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・ホセア12章1節~14節
・ホセア13章1節~16節
・ホセア14章1節~9節
ヨナ書
・ヨナ書の時代背景
・ヨナ1章1節~3節
・ヨナ1章4節~17節

メッセージ

ヨナ1章4節~17節

4節:ところが、が大風を海に吹きつけられたので、激しい暴風が海に起こった。それで船は難破しそうになった。

5節:水夫たちは恐れて、それぞれ自分の神に向かって叫んだ。そして、船を軽くしようと船の積荷を海に投げ捨てた。一方、ヨナは船底に下りていて、横になってぐっすり寝入っていた。

出港して、2~3日(難破して港に帰って来られる日数)の時が過ぎたと思われる。

すると予想外の難破しそうな激しい嵐が起こった。
予想もしなかった嵐・・・長年の経験・知識から外れた嵐。事実、後に凪になる。
それ故、水夫たちはこの嵐に違和感を感じていた。だから、自分たちの神に祈り、最善策を取った。
積み荷を捨てて船を軽くし、浸水を防いだ。水夫としての最善を尽くしている。
この激しい嵐はただ事ではない!「神の祟りだ!神の怒りだ!」と口にしていたのではないだろうか。
片っ端から積み荷を捨てようとしていると、船底で眠るヨナがいるではないか!

船長!!こんな時に眠ってる奴がいますーっ!と叫んだかも

6節:すると船長が近づいて来て、彼に言った。「いったいどうしたのか。眠りこけているとは、起きて、あなたの神に願いなさい。もしかすると、その神が私たちに心を留め、私たちは滅びないですむかもしれない。」

『皆、一所懸命働いたり、財産を捨てたり、祈ったりしてるのに、何を寝てるんだ!せめて捨てる物がないなら、お前さんの神様に祈るなり、何かやれよ! 一所懸命祈ったら、あんたの神様が助けてくれるかもしれないじゃないか!』


7節:人々は互いに言った。「さあ、だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったのか、くじによって知ろう。」彼らがくじを引くと、そのくじはヨナに当たった。

嵐は収まるところを知らず、むしろ激しくなっている!一体、何が原因なんだろう?
誰かがそれを知っているのではないか?と考える者が出てきた。

そうだ!くじ引きしてその原因を知っている者を特定しよう。(誰かがアドバイスしたのだろう。船長かもしれない。)

そして、くじはヨナに当たった。明らかに神の働きである。ヨナは、神との関わりを断っているつもりでも、神はそれを上回って、ヨナを導いておられる。

8節:そこで彼らはヨナに言った。「話してくれ。だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったのか。あなたの仕事は何か。どこから来たのか。国はどこか。どの民の者か。」

9節:ヨナは彼らに言った。「私はへブル人です。私は、海と陸を造られた天の神、を恐れる者です。」

10節:人々は非常に恐れて、彼に「何ということをしたのか」と言った。人々は、ヨナが彼らに告げたことによって、彼がの御顔を避けて逃れようとしていることを知ったからである。

ここで初めて、ヨナの身分が語られる。
へブル人であり、天地を創造された神を恐れる預言者であること。ガテ・ヘフェルから来たのだが、その理由は、神のみことばを告げるように言われたが従えず、その任務を放棄して、西の果てまで行こうと考えている。

自分の神に畏敬の念を持っていた船長や他の人々は、へブルの神についても知識はあったと思われる。その預言者と言うことが更に、驚きとなり・・・何ということをしたのか!
職業人としての責任感を持ち、偶像ではあっても神を畏れる船長やその他の人々らしい言葉である。

11節:彼らはヨナに言った。「私たちのために海が静まるようにするには、あなたをどうすればよいのか。」海がますます荒れてきたからである。

預言者と聞いて、彼に助かる道を求めた。祈っていない者がヨナであり、彼の立場から、ヨナの神とヨナとの問題が原因であると気づき始めた。
ヨナが告白した後、更に暴風がひどくなっている。更に確信する

12節:ヨナは彼らに言った。「私を抱え上げて、海に投げ込みなさい。そうすれば、海はあなたがたのために静かになるでしょう。私は分かっています。この激しい暴風は、私のせいであなたがたを襲ったのです。」

