~3節 後半
・エレミヤ書1章4節~19節
・エレミヤ書2章1節~19節
・エレミヤ書2章20節~3章5節
・エレミヤ書3章6節~25節
・エレミヤ書4章1節~31節
・エレミヤ書5章1節~31節
・エレミヤ書6章1節~30節
・エレミヤ書7章1節~15節+バビロン捕囚の表
・エレミヤ書7章16節~8章3節
・エレミヤ書8章4節~9章1節
・エレミヤ書9章2節~16節
・エレミヤ書9章17節~26節
・エレミヤ書10章1節~16節
・エレミヤ書10章17節~25節
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・エレミヤ書15章11節~21節
・エレミヤ書16章1節~13節
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・エレミヤ書29章15節~20節
・エレミヤ書29章21節~32節
・エレミヤ書30章1節~11節
・エレミヤ書30章12節~31章1節
・エレミヤ書31章2節~14節
・エレミヤ書31章15節~30節
・エレミヤ書31章31節~34節
・エレミヤ書31章31節~34節(新しい契約について)
・エレミヤ書31章35節~40節
・エレミヤ書32章1節~15節
・エレミヤ書32章16節~44節
・エレミヤ書33章1節~26節
・エレミヤ書34章1節~22節
・エレミヤ書35章1節~19節
・エレミヤ書36章1節~19節

メッセージ

エレミヤ書36章1節~19節

1節:ユダの王、ヨシヤの子エホヤキムの第四年に、主からエレミヤに次のようなことばがあった。

・エホヤキム王の第4年のこと。
※この記録はBC605年からBC604年にかけての出来事です

2節:「あなたは巻物を取り、わたしがあなたに語った日、すなわちヨシヤの時代から今日まで、わたしがイスラエルとユダとすべての国々について、あなたに語ったことばをみな、それに書き記せ。

神は、これまでの預言を巻物に記録するよう命じた。→巻物(ヘ)megillat sepher。

※一般の巻物(megillah)とは異なる巻物らしい。
・「ヨシヤ王~これまでの預言の記録」→期間は22~23年。エレミヤは47~52歳頃。
・内容→北イスラエルとユダと諸国の預言・・
※北イスラエルが含まれているのは、将来の預言が示されているからであろう。

3節:ユダの家は、わたしが彼らに下そうと思っているすべてのわざわいを聞いて、それぞれ悪の道から立ち返るかもしれない。そうすれば、わたしも、彼らの咎と罪を赦すことができる。」

・巻物の目的・・ユダヤの民に、神の預言を思い出させるため。
※約22年間の預言を、記憶に頼らず思い出すとともに、言い訳の余地をなくすため。
・彼らを邪悪の道から神に回帰させ、罪を赦し、刑の執行を遅らせるため

4節:それでエレミヤは、ネリヤの子バルクを呼んだ。バルクはエレミヤの口述にしたがって、彼に語られた主のことばを、ことごとく巻物に書き記した。

・ネリヤの子バルク・・32章で登場。筆記者、書記官。セラヤの兄弟(エレ51:59)。
・バルクは、エレミヤのことばを忠実に記録した。神のことばを記録したということ。
※預言者によって、書記官がいたり、いなかったり。パウロには筆記者がいた。

5節:エレミヤはバルクに命じた。「私は閉じ込められていて、主の宮に行けない。
6節:だから、あなたが行って、あなたが私の口述によって巻物に書き記した主のことばを、断食の日に主の宮で民の耳に読み聞かせよ。また、町々から来るユダ全体の耳にもそれを読み聞かせよ。

・エレミヤは自らこの巻物を皆の前で読み上げたいのだが・・
・「閉じ込められている」とあるが、神殿入場が禁止されていた。
※入場禁止の原因は、エレミヤが行う神殿での厳しい説教(7章、19:15~20:6)。
・そこで、エレミヤはバルクに読み上げの代行を命じる。
・「断食の日」と指定。エホヤキム王の第5の年。書き上げてから、約1年ほど後。
・エルサレムの民のみならず、ユダの民全体に知らせよ。断食の日には大勢が集結する

7節:そうすれば、主の前で彼らの嘆願が受け入れられ、それぞれ悪の道から立ち返るかもしれない。主がこの民に語られた怒りと憤りは大きいからだ。」
8節:そこでネリヤの子バルクは、すべて預言者エレミヤが命じたとおりに、主の宮で主のことばの書物を読んだ。

・エレミヤの期待→民の悔い改めと嘆願が、神に受け入れられること。
※民に対する悔い改めの機会であり、神の気付きの促しである。
・エレミヤがバルクに巻物の読み上げを託してから約1年後、バルクは実行。

9節:ユダの王、ヨシヤの子エホヤキムの第五年、第九の月、エルサレムのすべての民と、ユダの町々からエルサレムに来ているすべての民に、主の前での断食が布告された。

・エホヤキム王の第5年(BC604年)の断食の日。エルサレムとユダの人々に布告された。
※断食の目的:①BC605年の小規模捕囚を思い嘆くため。②BC604年にバビロンがペリシテと戦う状況にあって、次の戦いはユダへとの懸念があった。
※しかし、ここで重要なのは、全ユダが集結する日にこの預言集が読み上げられたことである。

10節:そのときバルクは、主の宮で民全体に聞こえるように、その書物からエレミヤのことばを読んだ。そこは、主の宮の、新しい門の入り口付近の上庭にあった、書記シャファンの子ゲマルヤの部屋であった。

・シャファンは、ヨシヤ王の忠実な祭司(Ⅱ列22:3) ・・

シャファンの子どもたちは、
①アヒカム→(孫)ゲダルヤ(39:14)
②エルアサ(29:3)
③ゲマルヤ→(孫)ミカヤ
シャファンと子と孫は、すべてエレミヤの友であり保護者だった。
・場所はゲマルヤの部屋→部屋の位置(上庭)が全体(中庭)を見下ろす位置。新しい門(エレ26:10)の入り口にあり。新しい門の詳細は不明。  

11節:シャファンの子ゲマルヤの子ミカヤは、その書物にあるすべての主のことばを聞き、
12節:王宮にある書記の部屋に下ったが、見よ、そこには、すべての首長たちが座っていた。すなわち書記エリシャマ、シェマヤの子デラヤ、アクボルの子エルナタン、シャファンの子ゲマルヤ、ハナンヤの子ゼデキヤ、およびすべての首長たちである。
13節:ミカヤは、バルクがあの書物を民に読んで聞かせたときに聞いた、すべてのことばを彼らに告げた。

