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・エレミヤ書2章1節~19節
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・エレミヤ書5章1節~31節
・エレミヤ書6章1節~30節
・エレミヤ書7章1節~15節+バビロン捕囚の表
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・エレミヤ書24章1節~10節
・エレミヤ書25章1節~14節
・エレミヤ書25章15節~38節

メッセージ

エレミヤ書25章15節~38節

15節:まことにイスラエルの神、主は、私にこう言われた。「この憤りのぶどう酒の杯をわたしの手から取り、わたしがあなたを遣わすすべての国々に、これを飲ませよ。

・エレミヤに神からの命令・・・怒りの杯を全ての諸国に飲ませよ!
※1:10で示された預言の提示。(これまではユダへの裁きが語られていた)→異邦人諸国への預言が示される。(しかし、詳細は46~51章)

16節:彼らは飲んで、ふらつき、狂ったようになる。わたしが彼らの間に送る剣のゆえである。」

・神が彼らに剣のわざわいを送るので、彼らは狂ったような行動をとることになる。
※剣→神の一方的な破壊の御業

17節:そこで、私は主の御手からその杯を受け取り、主が私を遣わされたすべての国々の民に飲ませた。

・エレミヤは神に従って、怒りの杯である神の裁きについて国々に示す。
※神の怒りの杯を飲まされる国々が示される。

18節:まず、エルサレムとユダの町々とその王たち、高官たちに。彼らを今日のように廃墟とし、恐怖のもと、嘲りとののしりの的とするためである。
19節:また、エジプトの王ファラオと、その家来たち、首長たち、そのすべての民、
20節:すべての混血の民、ウツの地のすべての王たち、ペリシテ人の地のすべての王たち、すなわちアシュケロン、ガザ、エクロン、アシュドデの残りの者たち、
21節:エドム、モアブ、アンモン人、

・はじめに示されたのはユダ、エルサレムの都市の王や高官たち。
・廃墟(第1回目の捕囚を皮切りに)となり、嘲りの的とする。
・次に、エジプトの王ファラオとその家来ほか。※その詳細は46:1~26で示される。
・ウツの地の国々。→ヨブの出身地。※中川先生→死海南東の地域。明確には不明。
・ペリシテ人の地の国々※アシュケロン、ガザ、エクロン、アシュドデ、エドム、モアブ、アンモン人

22節:ツロのすべての王たち、シドンのすべての王たち、海のかなたにある島の王たち、
23節:デダン、テマ、ブズ、もみ上げを刈り上げているすべての者たち、
24節:アラビアのすべての王たち、荒野に住む混血の民のすべての王たち、
25節:ジムリのすべての王たち、エラムのすべての王たち、メディアのすべての王たち、

・ツロ、シドン、地中海のかなたの島(キプロス、クレタ諸島)の、それぞれの王たち。
※、ツロ、シドンは港湾都市で、交流のある地中海の島々も加わる。
・デダン、テマ、ブズの人々。彼らはもみあげを刈り上げる習慣。ユダヤ人とは反対。
※テマは、アカバ湾の南東322キロ。デダンはテマの西に位置すると言われる。
※詳細は不明。

 

・アラビア、荒野の混血の民(様々な国から集まった混血のグループ集団)の、それぞれのすべての王たち

・ジムリ、エラム、メディア、それぞれのすべての王たち
☆ユダ、エルサレムを中心に、全地域に語られていることに注目!

26節:北国のすべての王たち、近い者も遠い者も一人ひとり、地の面のすべての王国である。そして、彼らの後でバビロンの王が飲む。

・北国のすべての王たち、そしてバビロンに加担したすべての地上の王たち。
・これらの王たちが全て神の怒りの杯を飲まされる者たち。
・最後にそれらの後で、バビロンの王(Sheshach)「バベル」の暗号表記→アトバシュ置換が怒りの杯を飲まされる。
このリストが示す意味は終末預言である。
・地上のすべての王たちが裁かれ、最後にバビロンの王が裁かれる。
※ほとんどの王たちはすべて複数形、バビロンの王は単数形。(特殊な表現Sheshach)
・バビロンのペルシアによる陥落ではなく、大患難時代の最終的バビロン転覆を指す
※イザヤ13:1~14:23、黙18:1~24参照。
バビロン特定の王である反キリストは神の怒りの杯を最後に飲まされる。

27節:「あなたは彼らに言え。『イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしがあなたがたの間に送る剣のゆえに、飲め、酔え、吐け。倒れて起き上がるな。』
28節:もし、彼らが、あなたの手からその杯を取って飲むことを拒むなら、彼らに言え。『万軍の主はこう言われる。あなたがたは必ず飲むことになる。

・エレミヤは、怒りの杯が神の剣であることを示す。神の一方的な破壊。
※彼らがこの預言を拒否しても、必ず起こる。
※たとえエレミヤの預言(46章~51章)を否定したところで・・。
・この剣という裁きは受けなければならない宿命。

29節:見よ。わたしの名がつけられているこの都に対して、わたしはわざわいを下し始めているからだ。あなたがたは罰を免れようとするのか。免れることはできない。わたしがこの地の全住民の上に、剣を呼び寄せているからだ──万軍の主のことば。』