自分を海に投げ込みなさい。ヨナは、自分のせいで船が暴風に襲われていると確信している。
これは、この船の人たちに与えられた異邦人への預言である。


13節:それでも人々は船を陸に戻そうと漕いだが、そうすることはできなかった。海がますます彼らに向かって荒れてきたからである。

船長をはじめ人々は陸に戻ろうと懸命になるが、暴風は更に激しくなる一方。
何とか、全員無事に生還させようと最善を尽くす船長、船員・・ここがポイント!異邦人の誠意を感じる!
明らかに、ヨナの言う通りへブル人の神が怒っておられると感じる・・もう限界と判断!


14節:そこで彼らはに向かって叫んだ。「ああ、よ。どうか、この男のいのちのことで、私たちが滅びることのないようにしてください。咎なき者の血の報いを、私たちの上に下さないでください。よ。あなたは、望まれたとおりになさったのですから。」

異邦人であるこの人たちの、神に対する次の言葉に、神への敬虔深さを感じる。

「あなたの望み通りにいたしますから、どうか私たちを滅びさせないでください!!」

咎なき者・・ヨナは彼らに何も罪を犯していない。そのヨナを海に投げ込むことは主の望みなのだから自分たちに血の報いを下さないでほしいと頼む。

預言者、つまり神のことばに従う異邦人の姿がここにある!

15節:こうして、彼らはヨナを抱え上げ、海に投げ込んだ。すると激しい怒りがやんで、海は凪になった。

ヨナを海に投げ込んだと同時に、海は凪になった。神の怒りが止んだ。人々は、神の実在とヨナと言う預言者の真実を体感した。それは、驚くべき体験であった。


16節:人々は非常にを恐れ、にいけにえを献げて誓願を立てた。

(私見だが、15節から16節までには時間的隔たりがあると見る)
一切の物を捨てた船の航行は不可。なので、ヤッファに戻ったと思われる。
そこで、真っ先に捧げものをし、誓願を立てたのだと思われる。

 

どうして、神は船ごと沈没させて、ヨナを海の中に引きずり込まなかったのか?
船を沈没させれば、事は簡単である。しかし、そうはされなかった。
神の御心がそこにある・・・この船の異邦人にも、あわれみとご計画を持たれていた。

敬虔深い人々に、真の神を知るチャンスを与えられたのではないか!

それ故、嵐の中でむしろ沈没させずに、導いておられたのではないか!

この後、記載にはないが、彼らは帰還後もヨナの預言のサポート役になると考えられる。

神がなさることは、人間の考えを超越して、万全である。
私たちの神は、全幅の信頼を置けるお方であることを覚えよう!

17節:は大きな魚を備えて、ヨナを呑み込ませた。ヨナは三日三晩、魚の腹の中にいた。

主は、大きな魚を備えておられた。次から次と手を打っておられる神。すべてが万全。
自然(海、風、雨)も大魚も、すべてが神のことばに従う。人だけが、神に逆らう存在。

 

三日三晩と、その後の復活はイエス様の十字架と復活の予表

        ↓       ↓
ヨナは死んだか、生きていたか? 生きていたとしたら、イエス様の予表ではない

(マタイ12:39~41、ルカ11:29~30)

ヨナ1章1節~3節

1節:アミタイの子ヨナに、次のようなのことばがあった。

ヨナ・・ガリラヤ地方中央部ゼブルン地域のガテ・ヘフェル出身。ゼブルン族。北イスラエルの預言者。
「ヨナ」は「鳩」と言う意味。
ヨナの父は「アミタイ」。それは「真理」と言う意味である。
ヨナの名は、Ⅱ列王記14:25に登場する。


2節:「立ってあの大きな都ニネべに行き、これに向かって叫べ。彼らの悪がわたしの前に上って来たからだ。」

ニネべ・・アッシリアの首都。もともとはニムロデが築いた町。ニムロデは神への反逆者であり、帝国主義のはじめである。水が豊富で堅固な難攻不落の都市
ヨナの時代は、近隣諸国を吸収し巨大な都市になっていた。

3章3節から、ニネべは、行き巡るのに三日かかるほどの非常に大きな都であった。
4章11節から、人口は12万人以上と分かる。

ヨナに預けられた神のみことばは、イスラエル向けではなく異邦人向けであった。
その大国に行って、わたしのことばを叫べ!彼らの悪がわたしの前に上って来たからだ。
アッシリアは残虐的行為で他国を従わせていた。

イスラエルも少なからず影響受けていたか?
ヨナはこれを聞いてどう思ったか?