・「ミカヤ」・・ゲマルヤの子。
・彼が、王宮の書記官室で会議中の政府関係者に、巻物の内容を伝えに行く。
※その中に、エレミヤに友好的な人物がいた。 
◎エリシャマ(書記官)・・イシュマエルの祖父。Ⅱ列25:25
◎アクボル(Ⅱ列22:12)の子エルナタン→エルナタンは預言者ウリヤの死を目撃。それを教訓としてエレミヤ保護へ。
・神とエレミヤに忠実な首長たちが集まっていた。
※「ハナンヤ」はエレ28章の預言者ハナンヤとは別人。ゼデキヤは当時の首長の一人。
・ミカヤは巻物の内容を全て彼らに告げた。

14節:すべての首長たちは、クシの子シェレムヤの子ネタンヤの子ユディをバルクのもとに遣わして言った。「あなたが民に読んで聞かせたあの巻物、あれを手に持って来なさい。」そこで、ネリヤの子バルクは、巻物を手に持って彼らのところに入って来た。
15節:彼らはバルクに言った。「さあ、座って、私たちにそれを読んで聞かせてくれ。」そこで、バルクは彼らに読んで聞かせた。

・彼らは、ミカヤの内容を確認すべく、ユディを遣わしてバルクを呼び寄せた。
・バルクはその巻物を所持して、首長たちの前に現れ、そして読んで聞かせた。

16節:そのすべてのことばを聞いたとき、彼らはみな互いに恐れおののき、バルクに言った。「私たちは、これらのことばをすべて、必ず王に告げなければならない。」

・明確な言葉が巻物から現れる。首長たちはその内容に恐れを覚えた。
・彼らはこの預言の重要性を認識し、王に伝えるべきと判断した。

17節:彼らはバルクに尋ねて言った。「さあ、あなたがこれらのことばをすべて、どのようにして書き留めたのか、私たちに教えてくれ。エレミヤが口述したことばを。」
18節:バルクは彼らに言った。「エレミヤがこれらのことばをすべて私に口述し、私は墨でこの書物に記しました。」

・彼らは、この巻物の預言がどのように作成されたかをバルクに再確認した。
・彼らは間違いなくエレミヤの預言、つまり神のことばと確信した。(バルクは忠実にエレミヤのことばを筆記した)

※書かれたことばの霊感が認められたということ。→Ⅱテモテ3:16

19節:すると首長たちはバルクに言った。「行って、あなたもエレミヤも身を隠しなさい。あなたがたがどこにいるか、だれにも知られないようにしなさい。」

・首長たちは、エレミヤとバルクに身を隠すよう警告する。 
※エレ26:20~23で、預言者ウリヤが死んでいる。

首長たちはこの件から学習した。

①首長たちは、ウリヤをエジプトから連れ戻しはしたが、処刑することは承認していなかった。
②エホヤキム王の性質から、エレミヤとバルクの命を心配したことは当然である。

 

『真理を歩む知恵者』
・今我々は、聖書を自由に手に取れる状況にある。そこには神の預言が全て記されている。しかし、人は、36章の首長たちのような恐れ(畏敬)を持つどころか、聖書に接することすらないのではないか?
・世の中は、真理を知ろうとせず、富や地位の獲得に邁進している。「真理」とは本当の正しさであり、真理は創造主なる「神」であり、真理に則った生き方とは、神に従う生き方である。
・時代が変わってどんなに便利になっても、本当の正しさを知るには、神の導きに応答する心が必要である。真理は決して自分の力で生み出したりするようなものではない。
・我々信仰者は、真理を知る者ではなく真理を歩む実践者である。自らを被造物と理解し、創造の神が備えてくださる永遠のいのちを素直に受け取り、聖霊に従って力強く歩むのである。
「兄弟たちがやって来ては、あなたが真理に歩んでいることを証してくれるので、私は大いに喜んでいます。実際、あなたは真理のうちに歩んでいます。私にとって、自分の子どもたちが真理のうちに歩んでいることを聞くこと以上の大きな喜びはありません。」ヨハネ 第3 3~4節 

 

エレミヤ書35章1節~19節

エホヤキム王時代という以外、時系列が明確ではありませんが、異邦人であるレカブ人に関する逸話を通して、ユダとエルサレムへの教訓が示されます。

1節:ユダの王、ヨシヤの子エホヤキムの時代に、主からエレミヤに次のようなことばがあった。

・エホヤキム王時代に、神がエレミヤに象徴的行動を命じます。

2節:「レカブ人の家に行って彼らに語り、主の宮の一室に連れて来て、彼らに酒を飲ませよ。」

・神はエレミヤに、「レカブ人に語り、神殿の一室に招き、ワインを飲ませよ」、と命じた。

 

レカブ人について(アブラハムの血統だが、アブラハム契約外の異邦人)


3節:そこで私は、ハバツィンヤの子エレミヤの子であるヤアザンヤと、その兄弟とすべての息子たち、レカブ人の全家を率いて、

・同行者・・ハバツィンヤの子エレミヤの子ヤアザンヤと兄弟息子たち。
・レカブ人は一族全体が招かれている。

4節:主の宮にある、イグダルヤの子、神の人ハナンの子らの部屋に連れて来た。それは首長たちの部屋の隣にあり、入り口を守る者、シャルムの子マアセヤの部屋の上であった。

・2人の祭司 

①イグダルヤの子ハナン(‟神の人“)の子らの部屋。※”神の人”→預言者への名誉の称号→(本物かどうかは別に、預言者は存在した)
②シャルムの子マアセヤ(祭司ゼパニヤの父:エレ21:1など)の部屋。神殿の門番→神殿の維持管理、費用等

5節:私は、レカブ人の家の子らの前に、ぶどう酒を満たした壺と杯を出して、「酒を飲みなさい」と言った。

・エレミヤは神の命令に応じてレカブ人たちにワインを飲めと促した。

6節:すると彼らは言った。「私たちはぶどう酒を飲みません。というのは、私たちの先祖レカブの子ヨナダブが私たちに命じて、『あなたがたも、あなたがたの子らも、永久にぶどう酒を飲んではならない。
7節:あなたがたは家を建てたり、種を蒔いたり、ぶどう畑を作ったり、また所有したりしてはならない。あなたがたが寄留している地の面に末長く生きるために、一生、天幕に住め』と言ったからです。