・「見よ」・・イスラエルを裁き始めた神を見よ!
※捕囚の第1回目が開始された。ユダヤの民の悲劇の舞台が始まった。
・それは、いずれ異邦人にも裁きが及ぶことを示している。
※イスラエルは神の民。それを裁く神が背信の異邦人を裁かない理由がない

30節:あなたは彼らにこのすべてのことばを預言して言え。『主は高い所からほえ、聖なる御住まいから声をあげられる。その牧場に向かって猛々しくほえ、ぶどう踏みをする者のように、地の全住民に向かって叫び声をあげられる。
31節:その叫び声は地の果てまでも響き渡る。主が諸国の民と争い、すべての肉なる者をさばき、悪者どもを剣に渡されるからだ。──主のことば──

※13節で語られた、「エレミヤが万国に預言したことの実現」が語られる。
・主は、地上の全人類に向けて、天から吠え、叫ばれる。
・「主はブドウ踏みをする者」→全人類は樽の中の潰されるブドウ。黙14:17~20
・その声は全地球に響き渡る。→対象は人類のすべて。
・悪者は皆、剣の裁きを受けることになる。回避不可能。

32節:万軍の主はこう言われる。見よ。わざわいが国から国へと移り行き、大いなる暴風が地の果てから起こる。

・この剣のわざわいはある国から別の国へと伝播する。世界的な規模で展開する。
・この預言は大患難時代の国々への裁きによって成就する。

※詳細は30章~33章で語られる。

33節:その日、主に殺される者が地の果てから地の果てまでに及び、彼らは悼み悲しまれることなく、集められることなく、葬られることもなく、地の面の肥やしとなる。』」

・「その日」・・神の裁きの日。
・全世界の殺された人々は、地の肥やしのごとく、何の扱いも受けない。
※かつてイスラエルの民に語られたこと(8:2、9:22など)が、異邦人にも起こる。

34節:牧者たちよ、泣き叫べ。群れの飼い主たちよ、灰の中を転げ回れ。あなたがたが屠られ、散らされる日が来たからだ。あなたがたは、尊い器が砕かれるように倒れる。
35節:逃げ場は牧者たちのうちから消え失せる。逃れ場は、群れの飼い主たちのうちから。
36節:牧者たちの叫ぶ声がする。群れの飼い主たちの泣き声が。主が彼らの牧場を荒らしておられるからだ。

・「牧者たち」・・「指導者たち」
・各国の指導者たちは、陶器が粉砕されるごとく倒される。
・その裁きから逃れる方法はない。→富も何の役にも立たないことを知る。
・牧者たちの嘆きの叫び声が、神のさばきの間ずっと続く。

37節:平和な牧場も、主の燃える怒りによって荒れすたれる。

・平和に見える国も、神は裁き、荒廃をもたらす。
※神は偽りの平和をも粉砕する。

38節:主は若獅子のように仮庵を捨てた。虐げる者の怒り、主の燃える怒りによって、彼らの国が荒れ果てるからだ。

・「仮庵(ヘ)soke 茂み、隠れ家、秘密の意味を捨てた」・・「身を隠されていたところから」獅子のように出現した。
※神は裁きの為に身を隠していた茂みから出られた。
・その裁きは激烈で、史上最大の恐怖となる。


☆捕囚の第1回目が始まり、ユダヤの民の苦難の歴史が始まるが、神はユダヤの民に特別な思いがあることを示されている。
☆25章の後半15~38節は46章~51章の前振り。26章から45章まで再び神の民への預言が語られることになる。

『神の(ような)民』

・神はイスラエルの民を選ばれ、彼らに律法を与え、神の民として国を治め、神の栄光を表すことを期待された。神の民としての生きる道が示された。
・かつて、アダムは蛇の誘いに乗り、神のようになりたいと思い(創3:5)、その結果神を裏切ってしまったが、イスラエルの民も神の民となるはずが、「神のような民」になってしまった。
・心の中心に神を据えることで、自身が神中心となり、必然的に考えと行動の中心は神となる。そうでなければ、神を信じて、神を心の中心に据えたことにはならない
・救いの道は私たち異邦人にも示され、「神の子」となる聖霊、特権、律法が与えられた。旧約の民の背中を見て、私たちこそ「神のような子」ではなく、神に従順で忠実な子を目指そう!
「すべてのことを、不平を言わずに、疑わずに行いなさい。それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代のただ中にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握り、彼らの間で世の光として輝くためです。」ピリピ書2:14~16抜粋

エレミヤ書25章1節~14節

1節:ユダの王、ヨシヤの子エホヤキムの第四年、バビロンの王ネブカドネツァルの元年に、ユダの民全体についてエレミヤにあったみことば。

・エホヤキム王の第4年・・BC605~604年の頃
・バビロンの王ネブカドネツァルの元年・・BC605~BC562年(王位)、

出生はBC630年頃(この時は25歳くらい)
※第1回目の小捕囚(ダニエル)→70年間の捕囚の始まり(という説)
※エホヤキム王がエレミヤの最初の本を火に投げ入れた年。
・ユダの民全体についてのことばが、エレミヤに語られた。

