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・エレミヤ書31章31節~34節
・エレミヤ書31章31節~34節(新しい契約について)

メッセージ

エレミヤ書31章31節~34節〈新しい契約について〉

「新しい契約」は、

 わたしは、わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す。
この一文で、新しい契約は個人が適用の対象となることが分かる。個人に聖霊が与えられて、それが「心に律法が書き記される」ということになる。
では、心に書き記されるのはいつ?⇒この聖霊の付与は、キリストの十字架の血によって発動する。つまり個人に対する霊的祝福が発動されるということである。これが「奥義」として、旧約時代には隠されていた。
 彼らはもはや、・・・・「主を知れ」と言って教えることはない。彼らがみな、・・・・わたしを知るようになるからだ―主のことばー。
心に書き記す律法である聖霊の付与によって、最後の患難時代のイスラエルの民全体が救われることを意味する。民族的救いである。
この御業以降、イスラエルの民から御子を信じる信仰が失せることはなくなる。

「新しい契約」の特徴について

①神が主導して締結された契約→「わたしが・・」を多用。無条件契約である。
②神がイスラエルと結んだ契約。(教会、異邦人は不締結)
心に刻まれる内的契約。・・外見やしるし以上のもの。精神的な側面が示された。
④個人への適用・・契約はイスラエルの民全体で、適用は個人である。
⑤ユダヤ人には最終的に全員が救われる普遍的効果がある。
⑥罪の赦しが契約の礎・・メシア拒否の罪が赦されて、イスラエルの民は救われる。

 

イスラエルの契約についての豆知識

聖書にある8つの契約の中で、神がイスラエルと契約を結んだものは次の5つ。
アブラハム契約、モーセ契約、土地の契約、ダビデ契約、新しい契約
①アブラハム契約、②土地の契約、③ダビデ契約、④新しい契約⇒無条件契約
※アブラハム契約は、土地、子孫、霊的祝福の3つの側面を構成する。
※②、③、④の契約は、それぞれ3つの側面の詳細を説明する契約。
※物質的な祝福(②、③)は、ユダヤ人だけが対象。しかし、霊的祝福は、アブラハム 契約の流れから、ユダヤ人とともに、異邦人にも適用される。
注:「霊的祝福」・・救い・義認・赦し・聖霊・神との関係回復・霊的立場を指す。
※異邦人は、契約の当事者ではないので、この祝福に与る者として祝福を受ける
※新しい契約では、与る者の特権が明示されることになる。

⑤モーセ契約⇒条件付き契約(一時的な契約 ガラ3:19)
※守れば祝福、守らねば呪い。→義の学び、罪の学び→罪の支配。
※モーセ契約により、その祝福はイスラエルに限定された。(異邦人は改宗が必要)
注:救いはいつの時代も「恵みに応答する信仰」。(ラハブ、ルツ、ナアマン)
※異邦人との間に「隔ての壁」を置いた。→神の民を異邦人から守るため、壁を設けた
※この律法を守ることで、イスラエルは神の民としての良き手本となり、神を示す。
※しかし、守らねば異邦人と同様になってしまうというもの。 

メシアによってモーセ律法は成就され終了

※「隔ての壁」はイエスの十字架で壊され、イスラエル人限定の律法は解除された。
※隔ての壁の廃棄で、ユダヤ人と異邦人の間の垣根が取り除かれた。
※①~④の契約のもと、メシアを信じる信仰による救いが啓示された。
※アブラハム契約の霊的祝福である新しい契約が発動。(物的祝福はユダヤ人)
→個人的救いの道が、全人類に等しく示された。
→イスラエルの民全体の民族・国家的救いは患難時代の最後。土地の契約も同じ。
モーセの律法が取り除かれ、ユダヤ人と異邦人が、アブラハム契約の詳細となる新しい契約による聖霊の内住という霊的祝福を受けて教会を形成するのです。

 