3節:しかし、ヨナは立って、の御顔を避けてタルシシュへ逃れようとした。彼はヤッファに下り、タルシシュ行きの船を見つけると、船賃を払ってそれに乗り込み、の御顔を避けて、人々と一緒にタルシシュへ行こうとした。

タルシシュ:当時の最西端の町。スペインの港町。(船賃はかなり高額と考えられる)
ヤッファ(ヨッパ):港町。ヤッファとニネベの距離は約900㎞。(広島ー新横浜間の距離)この距離を歩くのは大変な仕事である。

主の御顔を避ける・・神の約束の地(神の影響)から離れるという意味。

しかし、神は遍在される神。どこに行っても無駄と、ヨナは知っていたはず。
彼が、神殿、または神殿のある地から離れることは、神との交わりを遮断すること。祈らない、対話しない、と言う姿勢。覚悟をして背を向けているヨナ。
彼はタルシシュに向かう。当時の最西端の町。ニネベとは真反対方向。
当時の北イスラエルは、神の期待に応じない態度。預言者であるヨナは、北イスラエルの回復を何よりも求め、優先されるべきと考えていたのではないか。
万が一にも異邦人が悔い改めたりしたら、せっかくの選民イスラエルはどうなる?

ヨナ書の時代背景

ヨナ書の出来事の時期

一般的には、エリシャ~アモスまでのどこか・・BC896~BC753頃としている。
中川先生は、ヤロブアム2世の時(BC793~BC753)としている。
 ⁂アモス書、ホセア書と同時期であり、ヨナは彼らの預言を知っていたと見ている。
根拠として、Ⅱ列14:23~27を挙げている。
Ⅱ列14:25:「彼は、レボ・ハマテから、アラバの海までイスラエルの領土を回復した。それは、イスラエルの神、主が、そのしもべ、ガテ・ヘフェル出身の預言者、アミタイの子ヨナを通して語られたことばのとおりであった。」

ヤロブアム2世以前に語られたことばか?その時代に語られたことばか?の疑問は残る。

そこで、アッシリア帝国の勢力拡大の推移を見てみる!

 

《この時代のアッシリア帝国の勢力拡大動向について》
アダド・ニラーリ3世の時代(BC810~BC783)・・彼の治世の前半は若年と言うこともあり勢力拡大は不可。自国統一で精一杯!しかし、治世の後半は近隣諸国を侵略し、アラムのダマスコを押さえた。
彼の後継王、シャルマヌエセル4世、アシュール・ダーン3世、アシュール・ニラーリ5世(BC783~BC745)は、アルメニアのウラルトゥ王国に対する防御と、自国統一に専心し、勢力拡大は後回しになっていた。

こうした事情に加えて、ヤロブアム2世が用いられ、北イスラエルは、神の祝福により、全盛期を迎えることとなる。  

ホセア14章1節~9節

1節:イスラエルよ。あなたの神、に立ち返れ。あなたは自分の不義につまずいたのだ。

北イスラエル、そしてイスラエルの民全体へのメッセージ。
「神、主に立ち返れ」・・原語では、「主のもとに、主の御傍に」という深みがある。
新共同訳:「主のもとへ。」と訳されている。
裁きは免れない。神との関係を破壊してしまったのだから。それは悪魔に惑わされたということ。今、原点に返れ、戻れ!と諭す。


2節:あなたがたはことばを用意し、に立ち返れ。主に言え。「すべての不義を赦し、良きものを受け入れてください。私たちは唇の果実をささげます。

3節:アッシリアは私たちを救えません。私たちはもう馬に乗らず、自分たちの手で造った物に『私たちの神』と言いません。みなしごがあわれまれるのは、あなたによってです。」

主に立ち返る時に語る言葉は何か?神にささげる霊的思いは何か?