2節:預言者エレミヤは、それをユダの民全体とエルサレムの全住民に語り、こう言った。
3節:「ユダの王、アモンの子ヨシヤの第十三年から今日まで、この二十三年間、私に主のことばがあり、私はあなたがたに絶えず、しきりに語りかけたのに、あなたがたは聞かなかった。

・エレミヤはユダとエルサレムの民全員に語ることを命じられた。
・先ずは、これまでのエレミヤの活動の言及。
・エレミヤは、ヨシヤ王の第13年(BC627年)から預言を開始。
※ここまで約23年間の預言活動。(BC627年~BC605、604年)

ここまで仕えた王たち:ヨシヤ王→エホアハズ王(3か月間)→エホヤキム王
※この節で(ヘ)sakam という語が使われている。早起きする、早く始めるの意味。
F博士によれば、神は早朝に預言を伝え、エレミヤはその日の 午前中の早い時間に、民に預言を伝えていたと解説しています。
・エレミヤは神のことばを懸命に民に伝えてきたが、彼らはまったく言うことを聞かなかった。

4節:また、主はあなたがたに、主のしもべである預言者たちを早くからたびたび遣わされたのに、あなたがたは聞かず、聞こうと耳を傾けもしなかった。
5節:主は言われた。『さあ、それぞれ悪の道から、あなたがたの悪い行いから立ち返り、主があなたがたと先祖たちに与えた土地に、いつまでも、とこしえに住め。

・過去に、エレミヤ以外の預言者たちも遣わしたが、イスラエルの民は拒絶した。
・神は言われた。・・もういい加減にして、神の言うことに耳を傾けよ!
※アブラハム契約の条項を踏まえて、神はイスラエルに復帰を促す。
・預言者たちからの神の声に聞き従うなら、約束の地に永遠に住める。
※信仰の民として神と共に歩むなら、祝福が与えられるということ。
・アブラハム契約は信仰、モーセ契約や土地の契約は神への従順を教える。
※土地の契約=無条件契約だが、占有権は神への従順による。
救いは、神の「恵み」に応答する「信仰」によって得られ、その「信仰」が、神に従う歩みへと向かう。これが信仰者の人生となる。皆で真の信仰者を目指しましょう!

6節:ほかの神々に従い、それに仕え、それを拝んではならない。あなたがたが手で造った物によって、わたしの怒りを引き起こしてはならない。そのようにすれば、わたしも、あなたがたにわざわいを下さない。

・神の民として、また神と契約した者として、決してしてはならないこと。
・偶像礼拝は絶対不可!人の手で造られたもので神を怒らせてはいけない。
※偶像礼拝、これがわざわいの主たる原因となる。

7節:しかし、あなたがたはわたしに聞き従わなかった──主のことば──。そして、あなたがたは手で造った物でわたしの怒りを引き起こし、身にわざわいを招いた。』

・しかし!民は神に逆らい、偶像で神を怒らせた。
※結果、彼らは神の裁きであるわざわいを受けることになる。

8節:それゆえ、万軍の主はこう言われる。『あなたがたがわたしのことばに聞き従わなかったから、
9節:見よ、わたしは北のすべての種族を呼び寄せる──主のことば──。わたしのしもべ、バビロンの王ネブカドネツァルを呼び寄せて、この国とその住民、その周りのすべての国々を攻めさせ、これを聖絶して、恐怖のもと、嘲りの的、永遠の廃墟とする。

・「神のことばに不従順であったから、」ということでその裁きが示される。
・北の種族の代表であるバビロンの王ネブカドネツァルを、神のしもべとして用いる。
※裁きの道具としてのしもべ。(同じしもべのキュロス王と、用い方が異なる)
※大きな軍事力を与えて、ユダとその周辺国を制圧し、廃墟化。・・聖絶される。

10節:わたしは彼らから楽しみの声と喜びの声、花婿の声と花嫁の声、ひき臼の音と、ともしびの光を消し去る。
11節:この地はすべて廃墟となり荒れ果てて、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。

・地は荒廃し、日常生活を奪われ、ユダと周辺国は70年間バビロンに仕えることになる。
※70年間→光が失われる期間・・土地の安息の回復を得る期間
①BC605年~BC536年 第一回目の捕囚が起点
②BC586年~BC515年 第三回目の捕囚、神殿破壊が起点
①と②の説があるが、①を推したい。

※「70年間」についての聖書箇所・・Ⅱ歴36:20~21、エレ29:10、ダニ9:2、ゼカ1:12

 

12節:七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民を──主のことば──またカルデア人の地を、彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする。

・70年の捕囚期間の終わりに、神はバビロンとその民を裁くとされた。
※神はバビロンを、イスラエルの裁きの為に用いた。裁きの道具としてのしもべ。
※神の制限を超えて、越権行為をすればその為の裁きが下る。→ペルシアのバビロン征服で成就・・アブラハム契約(創12:3a)の記載の通り。