・ヨナダブの禁令により、ぶどう酒の飲酒を断るレカブ人たち。
※エレミヤは、「神の命令により・・」とは言っていない。ただ、「酒を飲め」だけ。
※先祖ヨナダブ・・Ⅱ列10:15~24
◎彼は偶像礼拝を嫌い、そこに至る誘因となる5つを、子孫に禁止した。
①禁酒(ぶどう酒)。
◎都市生活が人を堕落させ、偶像礼拝に繋がる。→「ヨナダブの誓約」
②定住住居の所持禁止。→天幕生活、③農業の禁止、④ブドウ畑の所有禁止、⑤遊牧生活をする。これらはすべて、遊牧民としてのライフスタイルの形成目的
・レカブ人はイスラエルの民とならず自らの生活文化を維持。少なくとも、エフ―王(北の10代目の王)の時代から、ユダヤの民と共存していたとみられる。

8節:私たちは、私たちの先祖レカブの子ヨナダブが私たちに命じたすべての命令に聞き従ってきました。私たちも、妻も、息子、娘たちも、一生ぶどう酒を飲まず、
9節:住む家も建てず、ぶどう畑も、畑も、種も持たず、
10節:天幕に住んできました。私たちは、すべて先祖ヨナダブが私たちに命じたとおりに、従い行ってきました。
11節:しかし、バビロンの王ネブカドネツァルがこの地に攻め上ったとき、私たちは『さあ、カルデアの軍勢とアラムの軍勢を避けてエルサレムに行こう』と言って、エルサレムに住んだのです。」

・ヨナダブの禁令に、レカブ人全員がエフ―王時代(BC841~BC814)から、およそ250年間忠実に従ってきた、と告白する。
・バビロンの攻勢が始まり、その侵略を避けて、今は一時的にエルサレムに居住の状態となっている。
※エレミヤに言わせれば、このような状態になったのは、イスラエルの神への不忠実、不信仰が原因である。

12節:すると、エレミヤに次のような主のことばがあった。
13節:「イスラエルの神、万軍の主はこう言う。行って、ユダの人とエルサレムの住民に言え。『あなたがたは訓戒を受け入れて、わたしのことばに聞き従おうとしないのか──主のことば──。

・これまでの象徴的行動の意味が、神から示される。
・なぜ、レカブ人のように、ユダとエルサレムは神に従わないのか、という教訓。
※ここで神が、レカブ人の生活様式をほめてはいない。→モーセの律法とは対照的。
※神がほめたのは、この異邦人が父祖の誓約に忠実に従っている点。
※禁酒を勧めているのではなく、言いつけに従う姿勢を勧めているということ!

14節:レカブの子ヨナダブが、酒を飲むなと子らに命じた命令は守られた。彼らは先祖の命令に聞き従ったので、今日まで飲んでいない。ところが、わたしがあなたがたにたびたび語っても、あなたがたはわたしに聞き従わなかった。
15節:わたしはあなたがたに、わたしのしもべであるすべての預言者たちを早くからたびたび遣わして、さあ、それぞれ悪の道から立ち返り、行いを改めよ、ほかの神々を慕ってそれに仕えてはならない、わたしがあなたがたと先祖たちに与えた土地に住め、と言った。それなのに、あなたがたは耳を傾けず、わたしに聞かなかった。

・神は何度も預言者を遣わしたが、レカブ人のようには聞き従わなかった。
・ユダの神への3つの拒否  
①邪悪な道からの回避の拒否。
②行動様式の改善の拒否。
③偶像礼拝からの脱却の拒否。

16節:実に、レカブの子ヨナダブの子らは、先祖が命じた命令を守ってきたが、この民はわたしに聞かなかった。

・レカブ人とイスラエルの民との対比。イスラエルの民の罪深さが露呈。
※やる気になればできると言いうことではないか!

17節:それゆえ──イスラエルの神、万軍の神、主はこう言われる──見よ。わたしはユダと、エルサレムの全住民に、わたしが彼らについて語ったすべてのわざわいを下す。わたしが彼らに語ったのに、彼らは聞かず、わたしが彼らに呼びかけたのに、彼らは答えなかったからだ。』」

・言うまでもなく、ユダとエルサレムの住民への裁きはこれまでの預言通り。
※剣と飢饉と疫病・・バビロン捕囚。

神は禁欲を勧めているのではなく、神の声を見失った民への警告であることに注目!

18節:エレミヤはレカブ人の家の者に言った。「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。『あなたがたは、先祖ヨナダブの命令に聞き従い、そのすべての命令を守り、すべて彼があなたがたに命じたとおりに行った。

・父祖ヨナダブの命令に忠実であるレカブ人を、神はほめられた。
※服従心に対する神の称賛。
※期待に応えるとはこういうこと。

19節:それゆえ──イスラエルの神、万軍の主はこう言われる──レカブの子ヨナダブには、わたしの前に立つ人がいつまでも絶えることはない。』」

・レカブの子孫の祝福。「わたしの前に立つ人が絶えることはない」の二つの意味。
①レカブ人の子孫の中に神に選ばれた者(信者)が、いつの時代も存在する。
②イザヤ66:21・・メシア的王国では、異邦人からも祭司が出るとされ、その中にレカブ人がいるのではないかと考えられている。ラビの伝承によれば、これは無条件契約。
※ミシュナによれば、レカブ人はバビロン捕囚後、神殿に木材を提供したとの記録あり。

 

『霊の耳』

・レカブ人は自ら偶像に至らぬための禁令を設定し、それを守っていた。こうした動機は、神を信じる信仰心がもたらしたものと想像する。それは、彼らの父祖がアブラハムという信仰の父だから。

・旧約でも新約でも、救いの条件は同じ。ただし新約では、聖霊が与えられ、その証印が押されているのだから、そのステッカー(証印)にふさわしい歩みを目指す者であることを忘れてはならない。
・今までは、自分の心のままに生きていた。しかし、救われた者は聖霊の声に応答して歩まねばならない。これは、今までの歩み方とは全く違うということをよく理解しておく必要がある。
・聖霊に聞き従う耳を持っていなかった私たちは、その声をしっかりと聴きとる耳を開くことが大事。これまで意識していなかった霊の耳をどんどん開いて、聖霊に耳を傾ける者を目指そうではないか。
また、別の種は良い地に落ち、生長して百倍の実を結んだ。」イエスはこれらのことを話しながら、大声で言われた。「聞く耳のある者は聞きなさい。」ルカの福音書 8:8  


