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・エレミヤ書4章1節~31節
・エレミヤ書5章1節~31節
・エレミヤ書6章1節~30節
・エレミヤ書7章1節~15節+バビロン捕囚の表
・エレミヤ書7章16節~8章3節
・エレミヤ書8章4節~9章1節
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・エレミヤ書12章14節~17節
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・エレミヤ書13章15節~27節
・エレミヤ書14章1節~12節

メッセージ

エレミヤ書14章1節~12節

1節:日照りのことについて、エレミヤにあった主のことば。

・日照り(干ばつ)・・ヘブル語では複数形なので、たびたびの日照り、干ばつの意味。
・日照り、干ばつはモーセの律法違反の際の裁きに用いられる。
 ●申11:16~17、28:23~24、レビ26:19~20参照
・たびたび→実際のたびたびの干ばつ→度重なる捕囚を思わせる。

2節:「ユダは喪に服し、その門は打ちしおれ、地に伏して嘆き悲しみ、エルサレムは哀れな叫びをあげる。

・喪に服し→干ばつの影響で多くの死者が出ることを示す。
・国全体が葬儀の様な悲しみとなり、荒れ果てた状態となる。

3節:高貴な人は、召使いに水を汲みに行かせるが、彼らが水溜めのところに来ても、水は見つからず、空の器のままで帰る。彼らは恥を見、辱められて、頭をおおう。

・「高貴な人」・・富裕層、お金持ち、上層部を指す。
・下の者に水を汲みに行かせるが、貯水池に行っても水がなく、手ぶらで帰る。
「召使い」の訳は、(へ)では「小さいもの」の意味。珍しい表現とのこと。48:4
・彼らは水が得られず、恥を負い、辱められ頭を覆う。
・お金があっても、水そのものがなく、高貴な人でさえ頭を抱えることになる。
・私見・・偶像に頼る富裕層の言われたことに従う民は、恥を負うことになる。
   ➥上層部は民を迷わし、恥じ入ることになる。(救いにも繋がらない)


4節:地には秋の大雨が降らず、地面は割れて、農夫たちは恥を見、頭をおおう。

・「秋の大雨」・・はじめの雨。農家には欠かせない雨。神の祝福がないことを示す。
・農夫の生計が立たず、国の経済状況は悪化の一方。国力は低下する。

5節:野の雌鹿さえ、子を産んでも捨てる。若草がないからだ。
6節:野ろばは裸の丘の上に立ち、ジャッカルのようにあえぎ、目も衰え果てる。青草がないからだ。」

・野生動物の世界にも、干ばつの影響は及ぶ。
・野鹿は、食べる草がなく、子を産んでも育てることが出来ない状態。
・野ろばも、食べ物がなく、餓えにあえいでいる様子。
・実際の干ばつの被害の激しさが示されている。まるで捕囚後の状態に似る。
※私見
  ・私見・・雌鹿や野ろばはイスラエルの民を指していると考える
  ・野ろばは偶像礼拝という淫行に走る例え(2:24)で用いられていた。
  ・裸の丘とは偶像礼拝の祭壇などが設置された場所を指す。
  ・偶像に祈っても地は回復せず、偶像礼拝者がうろたえている様子と考える。

7節:「私たちの咎が、私たちに不利な証言をしても、主よ、あなたの御名のために事をなしてください。まことに私たちの背信は大きく、私たちはあなたの御前で罪の中にいます。

「咎」・・「罪」、「不利な証言」・・悪事の証言。
・過去の罪は、私達が悪であることを証明しますが、・・。
  新共同訳・・「我々の罪が我々自身を告発しています。」
・神よ、あなたはその御名のために、良きことをなさってください。8節参照。
 →神は良きことをなさる神だから、どうか助けてくださいという意図。
・民は、確かに神を欺き、まことに罪深き者であることは分かっております。・・それでも、どうか・・。
・まるでモーセのように、罪深い民の救いを神に求めて、執り成している。

8節:イスラエルの望みである方、苦難の時の救い主よ。どうしてあなたは、この地にいる寄留者や、一晩だけ立ち寄る旅人のようにされるのですか。

・「苦難の時の救い主よ」・・苦しい時にこそ助けてくださる神よ!
  →エレミヤは、裁きの神ではなく、希望の神である点に訴えている。
・神とイスラエルの民は、かつて契約をも結んだ関係ではありませんか!
  →寄留者との比較。

9節:なぜ、あなたは驚いているだけの人や、人を救えない勇士のようにされるのですか。主よ。あなたは私たちのただ中におられ、私たちはあなたの御名をもって呼ばれているのです。私たちを置き去りにしないでください。」