注)文章中にある「永遠に・・地とする」は、この当時は成就しない。

近未来の「型」「予表」と、遠未来の「実現」「成就」を示す預言。

13節:わたしは、この地の上にわたしが語ったすべてのことばを実現させる。それは、エレミヤが万国について預言したことで、この書に記されているすべての事柄である。

※エレミヤは異邦人諸国にも裁きの預言を発していた。
・バビロンのみならず、エレミヤが預言した異邦人諸国にも裁きが下ることが示された。
※荒れ果てた地とする異邦人諸国とは・・18~26節で示される。
※この異邦人諸国の裁きの詳細は、46章~51章で示される。

14節:多くの国々と大王たちは彼らを奴隷にして使い、わたしも彼らに、その行いに応じ、その手のわざに応じて報いる。』」

・バビロンをはじめとする諸国の裁き→彼らがしたように、自分たちが扱われる。
※18節以降で示される諸国とその王たちを指す。
※イスラエルの民を捕囚したように、自分たちが捕囚されることになる。
※アブラハム契約の通り・・呪うものを呪う、の成就。

 

『罪の刈り取りと訓練』
・バビロンは、イスラエルの裁きの器として用いられたが、越権行為により神に裁かれることになる。イスラエルは神の民でありながら、裁かれることになる。
・人は信仰により罪が赦されている。悔い改めて赦される特権はあるが、犯した罪(過去、現在)の種を蒔いたことにより、その刈り取りの責任は生じる。ダビデの「バテ・シェバ事件」など。
・人は、その刈り取りを通しても、神の義、聖、愛、忍耐の訓練を受けることになる。この訓練は神の子としての霊的成長の糧となり、性格の形成へと繋がるものである。
・今の自分は過去の罪の結果かもしれないが、確実に異なるのはこれからの未来である。希望を持ちつつ、辛くとも罪の刈り取りの訓練と向き合い、神の教えを実践する自分がここにいる。
「すべての訓練は、そのときは喜ばしいものではなく、かえって苦しく思われるものですが、後になると、これによって鍛えられた人々に、義という平安の実を結ばせます。」 ヘブル書12:11

エレミヤ書24章1節~10節

24章は、BC597年の第二回大規模バビロン捕囚の後に語られた預言です。エレミヤが日頃から語っていた厳しい裁きが成就した後と言うことになります。

1節:バビロンの王ネブカドネツァルが、ユダの王、エホヤキムの子エコンヤと、ユダの高官たち、職人、鍛冶をエルサレムから捕らえ移してバビロンに連れて行った後のこと、主は私にこのように示された。見よ、主の神殿の前に、二かごのいちじくが置かれていた。

・エホヤキン(エコンヤ)王、高官、職人、鍛冶、などが捕囚された。

※Ⅱ列24:10~17参照。(エゼキエルもこの時捕囚された) 
※職人や鍛冶など熟練者たちが、捕囚先の地へ技術を伝承した。(現在も継続中)
・この時、神はエレミヤに2かごのイチジクを示された。場所は神殿の前。

2節:一つのかごにあるのは非常に良いいちじくで、初なりのいちじくの実のようであり、もう一つのかごにあるのは非常に悪いいちじくで、悪くて食べられないものであった。

・良いイチジク・・初なりのイチジクのように非常に良いもの
・悪いイチジク・・食べられない最悪のイチジク

3節:そのとき、主が私に、「エレミヤ、あなたは何を見ているのか」と言われたので、私は言った。「いちじくです。良いいちじくは非常に良く、悪いほうは非常に悪く、悪くて食べられないものです。」

・「何を見ているのか」と、神はエレミヤに尋ねる。
※このビジョンの意味を正確に理解しているか?と確認をしている。
・エレミヤは、素晴らしく良いものと、最悪のイチジクを見ていると答えた。
※意味はまだよく理解していないことが示される。

4節:すると、私に次のような主のことばがあった。
5節:「イスラエルの神、主はこう言う。わたしは、この場所からカルデア人の地に送ったユダの捕囚の民を、この良いいちじくのように、良いものであると見なそう。

・神からの解説が語られる。
・バビロンに捕囚されて行った民を「良い民」と見なす。
※捕囚は、いつの時代も「見捨てる」ということではない。
BC605年第1回目の捕囚(ダニエル)、BC597年第2回目の大捕囚(エゼキエル)、の捕囚民に対する神の特別な配慮が宣言されている。
第1回、第2回に捕囚された民と、現在、イスラエルの地に残る民を引き合いに出し、捕囚地の民への祝福と、イスラエルに残る者への厳しい裁きが示される。
イスラエルに残る民は、飢饉、破壊、虐殺の裁きに会うが、その時捕囚の民はその難に会わず、その後、偶像礼拝から大部分が守られ捕囚地で滅ぶ事無く生き延び、良い配慮が為されたということ。
注)エレミヤ21章9節はこの預言の繰り返し。「いのちの道か死の道か」と神は民に迫っている。

6節:わたしは、彼らを幸せにしようと彼らに目をかける。彼らをこの地に帰らせ、建て直して、壊すことなく、植えて、引き抜くことはない。

・神は離散の民を帰還させ、回復させることを示される。
※最終的な回復の預言
・必ず帰還させ、建て直し、植えて繁殖させ、壊すことも、引き抜くこともない!
※恒久的な回復の預言。→メシア再臨後の回復を指している。