エレミヤ書34章1節~22節

バビロンの包囲戦が始まり、その最中に起こった出来事が語られます。

1節:バビロンの王ネブカドネツァルとその全軍勢、および彼の支配下にある地のすべての王国とすべての民族が、エルサレムとそのすべての町を攻めていたとき、主からエレミヤに次のようなことばがあった。

・この預言はエルサレム破壊の2年前と考えられ、バビロンによる包囲戦中である。
※バビロン軍側には、バビロンに攻め落とされた諸国も参戦していた。
※この包囲戦の最中、バビロンはエジプト軍の接近に対処し、一時包囲を解いた

→37:5~8、44:30参照
・この時期に、神はエレミヤに命じた。

2節:「イスラエルの神、主はこう言う。行って、ユダの王ゼデキヤに告げよ。『主はこう言われる。見よ、わたしはこの都をバビロンの王の手に渡す。彼はこれを火で焼く。
3節:あなたはその手から逃れることができない。あなたは必ず捕らえられて、彼の手に渡されるからだ。あなたの目はバビロンの王の目を見、彼の口はあなたの口と語り、あなたはバビロンへ行く。

・二つの預言 

①エルサレムの預言→バビロンに占領され炎上する。

②ゼデキヤ王への預言→バビロンに捕囚され、連行される。
※この預言の成就については・・Ⅱ列25:6~7参照。

4節:ただ、主のことばを聞け、ユダの王ゼデキヤよ。主はあなたについてこう言われる。あなたは剣で死ぬことはない。
5節:あなたは平安のうちに死ぬ。人々は、あなたの先祖たち、あなたの先にいた王たちのために埋葬の香をたいたように、あなたのためにも香をたき、ああ主君よ、と言ってあなたを悼む。このことを語るのはわたしだ──主のことば。』」

・ゼデキヤ王は連行されるが処刑されないという預言。
・「平安のうちに死ぬ」・・自然死。裕福でもなく処刑されず、最後は平安に死ぬ。
・歴代の王の埋葬のごとく香が焚かれ、その死が悼まれる。
※埋葬の様子については、Ⅱ歴16:14参照。
・対照的なのはエホヤキム王。エレ22:18参照。

6節:そこで預言者エレミヤは、ユダの王ゼデキヤに、エルサレムでこれらすべてのことばを語った。

・エレミヤはエルサレムでこの預言をすべてゼデキヤ王に語った。王への預言は終了。
※エレミヤが監視中かどうかは不明。

7節:そのとき、バビロンの王の軍勢は、エルサレムとユダの残されたすべての町、ラキシュとアゼカを攻めていた。これらが、ユダの町々で城壁のある町として残っていたからである。

・この時ユダの要塞都市は、ラキシュ、アゼカを残して陥落していた。
※包囲戦により、周囲は敵に掌握され、まさに孤立状態に近い状況。
※聖書地図4→ラキシュ(c:4)、その北東16キロにアゼカ。シェフェラ(低地)の町々。

※この預言は32:4~5と同じ。この預言の成就は39:4~7、52:7~11参照。
※ゼデキヤ王の伝承→ゼデキヤ王はネブカドネツァル王より先に死ぬと言われていたが、ネブカドネツァル王が死んだとき、ゼデキヤ王は37年間の監禁から釈放され、その一日後に亡くなった。ゼデキヤ王は王室の名誉で埋葬された。

 

<ラキシュの考古学資料> 



ラキシュの手紙

遺跡のある部屋で、考古学者たちは紀元前6世紀初頭のバビロン侵攻直前の古代ヘブライ語で書かれた約20点の刻印された陶片(オストラカ)を発見しました。これらの手紙はユダの軍人たちとの緊急の書簡を記録しています

 

最も有名なものの一つ、第4通の手紙
“…我々は主が示したすべてのしるしに従ってラキシュの火の合図を見守っている。なぜならアゼカは見えないからだ。」 この一節はユダの絶望的な最後の日々を捉えており、ラキシュは最後の砦の一つとして立っています。

アゼカ陥落は、エレミヤの預言の直後と想像できる。まさに聖書は真実!


8節:ゼデキヤ王がエルサレムにいる民全体と契約を結んで、彼らに奴隷の解放を宣言した後、主からエレミヤにあったことば。

・34:22から、エジプトとの交戦のため、一時包囲戦を停止していた時期。
※「引き返させる」の表現。
・契約締結・・ゼデキヤ王とエルサレムの市民の契約。
・奴隷の解放→自由の契約。・・・モーセの律法とは別個の人間による契約。
・この宣言が出された後に、神はエレミヤに語った。

9節:その契約は、各自が、ヘブル人である自分の奴隷や女奴隷を自由の身にし、同胞のユダヤ人を奴隷にしないというものであった。

・モーセの律法によれば、奴隷になっても6年の後、借金が完済し解放される。
※出21:2~6、申15:12~18
・ゼデキヤ王の契約は同胞のユダヤ人をすぐに奴隷から解放し、再び奴隷にしないというもの。

10節:契約に加わったすべての首長と民は、各自、自分の奴隷や女奴隷を自由の身にして、二度と彼らを奴隷にしないことに同意し、同意してから奴隷を去らせた。
11節:しかしその後で、彼らは心を翻した。そして、いったん自由の身にした奴隷や女奴隷を連れ戻し、強制的に彼らを奴隷や女奴隷の身分に服させた。

・これは人間の造り出した契約。ゼデキヤ王は神の命令に従おうとする意欲あり。
・人々は皆、同意した。しかし、・・・エルサレムの人々はすぐに契約破棄し、自由の身となった人々を再び奴隷とした。
※この時代の奴隷の扱いは、決して良好なものではなかったと想像できる。

12節:すると、主からエレミヤに次のような主のことばがあった。
13節:「イスラエルの神、主はこう言われる。『わたしが、あなたがたの先祖をエジプトの地、奴隷の家から導き出した日に、わたしは彼らと契約を結んで言った。
14節:「七年の終わりには、各自、自分のところに売られて来た同胞のヘブル人を去らせなければならない。六年の間あなたに仕えさせ、その後あなたは彼を自由の身にせよ」と。しかし、あなたがたの先祖は、わたしに聞かず、耳を傾けもしなかった。