・「驚いているだけの人」、「人を救えない勇士」、どちらも傍観者を指す。
・「あなたの御名をもって呼ばれている民」の恥は、神の恥に繋がると指摘。
 →神の民の恥、失敗は、神の恥ともなるのではありませんか?!
※どうか見捨てることはなさらず、大干ばつの苦しみを与えないでください。

10節:この民について、主はこう言われる。「このように、彼らはさまようことを愛し、その足を制することもしない。そのため、主は彼らを受け入れず、今、彼らの咎を覚えて、その罪を罰する。」

・エレミヤの執り成しに対する神の意向は・・拒絶。
・「さまよう」・・神に信頼せず、偶像たちにすがる姿。
・「足を制しない」・・偶像に頼る思いを持ち続ける姿。
 →これらの理由から、神は民を受け入れられず、どうあろうとその罪を罰すると決定。

11節:主は私に言われた。「この民のために幸いを祈ってはならない。

・神はエレミヤに「この民のために祈ってはならない」と命じた。
・これで3度目の祈りの制止。(7:16、11:14)
・祈りが無駄になる理由が次節で示される。

12節:彼らが断食しても、わたしは彼らの叫びを聞かない。全焼のささげ物や穀物のささげ物を献げても、わたしはそれを受け入れない。かえって、剣と飢饉と疫病で、彼らを絶ち滅ぼす。」

・「断食も、律法に基づいた儀式も、一切受け入れない!」・・何故か?
 ※律法の犠牲のささげものは、信仰を伴う場合のみ受け入れられるもの。

彼らは犠牲をささげていれば罪が赦されるのだから、罪を続けることが出来ると考えて、儀式を守っていた。行いに注目が行き、信仰は無視されている

私たちの賛美も礼拝も、正しい信仰が伴わなければ、神に受け入れられないことを覚えよう!
・その報いは、神による剣、飢饉、疫病であり、滅ぼされる。(ホセア8:13)
エレミヤの1回目の執り成しの祈りは、神に拒絶されたが、エレミヤは、13節以降、めげずに続けて2回目の執り成しを始める。

 

『優先順位』
・高貴な人が、水を求めても手に入らないという箇所。そもそも水がないから、いくらお金があっても、水を入手できない。お金で喉を潤すことはできない。
・すべて神が備えられた環境で富裕であることを誇っても、永遠のいのちに至る道を歩むためのいのちの水を得なければ永遠の苦しみに至ってしまう。その時が必ずやって来る。
・地上の人生を歩むうえで、私たちはすべての動機や行動に優先順位を設けなければならない。クリスチャンの優先順位トップは、水を与えてくださる神一択。決して、富や名声ではない。
・お金や地位、名声が悪いというのではなく、それを一番にすることが人生を混乱させることになる。世の中の誘惑は様々で優先順位を狂わせる。世に流されない歩みを目指して行こう。
「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。」ローマ12:2


エレミヤ書13章15節~27節

15節:耳を傾けて聞け。高ぶるな。主が語られたからだ。
16節:あなたがたの神、主に、栄光を帰せよ。まだ主が闇を送らないうちに、まだあなたがたの足が夕暮れの山でつまずかないうちに。あなたがたが光を待ち望んでも、主はそれを死の陰に変え、暗黒とされる。

・高慢を捨て、主の裁きが下る前に主に立ち返り、神の栄光をたたえよ!
・あなたがたの望む光は偽物。神はその光を暗黒(死、滅亡)に変えてしまうのだから!
※懇願にも似たエレミヤの警告。神の裁きが避けられないことを知ったがゆえであろう。
※自分たちの思いで努力しても、その結果は神の御前には無意味なものとなる。
人の努力は、神と共にあってこそ有益となる。
自らを誇るのではなく、神を誇る者となってくれ!

17節:もし、あなたがたがこれに聞かなければ、私は隠れたところであなたがたの高ぶりのために嘆き、涙にくれ、私の目には涙があふれる。主の群れが捕らわれて行くからだ。

・もし警告を聞いてくれないなら、・・と、エレミヤは、民の行動を察している。
・傲慢な民の心は変わらないだろう。結果、イスラエルの民が捕囚されることになる。
・エレミヤは、大規模な捕囚があることを察している。
<葛藤
エホヤキム王の時代であれば、第一回目の捕囚(ダニエルなど)の後である。エレミヤは、神の教えで更に捕囚が酷くなり、頻発することを知っている。
一方、民は軽い捕囚(BC605年)で済んだと安堵し、特に上層部は神を忘れ、あわよくば起死回生の逆転を狙いつつ、政治と外交に明け暮れている。
・エレミヤは隠れたところで涙するしかない。