7節:わたしは、わたしが主であることを知る心を彼らに与える。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。彼らが心のすべてをもってわたしに立ち返るからである。

・「私が主であることを知る心を彼らに与える」→心の全てをもって神に立ち返る
※霊的回復の預言→終末時代の光景(ゼカリヤ12:10)
※エレミヤによって示される「新しい契約」の預言の成就
イスラエルの最期の国家(メシア的王国)が誕生し、ユダヤ人は神の民となり、心を尽くしてイエス様に立ち返る時がくる。遠未来の預言である。

8節:しかし、悪くて食べられないあの悪いいちじくのように──まことに主は言われる──わたしはユダの王ゼデキヤと、その高官たち、エルサレムの残りの者と、この地に残されている者、およびエジプトの地に住んでいる者を、このようにする。

・悪いイチジク・・BC605年とBC597年の捕囚後にユダに残ったユダヤ人。
※ゼデキヤ王とその高官たち、そしてエジプトに住んでいる者(逃れた者)たち。
※エジプトに住む者とは、バビロンの支配から逃れた上層部の者たちと考えられる。

9節:わたしは彼らを、地のすべての王国にとって、おののきのもと、悪しきものとする。また、わたしが追い散らす、すべての場所で、そしりと嘲りの的、物笑いの種、ののしりの的とする。

・F博士はこの言葉の中に、BC568年の離散以上の完全なる離散を示すと見る。
※世界離散はAD70年、AD135年に成就する。(神殿破壊+世界離散)
●AD70年の神殿崩壊・・第一次ユダヤ戦争
●AD135年のバル・コクバの乱の終結・・第二次ユダヤ戦争
世界の嘲笑の的となる。ユダヤ人の歴史は恥の歴史。

10節:わたしは彼らのうちに、剣と飢饉と疫病を送り、彼らとその先祖に与えた地から彼らを滅ぼし尽くす。」

・悪いイチジクと見なされた者たちへの裁きが下る。
・彼らを先祖に与えた約束の地から滅ぼし尽くす。
三つ巴のわざわい→剣、飢饉、疫病による裁き
※この預言はBC586年に成就する。
※神殿の破壊は国家の滅亡を意味する決定打。

 

『心のクオリティー』
・同じユダヤの民でありながら、二つに分けられた民。一つは良いイチジクで、もう一つは悪いイチジク。外見は同じでも、本質の違いは食してみれば明確。この違いはどこから来るのか?
・世を見ると、人は外見を装い内面を包み隠し通して生きようとする。本来人間はどういうもので、どういう生き方が正しいかを見つけ出そうとはしない。神を知ればそれが可能なのだが・・。
・神は本質を見抜き、最終的運命を決める恐るべき神。不可能なことは何もないこの神は、愛の神でもある。その愛に気付いて、その愛に応答する歩みを目指すのがクリスチャンではないか!
・神と自分との関係をよく理解すれば、神の偉大さに気付き、自ずと謙虚になる。この謙虚さこそ、神を知る者の本質ではなかろうか。神との良き関係を築いて心のクオリティーを高めて行こう!
「主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神と共に歩むことではないか。」ミカ書6:8

エレミヤ書23章16節~40節

16節:万軍の主はこう言われる。「あなたがたに預言する預言者たちのことばを聞くな。彼らはあなたがたを空しいものにしようとしている。彼らは主の口からではなく、自分の心の幻を語っている。

・偽預言者たちのことばを聞くな!との神の命令。
※ユダを空しいものへと導く。自分たちの思いや、耳障りの良い事を繰り返すだけ。

17節:彼らは、わたしを侮る者に向かって、『主はあなたがたに平安があると告げられた』としきりに言い、頑なな心のままに歩むすべての者に向かって、『あなたがたにはわざわいが来ない』と言っている。」

・偽預言は、神を侮る者を継続的に惑わす。
※神が言わない平和を、偽預言者は「平和がある」と語る。
・神に反する者に、「あなたがたにはわざわいは無い」と励ます。
※モーセの律法違反・・レビ26:14~42、申28:15~68、29:14~29

18節:しかし、だれが、主との親しい交わりに加わり、主のことばを見聞きしたか。だれが、耳を傾けて主のことばを聞いたか。

・「主との親しい交わり」がない・・神との会議、打ち合わせに参加していない者→偽預言者 ※エレミヤは参加者である。・・神とは酔うほどに親密な関係である。

19節:見よ。主のつむじ風が憤りとなって出て行く。荒れ狂う暴風が悪者の頭上で荒れ狂う。

・偽預言者への厳しい裁き→激しいハリケーン、台風のような暴風による裁き。

20節:主の怒りは、その心の御思いを行って成し遂げるまで去ることはない。終わりの日に、あなたがたはそれを明らかに悟る。

・神の御心の通りになるまで、裁きは続けられる。
※BC586年の裁きは一時的で、真の裁きの成就は遠未来で実現。(30~33章)