悔い改めのことばと完全なる信頼。
賛美、神をたたえる心からのいけにえ・・・つまり動物の犠牲はないということ。
アッシリアや、そのような大国、経済、軍事力との決別。偶像礼拝との決別。
「あなただけが私たちの唯一の真の神!」「このようなみなしごをどうぞ救ってください!主よ!」こうした言葉が心の底から神に向けて発せられる時!イエス様が地上に再臨される時である!

4節:「わたしは彼らの背信を癒やし、喜びをもって彼らを愛する。わたしの怒りが彼らから離れ去ったからだ。

神は民の背信を赦し、その怒りは消え去る。イスラエルの心が神に立ち返ったから。
それは、メシア的王国の実現を意味する。


5節:わたしはイスラエルにとって露のようになる。彼はゆりのように花咲き、レバノン杉のように根を張る。

大患難時代に大荒廃した地は、東風の被害を上回る前代未聞の大惨事。そんな地を神は回復される。焼けた地に露が落ち、地が豊かになり、神の子たちは豊かに地上に根を張って活力を得て生きる。メシア的王国にスライド入国したイスラエル人は、力強きレバノン杉のように活気に満ちる。


6節:その若枝は伸び、その輝きはオリーブの木のように、その香りはレバノン杉のようになる。

7節:その陰に住むものたちは、穀物のように生き返り、ぶどうの木のように芽をふく。その名声はレバノンのぶどう酒のようになる。

メシア的王国にスライド入国したイスラエルの民の子孫も増え、産業も回復し、神の民として存在感を示す。
「その陰に・・・」の箇所は、離散していた人々もその地において彼らと共に活動し、たたえられる者となるということ。良い実が良いぶどう酒を生むように、名声が轟く様。


8節:エフライムよ。わたしと偶像との間に、どういう関わりがあるか。わたしが応え、わたしが世話をする。わたしは緑のもみの木のようだ。わたしから、あなたは実を得るのだ。」

エフライム(イスラエル)の民と神との間に偶像のかかわりは一切ない。神の統治による新しい世界が生まれる。神が人々を導く世界。


9節:知恵ある者はだれか。その人はこれらのことを悟れ。悟りのある者はだれか。その人はそれらのことをよく知れ。の道は平らだ。正しい者はこれを歩み、背く者はこれにつまずく。

知恵ある者・・神を一心に愛し、恐れる者、知ろうとする者!
悟りのある者・・神の教え(みことば)に従う者!
アッシリヤ捕囚以後、様々な困難、迫害がイスラエルの民を襲う。どうか、神のみことば、神の道を見出し、知恵と悟りを得る者となってほしい!その道が実は平らな道であることに気付いてほしい。

ホセア13章1節~16節

1節:「エフライムは震えながら語ったとき、イスラエルの中であがめられた。しかし、バアルのことで咎ある者となって死んだ。

エフライムが語った時、そこ(周囲)には震え(恐れ)があった。エフライムがイスラエルの中であがめられていたからである。しかし、エフライムはバアルを選び(偶像礼拝をし)、神と決別した。それは死を意味する。

 

2節:今、彼らは罪を重ね、自分のために銀で鋳物の像を造り、自分の考えで偶像を造った。これはみな、職人のわざ。彼らはこれについて言う。『人を献げる者たちは、子牛に口づけせよ』と。

職人(所詮人間)が偶像を造り、それをあがめた。その偶像である子牛に人のいのちを捧げるような愚かな行為をしていた。(人身御供)

 

3節:それゆえ、彼らは朝もやのように、朝早く消え去る露のようになる。打ち場から吹き散らされる籾殻のように、また、穴から出る煙のようになる。

神の裁きに会うとは、朝もや、朝露、風の前の籾殻、煙突から出る煙の如く消えてしまうということである


4節:しかしわたしは、エジプトの地にいたときから、あなたの神、である。あなたはわたしのほかに神を知らない。わたしのほかに救う者はいない。

あなたたちの神は出エジプトの奇蹟を行った神、である。わたしのほかに神があってはならない!と申し伝えた神である。わたしがあなたがたを救うのだ!