18節:「王と王母に告げよ。『低い座に着け。あなたがたの頭から、輝かしい冠が落ちたから。』

・17節の「主の群れが捕らわれて行く・・」についての具体的預言。
・「王と王母」の権威が失墜するとの預言。
*王→エホヤキン王(エホヤキム王の息子)
*王母→エホヤキン王の母、ネフシュタ(Ⅱ列24:8~13)
※エホヤキム王の死後、この二人は王位に就くも、BC597年、バビロンに王位を落とされ、捕囚されて行くことになる。→エレミヤ22:26、29:2(エコンヤ→エホヤキン)
・大規模捕囚(BC597年)の預言・・国の中枢が捕らえられ、国力は一気に低下。

19節:ネゲブの町々は閉ざされて、だれも開ける者はいない。ユダはことごとく捕らえ移される。一人残らず捕らえ移される。

・「ネゲブ」・・聖書地図4:Cー2。砂漠地帯。
・捕囚から逃れようと、砂漠の町に助けを求めても、だれも応答することはない。⇒逃れることが出来ない状態を示している。
・大規模捕囚が目の前に迫っている状態。

20節:あなたがたの目を上げ、北から来る者たちを見よ。あなたに対して与えられた群れ、あなたの美しい羊の群れはどこにいるのか。

・「あなたがた」・・上層部の人々へのことば。
・「北から来る者」・・バビロン。
・「群れ」・・ユダの町々
・バビロンに侵略を許し、美しい町々を崩壊させた悪い指導者(上層部)の責任を指摘している。

21節:最も親しい友としてあなたが教えてきた者たちが、あなたの上に、かしらとして立てられるとき、あなたは何と言うのか。激しい痛みがあなたをとらえないだろうか。子を産む女のように。

・「最も親しい友」=バビロン‥バビロンをそのように指導していた上層部。
・そのバビロンがエルサレムの支配者となるとき、一体どのように釈明するのか?
・その失態からくる心の痛み(恥の痛み)は、想像以上であろう。

22節:あなたが心の中で『なぜ、こんなことが私の身に起こったのか』と言うなら、それは、あなたの多くの咎のためだ。それで、あなたの裾はまくられて、あなたのかかとは傷を負うのだ。

・「何故、私の身にこんなことが起こったのか」・・偶像礼拝、霊的淫行が原因⇒モーセの律法違反(レビ18:6~19、申22:30)
・「それで、あなたの裾は・・傷を負うのだ。」・・霊的恥がさらされる→神の裁きが下る。※ナホム3:5で、神の裁きが示されている。

23節:クシュ人がその皮膚を、豹がその斑点を、変えることができるだろうか。それができるなら、悪に慣れたあなたがたも善を行うことができるだろう。

・クシュ人・・エチオピア人(褐色の肌)、豹の斑点を自ら変えられるか→No!
・悪に染まったイスラエルの民も、変わりようがないと神は判断→回帰不能点越えた!

24節:わたしは彼らを、荒野の風に吹き飛ばされる藁のように散らす。

・「荒野の風」・・バビロンの攻撃。「藁のように散らす」・・大規模捕囚

25節:これが、あなたへの割り当て、わたしがあなたに量り与える分である。──主のことば──あなたがわたしを忘れ、偽りに拠り頼んだためだ。
26節:わたしも、あなたの裾を顔の上までまくるので、あなたの恥ずべきところが現れる。

・「割り当て、‥量り与える分」・・契約を守れば祝福のはずが・・。
・契約を破れば、裁かれることは自明の事。偶像礼拝の歩みの結果は?
・25節の「偽りに頼る」・・とは、偶像に頼り、淫行を行ったということ。
・淫行が明るみに出され、その愚かさが示されている。

27節:あなたの姦淫、あなたの興奮のいななき、あなたの淫行のわざ──数々の忌まわしいものを、わたしは丘の上や野原で見た。ああ、エルサレムよ。あなたはいつまで、きよめられないままなのか。」

27a節

・神の目には、祭壇で偶像を崇める姿は姦淫、淫行と映る。エレ5:7~8参照。
※霊的姦淫も、肉体的姦淫も絶対に避けるべきである。(マタ5:27~28)

27b節

・神はこの町の汚れ(淫行)がいつまで続くかを問いかけている。
・BC586年に、都市は破壊されるという裁きが待っている。

『見えないものが見える日』
・神の民でありながら、神の一番嫌われる偶像礼拝をして、神を悲しませ、怒らせたイスラエルの民。その結果、厳しい裁きを受けることになる。
・神の存在は、私たちの目には見えない。しかし、学びを通して神が忍耐の神であり、愛の神であることを知り、その中で不完全な私たちが赦されて生かされていることを知る。
・神の存在を認めるということは、神が遍在な方で私たちの全てをご存知であるということ、常に神は私たちの行動を見ておられるという事を信じることである。悪いことはできないことは明白である。
・信仰を増し加えるという事は、私たちの神に対する意識や向き合い方がどんどん変化し、より実在感が心の中に培われるという事である。それが現実となる日が来るのである。
「私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです。」コリント第2 4章18節