21節:「わたしはこのような預言者たちを遣わさなかったのに、彼らは走り続ける。わたしは彼らに語らなかったのに、彼らは預言している。
22節:わたしとの親しい交わりに加わっていたなら、彼らは、わたしの民にわたしのことばを聞かせ、民をその悪い生き方から、その悪しき行いから立ち返らせたであろうに。

・親しい交わり→正しい神との信頼関係→真の信仰者であったなら・・むしろ悪い民を正しく導いたであろうに!→エレミヤは真の預言者である。

23節:わたしは近くにいれば、神なのか。──主のことば──遠くにいれば、神ではないのか。
24節:人が隠れ場に身を隠したら、わたしはその人を見ることができないのか。──主のことば──天にも地にも、わたしは満ちているではないか。──主のことば。

・「近くにいれば」、「遠くにいれば」、「天にも地にも満ちている」偏在の神、という存在の認識がない!常に至る所に存在される詩編139:7~10、アモス9:1~4 

25節:わたしの名によって偽りを預言する預言者たちが、『私は夢を見た。夢を見た』と言うのを、わたしは聞いた。
26節:いつまで、あの預言者たちの心に偽りの預言があるのか。心の偽りごとを語る預言者たちのうちに。

・偽預言者は、「夢を見た」と言って、あたかも神の啓示のように強調する。
※人はそれを疑わない。
・彼らの偽預言は彼らの悪意。
※悪意ある彼らの心の欺瞞は消えることがない。

27節:彼らの先祖がバアルのゆえにわたしの名を忘れたように、彼らはそれぞれ自分たちの夢を述べ、わたしの民にわたしの名を忘れさせようと、企んでいるのか。

・先祖がバアルの名で民をそそのかしたように、夢を見たと言って神を忘れさせている。

28節:夢を見た預言者は夢を語るがよい。しかし、わたしのことばを受けた者は、わたしのことばを忠実に語らなければならない。麦は藁と何の関わりがあるだろうか。──主のことば──

・偽預言者と真の預言者の存在→独りよがりか、神に忠実か。
・「麦とわら」の対比→「神のことばと人間の夢」
●「麦」は、人間の消費に適したもの→人間にとって価値あるもの
●「わら」は、動物の消費に適したもの→人間には無価値なもの


29節:わたしのことばは火のようではないか──主のことば──。岩を砕く金槌のようではないか。

・神のことばは「火」(焼き尽くす)、「金槌」(粉砕する)、である。
※律法を守らない者に対する神の態度。・・偽預言者は必ず裁かれる。

30節:それゆえ、見よ──主のことば──。わたしは、互いにわたしのことばを盗み合う預言者たちの敵となる。
31節:見よ。わたしは──主のことば──自分の舌を操って、これがみことばだ、と言う預言者たちの敵となる。

・主は偽預言者の敵となられる。
●真の預言者のことばを真似て(盗用)、預言を語る。
●自分の思いを「主は言われる」と言って語る。

32節:見よ。わたしは偽りの夢を預言する者たちの敵となる──主のことば──。彼らは、偽りと自慢話をわたしの民に語って迷わせている。わたしは彼らを遣わさず、彼らに命じもしなかった。彼らは、この民にとって何の役にも立たない──主のことば。

・ 「主は言われる」という偽預言者たちを裁く、と宣告をする神。
・神は彼らを遣わしたこともないのに、空しい自慢話で民を迷わせたから。
※民の神離れを推進させていた。
ー偽預言者についてー
①権限付与なしに、神の名を使っている。
②道徳的性格が低く、姦淫者。悪態をつく。
③無意味な約束で偽りの希望を与える。  
④詐欺的心の持ち主。夢、預言のコピー、盗用
⑤神に召されない者。呼び出されない者。

33節:この民、あるいは預言者か祭司が、『主の宣告とは何か』とあなたに尋ねたら、あなたは彼らに言え。『あなたが、宣告とは何かと言うので、わたしはあなたがたを捨てる──主のことば。』
34節:預言者でも、祭司でも、民でも、主の宣告と言う者があれば、わたしはその者とその家を罰する。」

・民や預言者たちのエレミヤへの質問。「神の託宣(宣告)は何か」と尋ねた。
※(ヘ)massa・・重荷、負担、神託の意味。
「託宣」は何かと聞いたつもりが、神は「重荷は何か」と受け取った。(言葉遊び)
・神は、「重荷とは、質問をするお前たちなので、お前たちを捨てる!」と答えられた。
※神に反する者たちは神の御心を知る由もなく、真逆なことばかりする。

・「主の宣告(massa)」という者は皆、家もろともすべて罰する。     


35節:あなたがたは互いに「主はどう答えられたか。主はどう語られたか」と言うがよい。

・質問のときは「神はどう答えられたか」、「どう語られたか」と聞け。massaは不可!
※神の重荷は、律法を守らない民である。神は本来、祝福を与える神。

36節:しかし、主の宣告ということを二度と述べてはならない。その宣告自体がそれを言う人自身のことばであり、あなたがたが、生ける神、万軍の主、私たちの神のことばを曲げることになるからだ。
37節:「あの預言者たちにこう言え。『主はどう答えられたか。主はどう語られたか。

・宣告(重荷)、という言葉を使うことは、その人の重荷となるから、使用不可。
※神の宣告と言いながら、それを曲解し、人々に神のことばを捻じ曲げて伝える。→結果、自分たちの重荷となる。
・預言者は、「主はどのように答えられたか」、と聞け。massaは使用不可!