「新しい契約」と教会との関係について

■「新しい契約」は、一般にイスラエルから教会へ神の祝福が移ったと言うが・・
・エペソ2:14に見る、ユダヤ人と異邦人の間にある、「隔ての壁」(敵意)の消失。
※置換神学→イスラエルと教会が一つ→霊的イスラエル、真のイスラエル。
※ディスペンセーション神学→イエスの十字架でモーセの律法は終了。→イエスを信仰することにより、ユダヤ人も異邦人も、霊的祝福を得ることができる
置換神学は、「隔ての壁」を民族的区別(隔て)とし、その消失によってイスラエルの民が教会と一つになり、イスラエルのアイデンティティが無くなったとする。一方、ディスペンセーション神学は、壁の消失はモーセの律法の終了であり、救いの道が両者に等しく示されたとする。
■「新しい契約」がもたらすもの

・共同相続人→教会は契約の引き継ぎ者ではなく、祝福に「与る者」。エペソ3:6
・新しい人→ユダヤ人と異邦人が一つとなって神に従い仕える人となる。エペソ2:15

 

「新しい契約」のまとめ

■契約の締結は、他の契約と同様に、神とイスラエルで交わされたもの
教会は、この契約の当事者ではない。契約の祝福に与る存在。
・物質的な祝福はユダヤ人に属すが、霊的祝福はユダヤ人の枠を超えて異邦人の世界に及ぶものとなった。 
■教会は、アブラハム契約の霊的祝福を受けている所と言える。
・今、私たちはこの神の恵みによって、霊的祝福に導かれたことを覚えましょう。
アブラハム契約はメシア的王国で成就し、その条項にある異邦人の救いも成就します。その救いは新しい契約に従って、すでにこの教会時代に実行されているのです。私たちに与えられている聖霊の内住は、エレミヤ時代の神の約束の成就なのです!

 

『気付きの恵み』
・新約聖書とは、新しい契約、約束という意味であり、まさに今回の「新しい契約」によって異邦人に救いが示されたという、我々にとって画期的なテーマが記されている。
・その契約の内容を見ると、契約の当事者は神とイスラエルであるということをはじめ、新約聖書ではわかりにくいことが、旧約聖書から読み取れる。学びの必要性を痛感する。
・私たちが認識すべきは、私たちがこの契約に与れるのは、基本的には神の人類全体に対する憐み、愛がベースであるということである。
・今、こうしてイエス様とともに聖霊をいただいて永遠の人生を歩めるのは、ひとえに神の憐みと愛があってのこと。その愛に気づかせていただいたことこそ恵みと思えてならない。
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。ローマ5:5   

エレミヤ書31章31節~34節

前回、メシア的王国の一端が示され、いよいよ新しい契約が示されます。心に書き
記される律法は、イスラエルの祝福であると共に、異邦人の救いにつながる契約です。

 

31節:見よ、その時代が来る──主のことば──。そのとき、わたしはイスラエルの家およびユダの家と、新しい契約を結ぶ。

・「見よ、その時代が来る。」・・遠未来的預言のことば。
・「新しい契約」・・神とイスラエル、ユダの両家で結ばれる、ユダヤ人の契約という宣言。
●聖書にある8つの契約
エデン契約、アダム契約、ノア契約→人類との契約
アブラハム契約、モーセ契約、ダビデ契約、土地の契約、新しい契約イスラエルとの契約 モーセ契約は条件付き契約。他の4つは無条件契約。

32節:その契約は、わたしが彼らの先祖の手を取って、エジプトの地から導き出した日に、彼らと結んだ契約のようではない。わたしは彼らの主であったのに、彼らはわたしの契約を破った──主のことば──。

・「その契約は・・契約のようではない。」・・モーセ契約とは異なるもの。
※この契約はすでに破られていることを示している。
※正義の基準は示されたが、破ったのはイスラエルの民。
ユダヤ人にそれを守る力量が不足。⇒守れる力が全員に与えられていなかった。

33節:これらの日の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうである──主のことば──。わたしは、わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

・「これらの日の後に」・・
契約の締結はイエスの十字架で、イスラエルの適用は患難時代の終わりの時。
・「・・彼らの心に書き記す」・・守れる力の付与→全イスラエルの救いの実現。
※新しい契約は、人々の内に義の基準を満たし、守る力を与える再生の約束。
モーセの律法の義は守れなかった民の救いの約束である

34節:彼らはもはや、それぞれ隣人に、あるいはそれぞれ兄弟に、『主を知れ』と言って教えることはない。彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るようになるからだ──主のことば──。わたしが彼らの不義を赦し、もはや彼らの罪を思い起こさないからだ。」