エレミヤ書13章1節~14節

1節:主は私にこう言われた。「行って亜麻布の帯を買い、それを腰に締めよ。水の中に入れてはならない。」
2節:私は主のことばのとおり、帯を買って、腰に締めた。

・奇妙な命令(象徴的行動)・・亜麻布の帯の購入と着衣。
・亜麻布の腰帯→特定の男性が用いた下着。祭司の服装の一部(レビ16:4)。
➥イスラエルは祭司的性格を持っていることから、この腰帯はイスラエルの民を指す
・腰帯は丈夫で、エレミヤと腰帯の関係が、神とイスラエルとの親密関係を示す。
・注意事項は、水に入れないこと。水は腰帯を劣化させる。

3節:再び次のような主のことばが私にあった。
4節:「あなたが買って腰に着けているその帯を取り、ユーフラテス川に行って、そこの岩の割れ目にそれを隠せ。」
5節:そこで、主が私に命じられたとおり、私は行って、それをユーフラテス川のほとりに隠した。

・神の次の指示→ユーフラテス川へ行け!聖書地図2参照。
・ユーフラテス川→バビロンのユーフラテス川を指す。(文脈から推察)
新共同では、アナトテの北東4㎞のパラとしている。バビロンは遠すぎるという事と、パラがユーフラテス川を意味するペラトと似ているから、と解釈している。
・エルサレム・ユーフラテス川間距離:片道約560km。(往復約1120km)
●歩行速度時速4㎞で8H/日とすると、560㎞÷32km=17.5日
●東京ー岡山間の直線距離が550㎞。
・ユーフラテス川の岩の割れ目に腰帯を隠せとの指示。
・エレミヤは忠実に実行した。

6節:多くの日を経て、主は私に言われた。「さあ、ユーフラテス川へ行き、わたしが隠せとあなたに命じたあの帯を取り出せ。」

・多くの日が経った後、神はエレミヤに再びユーフラテス川に行くことを命じる。
・更に、隠した腰帯を取り出すことを命じる。

7節:私はユーフラテス川に行って掘り、隠した場所から帯を取り出した。すると見よ。その帯はぼろぼろになって、何の役にも立たなくなっていた。

・エレミヤは命令に忠実に従い、ユーフラテス川へ、2回目の旅。
・エレミヤは隠した腰帯を取り出した。
・腰帯は劣化し、無価値なものとなっていた。
フルクテンバーム博士は、この2回の旅が行われた時期は、エホヤキム王の最期の頃ではないかと推察。根拠は、エホヤキム王の最期の頃の預言の記録がなく、それは移動の時間が取られたからとしている。

8節:すると、私に次のような主のことばがあった。
9節:主はこう言われた。「わたしはこのように、ユダとエルサレムの大きな誇りをぼろぼろにする。

・神はエレミヤに、この行動の意味を解説される。
・亜麻布の腰帯は、ユダとエルサレムを指す。
・「大きな誇り」とは、
●腰帯は丈夫で、これはユダヤの民の頑固さを表す。
●神を無視し、偶像に走る傲慢な心⇒プライド(誇り)。

10節:わたしのことばに聞くことを拒み、その頑なな心のままに、ほかの神々に従って歩んで、それらに仕え、それらを拝むこの悪しき民は、何の役にも立たないこの帯のようになる。

・ボロボロになった腰帯→破壊されたイスラエルの民。その原因が3つ示される。
①神のみことば、指示の完全無視。
②神に逆らい、思いのまま(自己中)に振舞った。
③他の偶像の神々を追い、従がい、拝んだ。

11節:帯が人の腰に着けられるように、わたしはイスラエルの全家とユダの全家をわたしに着けた──主のことば──。それは、彼らがわたしの民となり、名声となり、栄誉となり、栄えとなるためだった。しかし彼らはわたしに聞き従わなかったのだ。

・象徴的行動の解説がなされる。
・腰帯は身体にしっかりと密着される。
・それと同様に、神はイスラエルと密接な関係を造った。
・その目的は、①神の民となり②名声となり③栄誉(賛美)となり④栄光となる、こと。

参考:申26:19・・「あなたを、主が造られたすべての国々の上に高く上げて栄誉と名声と栄えとし、約束のとおり、あなたが、あなたの神、主の聖なる民となることを誓約されたのである。」
イスラエルの民はこうした召命を受けている。それは私達に対する使命でもある。
その誓約を放棄し、神に反抗する行為を行うイスラエルの民となってしまった。
神の怒りは当然であり、本当に厳しい気付きの促しが必要となる。