・この状況で神はエレミヤに語る。・・この契約違反はモーセの律法違反である。
・神は、エジプトからの解放後の神と民とのシナイ(モーセ)契約を思い起こさせる。
※出21:2~11、レビ25:39~46(同胞の酷使不可)、申15:1、12~18参照。
・神の律法を全く無視!当時は全く守られておらず、ゼデキヤ王は解放の契約を締結したが、モーセの律法同様、否、それ以上に人々は簡単に契約を破棄する。

15節:ところが、あなたがたは今日、立ち返って、各自が隣人の解放を告げてわたしの目にかなうことを行い、わたしの名がつけられているこの家で、わたしの前に契約を結んだ。

・「わたしの家」・・この人間的な契約は神殿で締結。より厳粛さが増す。
※モーセの律法に心が向いたと思われる行為を、神は正しいことと判断。
※ゼデキヤ王の最初の従順。
※戦局が変化し、奴隷となる捕囚から解放されるべく、王は自ら奴隷の解放を 実践して、神に良い応答をしたのではないかと想像する。

16節:それなのに、あなたがたは心を翻して、わたしの名を汚した。あなたがたは、それぞれ、いったん彼らの望むとおりに自由の身にした奴隷や女奴隷を連れ戻し、強制的に彼らをあなたがたの奴隷や女奴隷の身分に服させた。』

・しかし、解放した同胞のユダヤ人を、強制的に再び奴隷とした民。
※神殿で締結された契約ということもあり、これは神の名を冒涜する結果となる。
※神を無視し、王の権威も失墜している状況が思い浮かぶ。

 

☆ゼデキヤ王の人間的契約の経緯
・ゼデキヤ王の第9の年に、バビロンに反旗を翻す。
・バビロンがエルサレムへの包囲戦を開始。
・エジプトの接近(イスラエルの支援のため)にバビロンが応戦のため、包囲戦を解く。
・ゼデキヤ王は、神の好意を得るため、民と奴隷解放の契約を結ぶ。

しかし、その内情は・・・
①バビロンの包囲戦で、仕事が減り奴隷を養う余裕と意味がなくなった。
※奴隷を所有する者たちの負担が減るというメリットがあった。
②エジプト軍との交戦の為、バビロン包囲が一時解かれた。
※危険が和らぐと仕事、活動が再開し、奴隷が必要となり、契約を破棄する。
※奴隷所有者は、収入増というメリットがある。
③この契約破棄は、モーセの律法違反につながる。

17節:それゆえ、主はこう言われる。『あなたがたはわたしに聞き従わず、各自、自分の同胞や隣人に解放を告げなかったので、見よ、わたしはあなたがたに──主のことば──剣と疫病と飢饉の解放を宣言する。わたしは、あなたがたを地のすべての王国にとって、おののきのもとにする。
18節:また、わたしの前で結んだ契約のことばを守らず、わたしの契約を破った者たちを、彼らが二つに断ち切ってその二つの間を通った、あの子牛のようにする。

・この契約の破棄は、モーセの律法の破棄ゆえに、「剣、疫病、飢饉」の裁きを下す。
・この裁きは全世界にとって恐ろしい光景となる。(激烈な裁き)
・更に、アブラハム契約の締結の儀式を思い出させる。創15:7~21
※創15:11の光景が次節の内容と酷似。

19節:ユダの首長たち、エルサレムの首長たち、宦官と祭司と民衆すべてが、二つに分けた子牛の間を通った者たちである。
20節:わたしは彼らを、敵の手、いのちを狙う者たちの手に渡す。その屍は空の鳥や地の獣の餌食となる。

・違反者たちは、ユダとエルサレムの首長、宦官や祭司などの上層部、住民のすべて。
・割かれた子牛の間を通った者たち。→割かれた子牛と同様、猛禽類の餌食となる。
・猛禽類の餌食→バビロンの手に渡されたイスラエルの民の結末。

21節:また、わたしはユダの王ゼデキヤとその高官たちを、敵の手、いのちを狙う者たちの手、あなたがたのところから引き揚げたバビロンの王の軍勢の手に渡す。

・状況として、バビロンはエジプトとの交戦の為、包囲を解いている。
・神は、一旦包囲を解いているバビロン王に、ゼデキヤ王や上層部を渡すと宣言。

22節:見よ。わたしは命じて──主のことば──彼らをこの都に引き返させる。彼らはこの都を攻め取り、火で焼く。わたしはユダの町々を、住む者もいない荒れ果てた地とする。』」

・神の宣言は、バビロン軍をエルサレムに引き返させるというもの。
※この一時的包囲戦の解放が、新たなイスラエルの民の罪を露わにした。
※バビロンはエジプトに勝利し、引き返してエルサレムに火をつけ、炎上させる。
※「住む者もいない荒れ果てた地とする」→かろうじて生き延びた者たちは、亡命せざるを得ない状態。

 

『損得勘定の罠』

・バビロンの包囲戦の中、ゼデキヤ王は神に好意を得るために同胞のユダヤ人を奴隷から解放するという、神の目にも正しい行動をとったが、包囲戦が解かれると人々の心は一変する。
・人の本心は周囲には見えにくいもの。結局、ゼデキヤの思いと異なり、この時の奴隷所有者は、損得勘定が常に働いていて、神さえも利用するという心の持ち主であったことが分かる。
・クリスチャンは、損得勘定は二の次、三の次であり、最優先は神の期待への応答である。救いは、未来に用意されている豊かな恵みでもあり、地上とは比べ物にならない豊かさと幸いである。
・終末が近づくにつれ、神の真実性が顕著である。損得勘定が賢い事と勘違いしている人達を尻目に、救いに感謝し、本当の正しさに従って、いつも神を見上げる真の信仰者を目指しましょう!
「今、私は人々に取り入ろうとしているのでしょうか。神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは人々を喜ばせようと努めているのでしょうか。もし今なお人々を喜ばせようとしているのなら、私はキリストのしもべではありません。」ガラテヤ人の手紙1:10  

 

エレミヤ書33章1節~26節

1節:エレミヤがまだ監視の庭に閉じ込められていたとき、再びエレミヤに次のような主のことばがあった。

・「再び」・・1~9節は前の章を受けて書かれている。(BC587年となる)
※バビロン捕囚からの解放とともに、イスラエルの民の回復が語られる。

2節:「地を造った主、それを形造って堅く立てた主、その名が主である方が言われる。
3節:『わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、あなたが知らない理解を超えた大いなることを、あなたに告げよう。』