・ユダヤ人同士、主を知るように教える必要はなくなる。
・「身分の低い者から高い者まで・・」⇒「小さい者(若い)から大きい者(年寄り)まで」
※イスラエルの民全員の救いを示す。
・「知る」・・(ヘ)yada・・経験による知識、親密な個人的つながりからの知識。→民全員が救われることを意味している。パウロは、ローマ11:26~27で、新しい契約で、すべてのユダヤ人は救われると明言している。

こうして、イスラエルはみな救われるのです。「救い出すものがシオンから現れ、ヤコブから不敬虔を除き去る。これこそ、彼らと結ぶわたしの契約、すなわち、わたしが彼らの罪を取り除く時である」と書いてあるとおりです。ローマ11:26~27
・「不義、罪」・・ともに単数形→キリスト拒否の罪が完全に赦された。

 

■イザヤ書65:20の解説

「そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、寿命を全うしない老人もいない。百歳で死ぬ者は若かったとされ百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。
そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、寿命を全うしない老人もいない。
 ※長寿が当たり前の世界となる。→エデンの園の再現。
百歳で死ぬ者は若かったとされ
 ※長寿の世界において、百歳で死ぬのは「若死に」と言われる世界となる時代。
百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。
 ※百歳で死ぬ者が原語に忠実な訳。→未信者は死んでハデスへ行くということ。
 ※未信者は百歳までに信者となる猶予が与えられているということ。

■イザヤ書65:22を見ると・・
「・・わたしの民の寿命は、木の寿命に等しく、・・」とある。
・木の如き寿命が当然の世界であり、百歳は極めて若いということになる。
※決して子供ではない。長寿を全うできず、永遠のいのちを得られないということ。

■パウロの書簡とイザヤ書65:20から分かること。
・すべてのユダヤ人は、メシア的王国で救われる。
※ヘブル8:10~13において、「新しい契約」に言及していることに注目。
※エレ34節・・「不義、罪」はメシア拒否の罪。ユダヤの民は二度とこの罪を犯さない。
・メシア的王国では、入国した異邦人の子孫から未信者が出るということ。
■「新しい契約」とは、
・イスラエルの完全な国家再生をもたらす契約である。
・すべてのユダヤ人が主を知る状態となる。従って伝道は不要となる。
・ユダヤ人の不信者は存在しない。⇒ユダヤの民はメシア的王国において、新しく生まれた人々が救われた状態で生まれてくるのではなく、信じるに十分な年齢になるにつれて、信じるようになるということである。

『聖霊の力』
・「新しい契約」はエレミヤの預言書で示されたが、その契約は、神がイスラエルの民と交わされた。そしてその契約の保証は、イエス様の十字架の血による締結である。
・この契約は「聖霊」が与えられるという特徴がある。聖霊の内住の力は、キリストを徹底的に拒否する民全員を深く後悔させ、キリストを迎えるようにするものである。
・私たちは、すでに新しい契約の恩恵に与る者で、その日イスラエルの民に与えられるであろう聖霊を受けている。この聖霊は、古い者を新しい者に変える力があるお方である。
・その力を発揮する一番の秘訣は素直さ、謙虚さではないか。聖霊の内住を信じてみことばに素直な心で向かうとき、力が湧き上がり、変化が起きるのである。
「あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって神の栄光を現しなさい。」コリント 第一 6:19~20   

    

 

エレミヤ書31章15節~30節

15節:主はこう言われる。「ラマで声が聞こえる。嘆きとむせび泣きが。ラケルが泣いている。その子らのゆえに。慰めを拒んでいる。その子らのゆえに。子らがもういないからだ。」

・「ラケル」・・ヤコブの妻(いとこ)。美しい女性。合計14年間働いて結婚。(創29章)
※子はヨセフとベニヤミン。(創46:19)
ラケルは、ベテルからエフラテに移動する際、難産でベニヤミンを出産し、命を落とす。エフラテはベツレヘムへの途上(近く)にある。その道に葬られた。(創35:16~20)