12節:あなたは彼らにこのことばを伝えよ。『イスラエルの神、主はこう言われる。酒壺には酒が満たされる。』彼らがあなたに『酒壺に酒が満たされることくらい、分かりきっているではないか』と言ったなら、

・神は裁きの確定のことばを伝えるように言われる。
・神は「すべての酒壺はワインで満たされる」と言われる。
 ●神の祝福を喜ぶ古くからの諺
 ●「酒壺」・・イスラエルの民それぞれを指す。
 ●「酒壺が満たされる」→祝福で満たされると解釈してしまうが・・。
・神は民が、「そんな(祝福で満たされる)ことは分っていることだ!」と言うことは分かっていた。
 彼らは、「余計なお世話だ!」と言わんばかりに⇒当然だ、我々にはその資格がある!という傲慢な態度を取り、我々のやり方が良いから、土地が豊かでワインが増えるのだと言う。神の存在を完全に軽視している。

13節:あなたは彼らに言え。『主はこう言われる。見よ。わたしは、この地の全住民を、ダビデの王座に着いている王たち、祭司、預言者、およびエルサレムの全住民を酔いで満たし、
14節:彼らを互いにぶつけて砕く。父も子も、ともに──主のことば──。わたしは容赦せず、惜しまず、あわれみをかけずに、彼らを滅ぼす。』」

・民は12節のように答えるだろうから、その彼らに言え。
・「この地の全住民」・・王族、指導者、祭司、預言者、全住民。
・彼らをその酒壺のワインで泥酔させる。
・神の怒りに酔い痴れることになるイスラエルの全住民。
 参考:イザヤ51:17、エゼ23:31~34、マタ26:39、黙14:10
・泥酔の者同士をぶつけ合わせて粉砕。(父と子は末端の人々)
・イスラエル全住民が壺であり、それが破壊され、滅ぼされる。
・特に滅ぼされるのは、上層指導者たちと考えられる。
・この時、一切の容赦もない裁きとなる。バビロン捕囚。

 

『神学の実』
・イスラエルの民が、ボロボロになった理由は、神のみこころをわきまえず、自分勝手な判断で神を理解していたからではなかろうか。
・私たちは今、聖書を通して神と繋がる時代にいるが、自分勝手な判断ではなく、神学という媒介を通して、正しい聖書の理解が必要となる。神学は重要な役割である。
・神は、神を信じる者が、神のみこころに従って愛を実践して歩み、その実を世に示してゆくことを第一に求められている。つまり神学を通して学び、稔る実が重要ということ。
・神の子である私達は常に、神が聖書を通して何を語ろうとしているかを追い求め、理解し、実践する者でありたい。
「木を良いとし、その実も良いとするか、木を悪いとし、その実も悪いとするか、どちらかです。木の良し悪しはその実によって分かります。」マタイ12章33節

 

エレミヤ書12章14節~17節

14節:主はこう言われる。「わたしの民イスラエルに受け継がせたゆずりの地に侵入する、悪い隣国の民について。見よ。わたしはその土地から彼らを引き抜き、彼らの間からユダの家も引き抜く。

・14~17節で、裁きに用いた異邦人への忠告が示される。
・イスラエルの民へのゆずりの地に侵入する悪い隣国の民についての預言。
・歴史的事実として、イスラエルの民が捕囚されると、近隣諸国の民が移住した。
 (サマリヤ人、ナバテ人、エドム人、モアブ人、ペリシテ人など) (捕囚政策)
・神は約束の地にいる移住民を、また異邦人の中にあるユダの民を、引き抜く。
イスラエルの民を捕囚の身としたが、入ってきた異邦人もこの地から追い出す!
地の回復をなさる神⇒契約に基づく行為の実践

<解説>アブラハム契約とシナイ(モーセ)契約の「土地」に関して
●アブラハム契約(無条件契約)・・神の一方的な恵みの契約
 ・アブラハム、イサク、ヤコブ・・(イスラエル)に約束の地を与えられた。
 ・従って、約束の地の所有権はイスラエルの民に付与された。(決定事項)
●シナイ(モーセ)契約(条件付契約)・・その土地の占有権は、条件付きで付与される。
 ・土地に住み、祝福を受ける権利は、神のことばに従うことで獲得できる。
 ・約束の地の所有権はイスラエルの民に付与された(決定事項)従わなければ、その  土地から追い出されることになる。しかし、所有権は維持されたままである。