・創造主なる神、不可能のない神のことば、指示。
・民の理解の及ばない大いなることを尋ねるが良い!未来を教えよう。(約束)

4節:まことに、イスラエルの神である主は、敵の塁や剣に対抗するために取り壊された、この都の家々と、ユダの王たちの家々について、こう言われる。
5節:『彼らはカルデア人と戦おうとして出て行くが、わたしの怒りと憤りによって打ち殺された屍をその家々に満たす。それは、彼らのすべての悪のゆえに、わたしがこの都から顔を隠したからだ。

・エルサレムの近未来・・敵の包囲に対して、王や住民の家々を壊し、防御塚を作る。
・そんな防御を破ってカルデア人は壊れた家々に死体の山を築く。
※神の裁きゆえに、町を守ることは不可。
・原因はイスラエルの民全体の悪・・神への裏切り。
※決定事項ということ。神殿破壊が間近に迫っている。

6節:見よ。わたしはこの都に回復と癒やしを与え、彼らを癒やす。そして彼らに平安と真実を豊かに示す。
7節:わたしはユダとイスラエルを回復させ、以前のように彼らを建て直す。

・「大いなること」・・未来預言が語られてゆく。
・エルサレムとイスラエルの民に健康を与えると約束されている。
・ユダとエルサレムの財産を回復し、両家を再建するという約束。

8節:わたしは、彼らがわたしに犯したすべての咎から彼らをきよめ、彼らがわたしに犯し、わたしに背いたすべての咎を赦す。

・神は民のすべての罪を赦すと宣言。
・罪を示す3つのヘブル語・・①avon 不義、②chatah 罪、③pashar (律法)違反

9節:この都は、地のすべての国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり、栄えとなる。彼らは、わたしがこの民に与えるすべての祝福のことを聞き、わたしがこの都に与えるすべての祝福と平安のゆえに恐れ、震えることになる。』」

・民が赦されるその日・・神にとってイスラエルは喜びの民、名誉の民となる。
※異邦諸国にとっては、神によるイスラエルの復活は、恐れ震える時となる。

10節:主はこう言われる。「あなたがたが、人も家畜もいない廃墟と言うこの場所で、人も住民も家畜もいない、荒れすたれたユダの町々とエルサレムの通りで、
11節:楽しみの声と喜びの声、花婿の声と花嫁の声、主の宮に感謝のいけにえを携えて来る人たちの声が、再び聞かれるようになる。彼らは言う。『万軍の主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで』と。わたしがこの地を回復させ、以前のようにするからだ──主は言われる。」

・エルサレムは荒廃する。生命が存在しないほどに。遠未来預言。
・しかし、そんな地に歓喜の声が上がり、感謝のいけにえを捧げる声が響くことになる。
※「主に感謝せよ!」の声。
・前の裁きは逆転して歓喜の声。新婚の声も聞こえる。→神が回復させるという宣言

12節:万軍の主はこう言われる。「人も家畜もいない廃墟であるこの場所と、そのすべての町に、群れを伏させる羊飼いたちの住まいが再びできる。
13節:山地の町々でも、シェフェラの町々、ネゲブの町々、ベニヤミンの地、エルサレムの近郊、ユダの町々でも、群れが再び、数を数える者の手の下を通り過ぎる──主は言われる。」

・人も家畜もいない土地の町々に羊飼いの人々の住まいが回復する。
※羊飼いは群れを伏させる。→世界離散した人々の帰還をイメージさせる表現。
※神は全ての人々の帰還を確認している様子。(一頭一頭数を数える・・)
※土地の説明は32章と同じ。語られる順番が違い、外→内に言及されている。

14節:「見よ、その時代が来る──主のことば──。そのとき、わたしはイスラエルの家とユダの家に語ったいつくしみの約束を果たす。

・「見よ、その時代が来る」・・遠未来預言。
※イスラエルとユダの両家に、果たされる約束が語られる。(契約の保証)

15節:その日、その時、わたしはダビデのために義の若枝を芽生えさせる。彼はこの地に公正と義を行う。
16節:その日、ユダは救われ、エルサレムは安らかに住み、こうしてこの都は『主は私たちの義』と名づけられる。」

・「ダビデ契約」の成就。
・「その日、その時」・・メシア的王国を示している。
・「ダビデのための義の若枝」・・メシアなるイエス様の事。正義と公正を実施。
・「その日」・・ユダとエルサレムに平安が実現する日→都の名は「主は私たちの義」。
※33:15~16は23:5~6とほぼ同じ内容。


17節:まことに主はこう言われる。「ダビデには、イスラエルの家の王座に就く者が断たれることはない。
18節:また、レビ人の祭司たちには、わたしの前で全焼のささげ物を献げ、穀物のささげ物を焼いて煙にし、いけにえを献げる者が、いつまでも絶えることはない。」

・ダビデの永遠なる約束が示される。
ダビデの子孫から永遠なるメシアが出ることで、それは成就する。
・合わせて、レビの祭司職も永続することが示される。
※エゼキエル40~48章で、新しい神殿とレビたちの役割が示されている。

19節:エレミヤに次のような主のことばがあった。
20節:主はこう言われる。「もしもあなたがたが、昼と結んだわたしの契約と、夜と結んだわたしの契約を破ることができ、昼と夜が、定まった時に来ないようにすることができるのであれば、
21節:わたしのしもべダビデと結んだわたしの契約も破られ、ダビデにはその王座に就く子がいなくなり、わたしに仕えるレビ人の祭司たちと結んだわたしの契約も破られる。
22節:天の万象は数えきれず、海の砂は量れない。そのようにわたしは、わたしのしもべダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人を増やす。」

・神の契約の確実性がエレミヤに示される。
・神が定めた昼夜のシステムの約束(covenant of uniformity)は破られない。
・従って、ダビデ契約もレビの祭司職の契約も破られることはない。
※民25:10~13→ピネハス契約(永遠の祭司の契約)→8つの契約には含まれない。。
・天の星、海の砂のごとく、ダビデの子孫とレビ人を増やすと、神は宣言する。

23節:エレミヤに次のような主のことばがあった。
24節:「あなたはこの民が、『主は自分で選んだ二つの部族を退けた』と話しているのを知らないのか。彼らはわたしの民を侮っている。『自分たちの目には、もはや一つの国民ではないのだ』と。」