埋葬場所には2説ある。 

①現在、ベツレヘムに「ラケルの墓」の遺跡がある。(南方説)
「ラマ」の近くが、ラケルの墓の在所と考えられている。(北方説)←F博士の見解

 

・ラマ・・バビロンがユダヤ人捕囚民をここで集めて、移住させる者を選別した場所。
※若い男性は捕囚地に移住され、母親が二度と会えなくなる。
※息子のために泣いたのがラマの町。
「ラケル」・・エレミヤ時代の悲しい母親を表す象徴的ことば
※新約マタイ2:17~18。→ヘロデによって子供を殺される母親の悲しみ。
DKNJの悲惨な状態が示されている

16節:主はこう言われる。「あなたの泣く声、あなたの目の涙を止めよ。あなたの労苦には報いがあるからだ。──主のことば──彼らは敵の地から帰って来る。

・主は、泣くな悲しむなと命じられる。→その労苦に報いがあると言われる。
・別れた子らは帰還する。→神はイスラエル回復の実現を保証しておられる。

17節:あなたの将来には望みがある。──主のことば──あなたの子らは自分の土地に帰って来る。

・未来の新たな希望が示される。
・「将来」・・(ヘ)acharit・・後半の部分、終わり。預言的未来の表現をしている。
バビロンからの帰還ではなく、最終的な世界からの帰還を指している

18節:わたしは、エフライムが悲しみ嘆くのを確かに聞いた。『あなたが私を懲らしめて、私は、くびきに慣れない子牛のように懲らしめを受けました。私を帰らせてください。そうすれば、帰ります。主よ、あなたは私の神だからです。

・「嘆く」・・(ヘ)nud・・揺らぐ、さまよう、悲しみを示す、などの意味。
※神は民の悲しみを聞き、彼らが動揺するのを認めた、・・という意味。
※エフライムは悲しみ(後悔と感謝の念)を語る。
・くびきに慣れぬ子牛を訓練するように、神は私たちを懲らしめてくださった。
・彼らは正しく懲らしめられたことに気づき、帰還を嘆願し始める。
神の愛に気づき、完全に神に立ち返ったイスラエルの民が示されている

19節:私は立ち去った後で悔い、悟った後で、ももを打ちました。恥を見て、辱めさえ受けました。若いころの恥辱を私は負っているのです』と。

・「悔い」・・(ヘ)yada・・経験から生まれた知識を得る、の意味。
※腿を打つ→嘆きを表現する動作・・エゼキエル21:12参照。
※若い頃に犯した罪の恥を見て、屈辱を受け、悔いました。
罪を悟り、過去を大反省するエフライムの思いを神は聞かれた

20節:エフライムは、わたしの大切な子、喜びの子なのか。わたしは彼を責めるたびに、ますます彼のことを思い起こすようになる。それゆえ、わたしのはらわたは彼のためにわななき、わたしは彼をあわれまずにはいられない。──主のことば──

・エフライムの悲痛な告白に対する神の応答が示される。
・「大切な子、喜びの子なのか」→神は、エレ31:9、31:3ですでに示されている。
・「思い起こす」・・(ヘ)zakar・・思い出す、自分の利益の為に思い出す、の意味。
神はイスラエルの利益を常に考えて、真剣にイスラエルを思い、憐れんでいる

21節:あなたは自分のために標識を立てて道しるべを置き、あなたが歩んだ道の大路に心を留めよ。おとめイスラエルよ、帰れ。これらの、あなたの町に帰れ。

・神はイスラエルの民を悔い改めへと導く。
・「あなたが歩んだ大路」・・神の民として歩むべき道。
・その道を正しく歩むために、道路に標識や道しるべを、自分たちのために設置せよ。
・そして、おとめイスラエルに戻り、自分たちの土地に帰れと、神は勧める。

22節:背信の娘よ、いつまで迷い歩くのか。主はこの地に、一つの新しいことを創造される。女の優しさが一人の勇士を包む。」

・「創造される」・・(ヘ)bara・・神だけが実行できる行動を指す。
※神が御業によって新しいことをなさる
・「包む」・・(ヘ)savav・・方向を変える、囲む、包含、の意味。22節cは不明