<アッシリヤ捕囚とバビロン捕囚について> 
アッシリヤ帝国・・初期(BC3000年頃)、古、中、新アッシリヤに区分される。

新アッシリヤは、BC900年代前半~滅亡まで。(北イスラエル発生と同期)
アッシリヤ捕囚・・主目的→占領地に民族同化による勢力の抑制、反乱防止、職人確保。
恐怖政治による支配体制。敵に降伏を強いるシステム。⇒大量虐殺、捕虜、拷問、強制移住の実施。(BC722、Ⅱ列17:6)(捕囚者は長い行列で行軍。途中死者も多数出たと考えられる。)
バビロン(バビロニア)帝国・・BC3000年から存在。農耕民族。BC1000年頃アッシリヤと戦うが、BC700年代にアッシリヤの支配下となるも、BC612年ニネべを滅ぼし、アッシリヤは滅ぶ。バビロンはBC539年、キュロスによって征服され滅ぶ。翌年にイスラエル帰還命令が出る。
バビロン捕囚・・主目的→帝国発展のための知的資源確保(エリート層中心)。
比較的穏健な移住政策。捕囚民は、主にバビロン周辺に集められ、共同体を維持させた。

 

<アッシリヤ帝国とバビロン帝国について>

●アッシリヤ帝国 帝国拡大のための恐怖政治による支配体制。厳しい捕囚政策。
・滅亡の理由の一因として、恐怖政治に対する他の民族の反感が大きく影響した。最終的に、バビロンに滅ぼされる。

[聖書箇所]

イザヤ10:5~6→裁きの杖としてアッシリヤが用いられる。
イザヤ10:12~15 →アッシリヤによる神への傲慢に対する裁き。
ナホム3:1~7→アッシリヤの首都ニネべの滅亡。
●バビロン帝国 拡大がある程度確立した帝国の安定を意図した支配体制。穏健な捕囚政策。
・エレミヤ1:14、25:9→バビロンの王ネブカドネツァルがユダを裁くために用いられる。しかし、彼は神の許しを超えて暴虐を行い誇ったため神から裁きを受ける。
[聖書箇所]

イザヤ47:5~11→バビロンの傲慢に対する裁き。
ダニエル5:22~31 →ペルシア帝国による滅亡が示される。

15節:しかし、彼らを引き抜いた後、わたしは再び彼らをあわれみ、彼らをそれぞれ自分のゆずりの地、あるいは自分の土地に帰らせる。

・「彼ら」・・引き抜いたすべての人民。
・神は、引き抜いた民を、それぞれの地に戻すと言われる。
・ユダヤ人は約束の地へ、異邦人はそれぞれの土地へ復帰させる。
聖書箇所:[申30:1~6、イザヤ11:11~12:6、アモス9:14~15、ゼカリヤ10:8~12、

マタイ24:31、マルコ13:27]
・AD70年の離散の民となり、1948年にイスラエルが帰還。歴史は人の想像を超えて展開している。
・この帰還が、所有権と占有権の両立成就ではない。祝福を受けていないことは明白。
・両立の成就は、DKNJ以後のメシア的王国(千年王国)のときである。

16節:彼らがかつて、バアルによって誓うことをわたしの民に教えたように、もし彼らがわたしの民の道をよく学び、わたしの名によって『主は生きておられる』と誓うなら、彼らはわたしの民のうちに建てられる。

・未来に成就する預言的メッセージが語られる。これはエレミヤへの真の応答であろう。
・異邦人に向けたメッセージであり、全人類に向けたメッセージ。(預言)
・かつて異邦人は、イスラエルの民にバアルに従うことを教えた。
・その異邦人がイスラエルの神に従い、熱心に学び、「主は生きておられる」と誓うようになれば、イスラエルの民の中で祝福を受けることになる。
※この預言から、異邦人がユダヤ人から正しい道を学ぶ機会があることが分かる。
※異邦人の国々は神の民の中で構築され祝福を受ける。メシア的王国。
エレミヤが目線を向けるべき所は、ユダヤ人と異邦人の救いが成就するメシア的王国である。今はその成就の途上にある。

17節:しかし、彼らが聞かなければ、わたしはその国を根こそぎ滅ぼす──主のことば。」

・「彼らが聞かなければ」・・ユダヤ人から学ぶことを拒否したら、根絶すると言われる。
・異邦人が神に従わない道を選ぶなら、異邦人の国も民も滅ぼす。
・ゼカリヤ14:16~19→異邦人がエルサレムに上り仮庵の祭りを祝うかどうか?
⇒年に1回の異邦人の義務。もし守らなければ災害、疫病などの罰が下る。
・この状況はメシア的王国(千年王国)において成就する
詩篇2:9にある「鉄の杖」は千年王国に入っても、心に現れる罪の性質を打ち砕くもので、千年王国の第1世代から第2世代になるとき出現する。(旧約では詩編のみ。黙示録2:27、12:5、19:15に記載。)
※ 千年王国は民主主義制ではなく、神の絶対君主制。エルサレムから発せられる公正な法に信者は素直に従うが、不信者にとってはシンドイ状況となる。