・神のエレミヤへのことば。→検討、考察の要求。
※イスラエルの民は、神は二つの部族(両家)を捨てたと言っているが、どう思うか。
・さらに一部の異邦人は、「もはや一つの国民ではない」と侮る発言をしている。

25節:主はこう言われる。「もしも、わたしが昼と夜と契約を結ばず、天と地の諸法則をわたしが定めなかったのであれば、
26節:わたしは、ヤコブの子孫とわたしのしもべダビデの子孫を退け、その子孫の中から、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫を治める者を選ぶということはない。しかし、わたしは彼らを回復させ、彼らをあわれむ。」

・「昼と夜の契約」・・創1:1~5・・創造の御業の確実性(変わりなく続く宇宙の運行)
※「もしも」・・反語的表現・・「そんなことはない」という意味の強調。

・昼夜のシステムが確実なように、ダビデの子孫からイスラエルの民を治めるメシアを出す。
・神は確実にイスラエルの民を世界中から回復させ、帰還させ、あわれまれる。
ここで「慰めの書」は終わる

 

『神の子の歩み』
・神はイエス様を通して新しい契約を発動させ、我々は聖霊を心に受け、義なる者とされて、神が据えた新しい道を歩んでいる。どんな罪も赦され、栄光の未来が約束されている。
・神は、かつてモーセの律法を与え、罪を示し祝福と裁きを明確にした。しかし人はそれを守らず、信仰さえ捨てる結果となった。規則は人を信仰から離れさせ、神を見失わせてしまう。
・新しい契約はモーセ契約とはそのアウトプットが真逆。罪を示すのではなく、罪の赦し、神の愛を無制限に与える契約ではないか!そのうえで新しい道が我々の前に与えられている。
・この道は「神の子」に与えられた道。神は私たちに神の子にふさわしい歩みを期待されている。それぞれヘの期待が何かを「学び」を通して悟り、また「様々な機会」を通して応答してゆきましょう。
「わたしがわたしの父の戒めを守って、父の愛にとどまっているのと同じように、あなたがたもわたしの戒めを守るなら、わたしの愛にとどまっているのです。(中略) わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。」ヨハネ 15:10~12  

エレミヤ書32章16節~44節

神殿破壊の前年であるBC587年頃に、エレミヤは従兄弟のハナムエルから、ほとんど無価値の土地を購入する。その購入に意味があることを、エレミヤは悟っていた。

16節:私は、購入証書をネリヤの子バルクに渡した後、主に祈った。

・バルクに証書を渡して後、エレミヤは神に祈った。
※土地の無価値は決定的で、愚かな行為と見えるが、悟りを信じてエレミヤは祈る。

17節:『ああ、神、主よ、ご覧ください。あなたは大いなる力と、伸ばされた御腕をもって天と地を造られました。あなたにとって不可能なことは一つもありません。
18節:あなたは、恵みを千代にまで施し、父たちの咎をその後の子らの懐に報いる方、大いなる力強い神、その名は万軍の主。
19節:そのご計画は大きく、みわざには力があります。御目は人の子らのすべての行いに開いていて、それぞれにその生き方にしたがい、行いの結ぶ実にしたがって報いをされます。

・祈りの前には神への賛美がなされる。創造主なる神に不可能はない、という思い。
・神の恵みと正義が説明される。出エジ20:5~6が元になっている。
・神の全知全能性について言及。神は人の行いをすべて把握し、報いを与えている。

20節:あなたはエジプトの地で、また今日までイスラエルと人々の間で、しるしと不思議を行い、ご自分の名を今日のようにされました。
21節:あなたはまた、しるしと不思議と、力強い御手と伸ばされた御腕と、大いなる恐れをもって、御民イスラエルをエジプトの地から導き出し、
22節:あなたが彼らの父祖たちに与えると誓ったこの地、乳と蜜の流れる地を彼らに与えられました。

・あのエジプト脱出の奇蹟から今日に至るまで、神の存在を示してこられた。
・出エジ6:6~7がベースとなって語られている。エジプトから脱出させた。
・神はイスラエルを、ヨシュアのもと約束の地に導き、祝福の土地を与えられた。

23節:彼らはそこに行って、それを所有しましたが、あなたの声に聞き従わず、あなたの律法に歩まず、あなたが彼らにせよと命じたことを何一つ行わなかったので、あなたは彼らを、このすべてのわざわいにあわせられました。

・こうした神の祝福を蔑ろにしたイスラエルの民。
・律法に従わず、神に反し、神を無視する愚行の民イスラエル。
・その結果が、イスラエルの民に今、もたらされている。

24節:ご覧ください。この都を攻め取ろうとして、塁が築かれました。この都は、剣と飢饉と疫病のために、攻めているカルデア人の手に渡されようとしています。あなたのお告げになったことは成就しました。ご覧のとおりです。

・わざわいはバビロン軍による包囲。
・エレミヤは、「剣・疫病・飢饉によってエルサレムがバビロンに渡される」と預言。
※まさに周囲は、その実現の一歩手前の状態を呈していた。

25節:神、主よ。この都がカルデア人の手に渡されようとしているのに、あなたは私に、金を払ってあの畑を買い、証人を立てよ、と言われます。』」

・この都がまさにバビロンの手に渡る状況で、何故畑を買えと言われるのか?
※エレミヤの悟りは正しいのだが、あまりにも切迫した状況であり、 さらなる確信のために、神に祈りをささげたのであろう。

26節:すると次のような主のことばがエレミヤにあった。
27節:「見よ。わたしはすべての肉なる者の神、主である。わたしにとって不可能なことが一つでもあろうか。
28節:それゆえ──主はこう言われる──見よ。わたしはこの都を、カルデア人の手と、バビロンの王ネブカドネツァルの手に渡す。彼はこれを攻め取る。

・エレミヤの祈りに対する神の応答。
・神の全知全能性の確認。神の主権が示される。・・すべての肉なる者の支配者。
※28~35節→神のエルサレムを裁く力を示す。
※36~44節→神のエルサレムを回復する力を示す。
・エルサレムは間もなく占領されるという宣言。神は「バビロンに渡す」と表現。

29節:また、この都を攻めているカルデア人が来て、この都に火をつけて焼く。また、人々が屋上でバアルに犠牲を供え、ほかの神々に注ぎのぶどう酒を注いで、わたしの怒りを引き起こしたその家々にも火をつけて焼く。