23節:イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。「わたしが彼らを元どおりにするとき、彼らは再び次のことばを、ユダの地とその町々で語る。『義の住まい、聖なる山よ、主があなたを祝福されるように。』

・神が民を回復させると、民は祝福に与ろうとして、このことばを語り始める。
※F博士・・恐らく、ダビデやソロモンの時代の時のような光景。
・「義の住まい」・・エルサレム、「聖なる山」・・シオンの山。両者の祝福を祈る。

24節:ユダとそのすべての町の者はそこに住み、農夫たちも、群れを連れて回る者たちも一緒に住む。
25節:わたしが疲れたたましいを潤し、すべてのしぼんだたましいを満ち足らせるからだ。」

・農夫(土着)と羊飼い(旅する者)が一緒に住む。
・充足感と完成感に満たされる。
※吉田案・・エルサレムにいた人々と離散していた人々たちが共存すること。

26節:ここで、私は目覚めて、見回した。私の眠りは心地よかった。

・30:1~31:25はエレミヤに夢の中で啓示された、楽しい内容であった。
※F博士によれば、エレミヤは残りの部分を、夢で見ることになる。

27節:「見よ、その時代が来る──主のことば──。そのとき、わたしはイスラエルの家とユダの家に、人の種と家畜の種を蒔く。

・「その時代が来る」・・未来の回復が語られる。
・「種まきの預言」→イスラエルの地にユダヤ人が再び満たされる。家畜も同様に。
※ホセア2:21~23・・ホセアの息子イズレエル→意味は①神は散らす、②神は種を蒔く

28節:かつてわたしが、引き抜き、打ち倒し、打ち壊し、滅ぼし、わざわいを下そうと彼らを見張っていたように、今度は、彼らを建て直し、また植えるために見張る──主のことば──。

・神による見張りの変化→「裁き」の見張りから、「回復と建て上げ」の見張りへ。
・神のイスラエルを見る見方が変化。以降は祝福の期間として見守る姿勢へと変化。

29節:その日には、彼らはもはや、『父が酸いぶどうを食べると、子どもの歯が浮く』とは言わない。

・エゼ18:1~4・・捕囚されて行った人々の間に不満があった証拠。
※モーセの律法(申5:9)の「父の咎が三代、四代目にまで及ぼし」には該当しない。
・この格言、つまり不平を言う者はなくなる。イスラエルの民の裁きは終わった。

30節:人はそれぞれ自分の咎のゆえに死ぬ。だれでも、酸いぶどうを食べる者は歯が浮くのだ。
・メシア的王国では、その格言は変わる。
・彼ら自身の罪のために死んでも、先祖の罪、イスラエル全体の罪では死なない時代。
※罪で死ぬことがあるなら、自分自身の罪によって死ぬという原則に変化する。
→自分自身の罪とは、心が頑なで、神に不従順な心の状態、姿勢を指す。
メシアなるキリストが王となる千年王国は、神に不従順な心が死に値する罪とな

 

『人は必ず甦る』
・メシア的王国は、義であり、聖であり、愛の神が主権を発動する王国であり、その時の世界の価値観は完全に変わり、その国に招かれた者はその価値観に信頼して生きる。
・メシア的王国でも、神に不従順な人はその罪によって死ぬことになるが、私たちはその時すでに栄光の体であり、罪を犯すことはない。むしろ、模範になったり、罪を監視するようなものになる。
・携挙などの例外はあるが、基本的に肉体を有する者は死ぬ。しかし最終的に悪人であれ誰であれ必ず滅びない体に甦る。問題はその甦った体が神の領域に属するか否かである。
・神に属さない者は、滅びない体で永遠に苦しみを受ける。一方、神に属する者は幸いな永遠いのちを受けて生き続ける。すでに私たちはこの人生にあることを忘れてはいけない。
「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに踊っています。あなたがたが、信仰の結果であるたましいの救いを得ているからです。」ペテロ 第一 1:8~9   

エレミヤ書31章2節~14節

2節:主はこう言われる。「剣を免れて生き残った民は荒野で恵みを見出す。イスラエルよ、出て行って休みを得よ。」

・イスラエルの民の患難時代の厳しい状況が示される。
・「剣を免れて生き残った民」・・3分の1のユダヤ人・・「残りの者(レムナント)」。
・レムナントは荒野(ボツラ)で「恵み」→「休み」を得る。
※「休み」・・(ヘ)raga・・休憩の意味→文脈から「救いの休息」の意味。
・荒野で苦難を生き延び、そこでついに神は救いを得させる。