 

<12章の総括> 
12章は、エレミヤの激しい糾弾にも似た神への質問から始まり、最後は神のエレミヤにたいする未来像を示すという応答で終わっている。
神はエレミヤに、真の平安は地上にはなく、神が計画しておられるメシア的王国にある事を示された。
エレミヤにとって衝撃的な事件をも乗り越える力を与える希望を、神はエレミヤに与えられ、同じ目線に立つことを期待された。
エレミヤはその希望を確信して、神の目線に近づき、改めて預言者としての働きの意味を知り、恐れを乗り越えて歩む力が増し加わったと思われる。それは信仰の増し加わりであり、神がエレミヤを成長させられたのである。

 

『希望は主から』
・神は、エレミヤの苦しみも悲しみも全てわかったうえで、エレミヤに気付きの促しをなされた。それが真の平和の実現という希望の提示である。
・新約の時代の私たちには、更に明確に未来の希望が示されている。この希望があるから、私たちは、死をはじめとする困難を軽々と乗り越えて、永遠の人生を恐れず歩めるのである。
・人間にとって最終的に必要なものは何かを教え、それを快く与えてくださったお方は、私たちの天の父なる神です。聖霊は私達にそのことを明確に教えています。
・内住される聖霊を与えられているという事は、この希望を心にしっかりと持ち、希望の歩みを、力強く進んで行く力を得ているという事です。
「どうか、希望の神が、信仰によるすべての喜びと平安であなたがたを満たし、聖霊の力によって希望にあふれさせてくださいますように。」ローマ15章13節

エレミヤ書11章18節~12章4節

18節:「主が私に知らせてくださったので、私はそれを知りました。それからあなたは、彼らのわざを私に見せてくださいました。
19節:私は、屠り場に引かれて行く、おとなしい子羊のようでした。彼らが私に敵対して計略をめぐらしていたことを、私は知りませんでした。『木を実とともに滅ぼそう。彼を生ける者の地から断って、その名が二度と思い出されないようにしよう』と。

・神はエレミヤに、エレミヤに対する陰謀(殺害計画)を知らされた。
・「見せた」という事から、エレミヤの殺害計画中の現場映像を見せたのだろう。
・彼はそんな計画がある事に全く気付かず、知らなければ簡単に罠にはまっていた。
・「屠り場に引かれて行く、おとなしい子羊のように」・・・・イエス様を思わせる。
・エレミヤの殺害は、彼の存在と共に、彼の働きとその結果を葬る事。神の否定を意味する言動と姿勢。

20節:しかし、正しいさばきをし、心とその奥にあるものを試す万軍の主よ。あなたが彼らに復讐するのを私は見るでしょう。私があなたに、私の訴えを打ち明けたからです。」

・エレミヤは、神の絶対的主権を認め、また、必ず悪を裁かれることを確信する。
・エレミヤの訴えとは、神の義を貫くための裁きが下ること。
・エレミヤは、復讐を最優先して求めてはいない。(聖徒としての正しい姿勢)

21節:それゆえ、主はアナトテの人々について、こう言われる。「彼らはあなたのいのちを狙い、『主の名によって預言するな。われわれの手にかかって、あなたが死なないように』と言っている。

・エレミヤを殺害しようとしたのは、アナトテの人々であることが分かる。
・アナトテ→エレミヤの生まれ故郷。親族縁者、幼なじみなどが住む、祭司の町。
・神が、アナトテの人々のことばをエレミヤに教える。
「主の名によって預言するな!さもなくば、おまえは我々に殺されることになる」
・アナトテは祭司の町。祭司が神のことばを否定。祭司の心が神に向いていない。

22節:それゆえ──万軍の主はこう言われる──見よ、わたしは彼らを罰する。若い男は剣で死に、彼らの息子、娘は飢えで死に、

・神によるアナトテの裁き
 ①剣による若い男の裁き→戦争、侵略(バビロン)
 ②飢饉による息子、娘の裁き→戦争、侵略後の荒廃
 ⇒一族の存続がとても厳しくなる

23節:彼らには残る者がいなくなる。わたしがアナトテの人々にわざわいを下し、刑罰の年をもたらすからだ。」

・「残る者がいなくなる」・・アナトテの全員が滅ぶという事ではない。
エズラ2:23にアナトテの帰還者数が記されている。
・この言葉の対象は、エレミヤ殺害計画者たちとその家族ではないかと考えられる。
※私見・・殺害計画した偽祭司たちの集団であろう。

 

12章

話題は一変します。エレミヤは、敢えて神に質問を投げかけます。
1節:「主よ。私があなたと論じても、あなたのほうが正しいのです。それでも、私はさばきについてあなたにお聞きしたいのです。なぜ、悪者の道が栄え、裏切りを働く者がみな安らかなのですか。