38節:もし、あなたがたが主の宣告と言うなら、それに対して、主はこう言われる。わたしはあなたがたに、主の宣告と言うなと言い送ったのに、あなたがたは主の宣告というこのことばを使っている。
39節:それゆえ、見よ、わたしはあなたがたを全く忘れ、あなたがたとあなたがたの先祖に与えたこの都を、あなたがたとともに、わたしの前から捨てて、
40節:永遠の恥辱、忘れられることのない永遠の侮辱をあなたがたに与える。』」

・禁じているのに、massaを使い続けるなら、厳しい裁きが下る。
・先祖に与えた都エルサレムと、預言者とを、共に永遠の恥辱へと送る。

 

『心の掃除』
・表向きと内心は異なることが多く、良い振る舞いをしていても、心の底では周囲の人の評価を期待していたり、何かをプレゼントしてお気になさらずに、と言いながら、とても見返りを期待していたり。
・世の中は、そうした汚れた内心を上手に隠して歩む術を、私たちに教えているような気がします。表向きは自己中心の思いを覆いつつ、内心は自己中という汚れを増幅させて行く。
・義であり聖であり愛の神は、私たちを子としてくださり、聖書に示し、更に聖霊を与えて、この地上の忌まわしい教えから解放してくださっています。
・神はmassaという言葉を禁じましたが、言葉は心を表すもの。私たちは神が喜ばれる言葉が口をついて出てくるように、表側を装わず、内なる心に沁みついた汚れを熱心に落として行きましょう。
「自分は宗教心にあついと思っても、自分の舌を制御せず、自分の心を欺いているなら、そのような人の宗教はむなしいものです。」ヤコブ1:26

 

エレミヤ書23章1節~15節

1節:「わざわいだ。わたしの牧場の群れを滅ぼし散らしている牧者たち──主のことば。」
2節:それゆえ、イスラエルの神、主は、私の民を牧する牧者たちについてこう言われる。「あなたがたはわたしの群れを散らし、これを追い散らして顧みなかった。見よ、わたしはあなたがたの悪しき行いを罰する──主のことば──。

・神の所有物である羊の群れを、愚かな指導者たちは滅ぼし、散らしてしまう。
※上層部の愚かさがその原因。義なる正しい牧者(指導者)が望まれる。
・指導者たちはイスラエルの民を神から離れさせ、民を顧みない自己中な行動をした。
・指導者の神に反する行為は罰せられることになる。

3節:しかしわたしは、わたしの群れの残りの者を、わたしが追い散らしたすべての地から集め、元の牧場に帰らせる。彼らは多くの子を生んで増える。

・神は、悪しき者の裁きの後、離散した残りの者たちを元の牧場に帰還させる。
・その地で子孫が増える。→イスラエルへの帰還、神殿再建。→近未来預言。

4節:わたしは彼らの上に牧者たちを立てて、彼らを牧させる。彼らは二度と恐れることなく、おびえることなく、失われることもない──主のことば。

・神は、牧者たちを立てる、と言われる。複数形であることから、近未来預言と分かる。
・「彼らはニ度と恐れず、おびえず、失われない。」→「二度と~ない」は、長い期間を表す。
※長い期間とは、バビロンからの解放後以降しばらくの間、ということ。

 

■イスラエルの最終帰還についての預言箇所 (苦難の後の国家再生⇒メシア的王国)
①申30:1~10(土地の契約)
②イザヤ11:11~12:6、27:12~13、43:5~7
③エレミヤ31:7~10
④エゼキエル11:14~18、 36:24

⑤アモス9:14~15
⑥ゼパニヤ3:18~20
⑦ゼカリヤ10:8~12
⑧新約 マタイ24:31、 マルコ13:27

5節:見よ、その時代が来る。──主のことば──そのとき、わたしはダビデに一つの正しい若枝を起こす。彼は王となって治め、栄えて、この地に公正と義を行う。

・「見よ、その時代が来る。」・・預言的未来表現。5回目の登場。(Total15回)
・「ダビデに・・」→ダビデの系図から、ダビデ契約を示唆する。
・「若枝」・・(ヘ)tzemach・・地面から直接成長する芽。→正しく義に根差した王。メシアを指す。(エレミヤ33:15~16、イザヤ11:1、ゼカリヤ3:8、6:12)