3節:主は遠くから私に現れた。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに真実の愛を尽くし続けた。

・「遠くから」・・(ヘ)rahog・・「遠い」→距離的意味と時間的意味がある。
※F博士は、「古くから」という時間的意味で解釈している。
※過去の預言者を通して、わたし(イスラエル)に、以下のように言われてきた。
・「永遠の愛をもって・・愛した」→古くから神は、イスラエルへの愛を示してきた。申7:8
※永遠の愛という言葉には、滅びることがないという意味が示されている。
・「真実の愛を尽くし続けた」・・「真実の愛」は、罰も伴って与えられる
神の愛とは、イスラエルが回復するまで、イスラエルを神の愛に引き付け続けること

4節:おとめイスラエルよ。再びわたしはあなたを建て直し、あなたは建て直される。再びあなたはタンバリンで身を飾り、喜び踊る者たちの輪に入る。
5節:再びあなたはサマリアの山々にぶどう畑を作り、植える者たちは植え、その初物を味わう。

・神の3つの約束が示される。
①「おとめイスラエル」と呼ばれる。→姦淫の妻ではなくなる。
※エレミヤ18:13、ホセア1:2(姦淫の女)
※神は彼らの罪を思い出さず、罪を清める。イザヤ43:25
※再び「おとめ」として回復し、神の妻となる。
②この回復にイスラエルの民は歓喜する。
③最終的な回復は、ユダだけではなく、サマリヤ(北王国)にも及ぶ。
※作物を植えても他の侵入などのために収穫が不作だったが、これが豊作になる。
※初物→約束の地が回復したあと、初の作物。
生産性の回復は、約束の地の回復ということであろう。

6節:エフライムの山で、見張る者たちが『さあ、シオンに、私たちの神、主のもとに行こう』と呼びかける日が来るからだ。」

・「エフライムの山の見張りが・・・呼び掛ける日が来る」
※エフライムの山→北イスラエルの地
※通常 「見張り」 は敵を知らせるが、この時は見張りがエルサレムに誘う日となる。
・「シオン、主のもとへ」・・神が一人の救い主として、エルサレムからすべてを統治される。
※エルサレムが礼拝の中心となり、エルサレムに行くことは神の実存に入ることを指す。
※見張りもその仕事を止めて、「シオンに、主のもとに行こう」と誘う光景。
◎実存→見える存在であること。 
◎臨在→見えないが存在しているということ。(神に用いられる)

7節:まことに、主はこう言われる。「ヤコブのために喜び歌え。国々のかしらに向かって叫べ。告げ知らせよ、賛美して言え。『主よ、あなたの民を救ってください。イスラエルの残りの者を。』

・神の宣告が示される。
・「国々のかしら」(ヘ)rosh・・頭、頂点・・イスラエルは国々の頂点となっている。
※大患難時代終了時、霊的祝福を受けて救われるイスラエル。
・その彼らに、「イスラエルの民を、残りの者たちを救ってください」と賛美して言わせよ!

8節:見よ。わたしは彼らを北の国から連れ出し、地の果てから彼らを集める。その中には、目の見えない者も足の萎えた者も、身ごもった女も臨月を迎えた女も、ともにいる。彼らは大集団をなして、ここに帰る。

・帰還の説明がなされる。  

北の国・・バビロンを指す。
地の果て・・全世界から→まさに終末の光景
※全世界からイスラエルの残りの者たちが帰還してくる。
盲人や足萎え、妊婦なども含め、大集団で帰還してくる。すべて神が導かれて、帰還が実現する

9節:彼らは泣きながらやって来る。わたしは彼らを、慰めながら連れ戻る。わたしは彼らを、水の流れのほとりに、つまずくことのない平らな道に導く。まことに、わたしはイスラエルには父であり、エフライムはわたしの長子である。」