1/a節(主よ、私が・・・・お聞きしたいのです。)
・エレミヤは、神が公正な方だと認識しているが、それでも敢えて神に尋ねる。
・エレミヤは、神の裁きが理不尽ではないかという疑問を持った。
1/b節(なぜ、・・・・安らかなのですか。)
・全部で3つの質問。先ず、エレミヤが感じる二つの矛盾が質問される。(不満)
 ①邪悪なものが繁栄している現実。
 ②酷い裏切り者が安らかに生活している現実。
 ⇒イスラエルの上層部の人々を指している:ヨブ21:7~

 ⇒それに対する応答:詩編37:1~4

2節:あなたが彼らを植え、彼らは根を張り、伸びて実を結びました。あなたは、彼らの口には近いのですが、彼らの心の奥からは遠く離れておられます。

・エレミヤが感じる3番目の矛盾の提示。
 ③主権者(神)ご自身が、邪悪な者たちの繁栄を赦している。
上層部の人々の実態⇒・彼らは富み、豊かになっている。外見は神の民を装う(口には近い)が、中身は異質(心の奥からは遠く離れている)。

エレミヤが、こうした厳しい糾弾を神に投げかけたきっかけは、11章後半に示された陰謀の存在を知った事ではないか。(フルクテンバーム博士による)

3節:主よ。あなたは私を知り、私を見て、あなたに対する私の心を試されます。どうか彼らを、屠られる羊のように引きずり出し、殺戮の日のために取り分けてください。

3/a節(主よ・・私を・・試されます。)
・エレミヤの義なる心を提示している。
・「神がわたしを試しても、私の義に問題はない。」
・11章後半の出来事に絡む思い。
・「なぜ、義なる私が命を狙われ、不義なる者が豊かで、平安なのか?」
3/b節(どうか彼らを、・・・・取り分けてください。)
・邪悪なる上層部の人々を引きずり出し、さばいてください。そうすべき、という思い。
・神に信頼しない者こそが、苦しむべきとエレミヤは考えている。
神の目線から見る人間の本当の苦しみとは、肉体の死後、裁かれて送られる永遠の苦しみの世界。地上での苦しみではない。

4節:いつまで、この地は喪に服し、すべての畑の青草は枯れているのでしょうか。そこに住む者たちの悪のために、家畜も鳥も取り去られています。人々は『神はわれわれの最期を見ない』と言っています。」

4/a節(いつまで、この地は喪に服し、・・・・取り去られています)

・イスラエルの地が生産性を失い、イスラエルの民は苦しさの中にある。
  ※朝貢のための厳しい取り立て。自然の影響や、周辺国からの攻撃など。
・「そこに住む者たち」→上層指導部
・上層部の邪悪さが国家、土地の荒廃となっている。
・エレミヤは何時まで放っておかれるのか・・と神を糾弾する。
・「家畜も鳥も取りさられている」→周辺国からの攻撃か。
4/b節(人々は、・・・・最後を見ない』と言っています」)
・「人々」とは、上層部の人々。
・神が私たちの人生を左右することは無い!と上層部の人々が言っている。
 →預言の成就が自分たちの時代に起こることは無い!
・私たちには、神の存在は無関係!これは神を無視している言葉。
・この言葉はエレミヤの預言のことばへの応答でもある。神のことばの完全無視。
常に神に従う姿勢を示すエレミヤだが、預言者である自分を殺害しようとする計画を知り、義憤に満ちた思いで神を糾弾している。

エレミヤは死を恐れているのではない。あくまでも神の義の実現を求めるエレミヤの、イスラエルの民に対する怒りの表明である。

『人の最重要課題』
・ エレミヤは自分への陰謀を知らされた。アナトテの人々が神の言葉を無にしようとすることに驚いた。彼らの神の否定は、エレミヤにとってはあり得ないこと。
・ 預言者は命の危険がある事を、エレミヤは百も承知。神の従事者は、神に永遠のいのちの存在を示されていたか、働きを通して自然に感じていたものと推測する。
・私たちは聖書を通して永遠のいのちを知り、その人生をすでに歩んでいる。この人生は、神と共に歩む人生であり、地上の人生とは異質である。
・我々にとって死は恐れるものではない。肉体という制約から抜け出すプロセスである。人は消えず復活する。だからこそ、神と共に歩む人生が、人間の最重要課題である。
今の世で富んでいる人たちに命じなさい。高慢にならず、頼りにならない富にではなく、
むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置き、善を行い、立派な行いに富み、惜しみなく施し、喜んで分け与え、来たるべき世において立派な土台となるものを自分自身のために蓄え、まことのいのちを得るように命じなさい。

テモテ第一 6:17~19

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