5節:このわたしは荒野で、干ばつの地であなたを知っていた。

これまであなたがたをどんな時も(荒野、干ばつ)助けてきた。荒野40年の生活を皮切りに、この時に至るまで神は北イスラエルを助け導いた!

6節:しかし牧草で満腹したとき、彼らは満ち足り、心は高ぶり、そうしてわたしを忘れた。

その助け、勝利が神によるものと知らず偶像によるものとし、神を忘れてしまう北イスラエル。

7節:わたしは彼らに対して獅子のようになり、豹のように道端で待ち伏せる。

8節:子を奪われた雌熊のように彼らに襲いかかり、彼らの胸をかき裂いて、その場で雌獅子のように食らう。野の獣は彼らを引き裂く。

主の裁きは、獅子、豹、そして子を奪われた雌熊のよう。神は野の獣のように獰猛に北イスラエルを襲い殺す。

 

どうして、この三つが挙げられているのか。→ここに未来の予表が隠されている(暗示)

 

9節:イスラエルよ、あなたは滅ぼされる。あなたの助け手である、わたしに背いたからだ。

神はイスラエルの背きを、精一杯受容してきた。真の助け手、真の拠り所は神のみ!
そんな神を裏切り続けた結果は、滅び。それは最後の気付きの道(そして、いばらの道)


10節:では、あなたの王はどこにいるのか。すべての町のうちで、あなたを救う者は。あなたをさばく者たちはどこにいるのか。かつてあなたが『私に王と高官たちを与えよ』と言った者たちは。

かつて「王を、高官を与えよ」と言って駄々をこね、今や神の意に反し王や高官を選んだが、彼らにどれほどの力があるというのか?見よ、今、国は滅びようとしているではないか!


11節:わたしは、怒ってあなたに王を与え、また憤ってこれを奪い取る。

神の意に反した王の就任を怒りで見ていた神は、忍耐したうえで王、高官を滅ぼす!


12節:エフライムの不義は束ねられ、その罪は蓄えられている。

エフライムのこれまでの行動はすべて罪となって、今、エフライムの前に積みあげられている。


13節:子を産む女の激しい痛みが彼のところに来るが、彼は知恵のない子で、時が来ても、母の胎から出て来ない。

様々な神の導き(試練)を通して気付きを与えてきたが、残念なことに、エフライムは知恵の無い子であった。気付く知恵がなく、神の民であることを拒み続けていた。
母の胎から出てこない、まるで、悪魔の腹の中(陰府)にいて、出てこないでいる愚かな子を指しているよう。
神はこれを本当に哀れに思われている!


14節:わたしはよみの力から彼らを贖い出し、死から彼らを贖う。死よ、おまえのとげはどこにあるのか。よみよ、おまえの針はどこにあるのか。あわれみはわたしの目から隠されている。

おまえのとげはどこにあるのか、おまえの針は、どこにあるのか?➡罪が無くなる時が来る。➡この個所は勝利宣言である。

こんな愚かな民だが、神は未来に彼らを陰府・死から贖いだす計画を持たれている
その時、死に向かい、陰府に向かう罪は、どこにもなくなる。まさしく罪に対する勝利!
しかし、今はわたし(神)の目から、彼らに対するあわれみは隠されている

 

15節:彼は兄弟たちの中で栄えている。だが、東風が吹いて来て、の息が荒野から立ち上り、水源は涸れ、泉は干上がる。それはすべての尊い器がある宝物倉を略奪する。

16節:サマリアは咎ある者となる。自分の神に逆らったからだ。彼らは剣に倒れ、幼子たちは八つ裂きにされ、妊婦たちは切り裂かれる。」

エフライムは兄弟部族の中でもよく栄えたが、東風(熱風)つまりアッシリアが一気に襲ってくる。これは神の怒りの裁きである。
まるで水源を枯らす東風の如く、アッシリアはエフライム、北イスラエルの宝物、財産、そして国民を奪う。特にサマリアは酷い目に遭う。それは神を無視し続けたからだ。
サマリアの人々は攻め入られ、幼子・妊婦すべて八つ裂きにされてしまう。

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