正しく義に根差した王とは、
・21~22章の王のようではない。
・ダビデ契約を実現する。
・正義の王として正義と公正を行う
・イザヤ11:1~2の預言の踏襲

6節:彼の時代にユダは救われ、イスラエルは安らかに住む。『主は私たちの義』。それが、彼の呼ばれる名である。

・この王はユダ、イスラエルを救う。→国家が安らかに住むことが出来る。
・「主は私たちの義」→「神よ、私たちの義よ」と人々は名づける。メシアと認める。

7節:それゆえ、見よ、その時代が来る──主のことば──。そのとき、もはや人々は『イスラエルの子らをエジプトの地から上らせた主は生きておられる』と言うことはなく、

・「見よ、その時代が来る」・・6回目の預言的未来表現。
・何千年もの間、出エジプトがユダヤの歴史の最高点だった。更に最高の日が来る。
・メシアによる、イスラエルの最終的な約束の地での再集結(最終帰還)。

8節:『イスラエルの家の末裔を、北の地や、彼らが散らされていたすべての地から上らせた主は、生きておられる』と言って、自分たちの土地に住むようになる。」

・第一段階・・バビロン(北の地)から、
・第二段階・・離散した地から→約束の地へ。
※正義の王の出現の預言→世界規模のユダヤ人の帰還の実現→メシア的王国。

9節:預言者たちについて──私の心は、うちに砕かれ、私の骨はみな震える。私は酔いどれのように、ぶどう酒に負けた男のようになった。主と、主の聖なることばのために。

・偽の預言者についての宣告が語られるが、その前に、エレミヤの心情が示される。
・エレミヤは主とそのことばによって、引き裂かれるという不平のことばを発する。
※神のことばによって、酔っぱらいのように圧倒されている。
・エレミヤの預言はほとんどが厳しい荒廃の預言。それを語ることは彼を引き裂く。

※吉田の考え
エレミヤは、神とそのことばを浴びるように身に受け、まるで酔っ払いのようになり、たとえどんな苦痛にあっても、黙っていられないほど神と一体化している。

10節:地が姦通する者で満ちているからだ。地はのろわれて喪に服し、荒野の牧場は乾ききる。彼らの走る道は悪で、その力は正しくないことに使われる。

・姦通者(偶像礼拝者)で満ちているイスラエル。
・「地は呪われて・・」→神の裁きの下で、土地は実を結ぶのを止めた。
・彼らの状態は、悪に逆らうのではなく、悪のために精一杯自分の力を使う姿勢。

11節:「実に、預言者も祭司も汚れている。わたしの家の中にも、わたしは彼らの悪を見出した。──主のことば──

・神は、神殿で神のために働く預言者、祭司も悪に染まり、汚れているのを確認した。

12節:それゆえ、彼らの道は、暗闇の中の滑りやすい場所のようになり、彼らは押しやられて、そこに倒れる。わたしが彼らにわざわいをもたらし、刑罰の年をもたらすからだ。──主のことば──

・彼らが大手を振って歩く道は、神によって滑りやすい道に変えられる。
※上層部の人たちは、良い年になる、安全だ、と偽の預言をしていた。
・彼らの預言を覆す刑罰の年、わざわいの年を与えて、それらを覆す。
※大捕囚、そして11年後の神殿破壊(決定的事実)を指している。

13節:サマリアの預言者たちの中に、わたしはごまかしを見た。彼らはバアルによって預言し、わたしの民イスラエルを迷わせた。

・「サマリヤ」は北イスラエルの首都。その地の(偽)預言者たち。
・神が見た「ごまかし」とは、イスラエルの民でありながら、バアルの預言をしていたこと。

14節:エルサレムの預言者たちの中に、わたしはおぞましいことを見た。彼らは姦通し、噓をついて歩き、悪を行う者どもの手を強くして、その悪から、だれも立ち返らせない。彼らはみな、わたしにはソドムのようであり、その住民はゴモラのようだ。」

・エルサレムの地の預言者たち。神が見た「おぞましいこと」とは、
・神の預言もないのに、嘘を言って、むしろ偶像に走る人々の手助けをする。
・偽預言者は、ソドム、住民はゴモラ。背信行動に等しい悪。→裁きは免れない。

15節:それゆえ、万軍の主は、預言者たちについてこう言われる。「見よ。わたしは彼らに、苦よもぎを食べさせ、毒の水を飲ませる。不敬虔がエルサレムの預言者たちから出て、全土に広がったからだ。」

・預言者の不敬虔さが民に伝播し、それが全土に広がった。原因は偽預言者。
・偽預言者は地を汚し、結果、神は苦よもぎ、毒水で苦しむ裁きを下す。

 

『愚者は繰り返す』
・北イスラエル王国は、偶像礼拝の罪を犯し、遂にはアッシリヤ帝国によって滅亡した。それを横目で見ていた南ユダ王国も、遂には偶像礼拝の罪から、バビロンに捕囚され神殿は破壊されてしまう。
・「歴史は繰り返す」といわれるが、この繰り返しは概ね愚かな行為を指している。それは人の人生とて同じこと。人間が自己中心的な思想を持った時から、愚かさを繰り返す歴史が始まった。
・自己を中心に据えている限り、愚かさは消えない。その中心の座に神を迎え入れてこそ、愚か者から賢者になれるということを悟る必要がある!
・自分の力でやり遂げようとすれば、その分の重荷を負い、それが消えることはない。先ずは、神を中心に迎え入れ、無価値な重荷を繰り返し負うことなく、神とともに真の道を歩みましょう!
「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」マタイ11:28

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