・捕囚され、さらに町が焼かれることが示される。
※偶像礼拝して神を怒らせた家々を焼き払われる。
※神のみこころに完全に反するイスラエルの民への裁き。

30節:なぜなら、イスラエルの子らとユダの子らは、若いころから、わたしの目に悪であることを行うのみであったからだ。実に、イスラエルの子らは、その手のわざをもってわたしの怒りを引き起こすばかりであった──主のことば──。

・家を焼くのは、イスラエルとユダの先祖からずっと偶像礼拝で神を怒らせていたから。
※現在も、変わらないイスラエルの民。

31節:この都は、建てられた日から今日まで、わたしの怒りと憤りを引き起こしてきたので、わたしはこれをわたしの顔の前から取り除く。

・「この都市は、建てられた日から今日まで、・・」⇒いつ建てられたかについては色んな説がある。

…この都市は神の怒りを引き起こしてきた。

32節:それは、イスラエルの子らとユダの子らが、すなわち、彼ら自身と、その王、首長、祭司、預言者、またユダの人、エルサレムの住民が、わたしの怒りを引き起こすために行った、すべての悪のゆえである。

・神の怒りを引き起こしたのは、イスラエルとユダの子ら。
・王や首長、祭司、預言者、そして住民と、イスラエルの民全体がその主犯。

33節:彼らはわたしに背を向けて、顔を向けず、わたしがしきりに教えても聞かず、懲らしめを受け入れなかった。

・神が与えた律法、預言者に積極的に逆らい、神に背を向けた。
※神の「しつけ」を拒否したイスラエルの民。

34節:彼らは、わたしの名がつけられている宮に忌まわしいものを置いて、これを汚し、
35節:ベン・ヒノムの谷にバアルの高き所を築き、自分の息子、娘たちに火の中を通らせてモレクに渡した。しかしわたしは、この忌み嫌うべきことを行わせてユダを罪に陥らせようなどと、命じたことも、心に思い浮かべたこともない。」

・彼らは、神の神殿に忌まわしい偶像を置いた。エゼ8章。
・それどころか、ベン・ヒノムの谷で人をいけにえとして偶像にささげ、神の怒りを煽った。
※バアル礼拝→モレク神への人身御供。
※基本はバアル礼拝→豊穣祈願。危機状態になりモレク神への人身御供へ。 モレク礼拝はバアル礼拝と同一場所で行われた。→さらに悪化した考え方となった。
※神には、人をささげものにする意図は、微塵もない。

36節:それゆえ今、イスラエルの神、主は、あなたがたが、「剣と飢饉と疫病により、バビロンの王の手に渡される」と言っているこの都について、こう言われる。
37節:「見よ。わたしは、かつてわたしが怒りと憤りと激怒をもって彼らを散らしたすべての国々から、彼らを集めてこの場所に帰らせ、安らかに住まわせる。

・イスラエルの罪のゆえに、剣・疫病・飢饉によりバビロンに渡すことになったイスラエル。
・その神が今語ることは、何か。
・神は世界に離散させた民を帰還させ、平安に生活させると、宣言された。

38節:彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。
39節:わたしは、彼らと彼らの後の子孫の幸せのために、わたしをいつも恐れるよう、彼らに一つの心と一つの道を与え、

・神とイスラエルの民との完全な回復を示す。メシア的王国の確立。
・「心」・・(ヘ)lev・・人間の内部、「道」・・(ヘ)derech・・外部、を意味する。
・彼らと彼らの子孫への、内側と外側を義とする約束。→新しい契約に合致。
※民は神を恐れ、彼らは義とされる本来の関係。 →千年王国で、ユダヤ人は全員が救われることを意味している。

40節:わたしが彼らから離れず、彼らを幸せにするために、彼らと永遠の契約を結ぶ。わたしは、彼らがわたしから去らないように、わたしへの恐れを彼らの心に与える。
41節:わたしは彼らをわたしの喜びとし、彼らを幸せにする。わたしは、真実をもって、心と思いを込めて、彼らをこの地に植える。」
42節:まことに、主はこう言われる。「わたしがこの大きなわざわいのすべてを、この民にもたらしたように、わたしは、今彼らに語っている幸せのすべてを彼らにもたらす。

・新しい契約は、永遠の契約である。→モーセ契約は一時的。
※神を恐れる心は、彼らの心から永遠に消えることはない。
・神は、精神、肉体、物質のすべての「善」を、民に付与する。申30:8~10。
・神は、裁いた民を、メシア的王国で回復させ祝福されると、宣言される。
※置換神学で言う、イスラエルから教会へ祝福が移ったということにはならない

43節:あなたがたが、『この地は荒れ果てて、人も家畜もいなくなり、カルデア人の手に渡される』と言っているこの地で、再び畑が買われる。
44節:ベニヤミンの地でも、エルサレムの近郊でも、ユダの町々でも、山地の町々でも、シェフェラの町々でも、ネゲブの町々でも、人々は金で畑を買い、証書に署名して封印し、証人を立てるようになる。わたしが彼らを元どおりにするからである──主のことば。」

・無価値なベニヤミン、エルサレム、ユダ、山地、低地(シェフェラ)、ネゲブの町々。
・神がこれらの土地が再び価値を回復し買われるようにされる。エレミヤがしたように。
・「彼らを元どおりにする」・・商業活動が再開される。→神が回復される。
今は無価値なイスラエルの民も、最終的には価値ある民として回復させると神は宣言!

 

『新しい契約と霊的成長』
・エレミヤはこの時、およそ65~70歳。これまで、象徴的な行動を神に示され、必死に応答してきた。遠い大河まで出かけた時もあれば、くびきを着けよと言われたこともあった。
・今回エレミヤは、神の短期的な預言に神の意図を感じ取って、自ら行動を起こし、民の面前で神のみこころを示した。これは新しい契約の原理が示された霊的成長のサンプルではないか。
・ディボーションの時だけではない。神は私たちの成長を、どんな時も期待しておられる。私たちが寝ている時も、神はその夢を用いて成長させようとしておられることを自覚しよう!
・私たちはすでに霊的成長のプロセスを歩んでいる。霊的成長とは、内住する聖霊の導きに対して、信仰による謙虚さと従順によって応答する、新しい契約の実践である。
「神は私たちに、新しい契約に仕える者となる資格をくださいました。文字に仕える者ではなく、御霊に仕える者となる資格です。文字は殺し、御霊は生かすからです。」コリント 第2 3:6  

 

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