・「泣きながら」・・悔い改めながら帰還する。そして神は彼らを慰める。
・「水の流れのほとり」・・豊かな土地を意味し、生活の手段を得ていることを示す。
・「つまずかない平らな道」・・すべての障害は取り除かれて帰還できる状態を示す。
・こうして帰還できる理由→イスラエルの父が神であり、その長子がエフライムだから。
※創48:17~19

10節:諸国の民よ、主のことばを聞け。遠くの島々に告げ知らせよ。「イスラエルを散らした方がこれを集め、牧者が群れを飼うように、これを守られる」と。

・諸国への宣言。14節まで、諸国にイスラエルの祝福について説明される箇所。
・神はイスラエルの民を離散させたが、羊飼いのごとく帰還させて守られる。
※この宣言により偽の神学(置換神学、無千年王国主義)は崩壊する。
※イスラエルが教会に取って替わり祝福はないという見解は崩れる。

11節:主はヤコブを贖い出し、ヤコブより強い者の手から、これを買い戻されたからだ。

・「贖い」・・(ヘ)pada・・身代金、身代金を支払った後の自由な状態。
・「買い戻される」・・(ヘ)gaal・・贖い、親族が贖い主となる行動、という意味。
※レビ25:25
・「ヤコブより強い者」・・患難期の反キリスト。エルサレムを支配する最後の異邦人。
※神はイスラエルを反キリストとその勢力から解放し、自由な状態にされる。

12節:彼らは来て、シオンの丘で喜び歌い、主が与える良きものに、穀物、新しいぶどう酒、オリーブ油、羊の子、牛の子に喜び輝く。彼らのたましいは潤った園のようになり、もう再び、しぼむことはない。

・残れる者たちは、エルサレムで喜ぶ。
・神が備えてくださった豊かな農作物や家畜のすべてに歓喜する。
※土地も潤い、残りの者たちの心も潤うことになる。もうしぼむことはない。

13節:そのとき、若い女は踊って楽しみ、若い男も年寄りも、ともに楽しむ。「わたしは彼らの悲しみを喜びに変え、彼らの憂いを慰め、楽しませる。
14節:祭司のたましいを髄で潤す。わたしの民は、わたしの恵みに満ち足りる。──主のことば。」

・メシア的王国の実現に、老若男女皆が楽しみ喜ぶ。
・悲しみが喜びに、憂いが楽しみに変わる。
・「髄」・・(ヘ)deshen・・脂肪、脂肪と灰(脂肪の灰)の意味。祝福を指している。
※(英)神は祭司の心に豊かさを堪能させる。祭司の活動の再開であろう。
※同様に民は、霊的にも物理的にも祝福され、恵みに満ちる。

イスラエルの祝福が諸国に宣言され、ここにイスラエルの祝福は成就する。
人間の偽りの希望は消え去り、真の希望である神の約束は果たされることになる。

 

『主の喜び』
・イスラエルの民は、厳しい裁きの後に与えられる最後の祝福と恵みを受けて、その素晴らしさに心から喜ぶ。かつて想像していたものとはまるで異なる最高の恵みに民全員が歓喜する。
・人類が創造されてからどれほどの月日が流れたか。その歴史は、頑なな民に対する神の愛と忍耐の歴史でもある。民の救いは、神にとっても安堵感を伴う大変な喜びであろうと想像する。
・私たちは、恵みの時代にあって神に信頼する人生を選択した。その選択を神は、わが子として迎えるほどに喜んでくださり、その喜びは、終末のユダヤの民の救いに劣るものではない。
・御子が、命をかけて十字架にかかり、真理の道を示された。命がけの説得を心から信頼し、心の底から素直に応答した私たちを、神はどれほど喜ばれているかは明白である。
「あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪びとが悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。」ルカ 15:7   

エレミヤ書30章12節~31章1節

12節:まことに主はこう言われる。「あなたの傷は癒やされがたく、あなたの打ち傷は痛んでいる。
13節:あなたの訴えを擁護する者もなく、腫れものに薬を付けて、あなたを癒やす者もいない。

・主は、イスラエルの苦難について語ります。
・その傷はひどい状態になる。
・助ける者は誰もいない
※イスラエルを擁護する国は一つもなくなる。
※完全孤立した、深刻な状態を示している。

14節:あなたの恋人たちはみな、あなたを忘れ、あなたを尋ねようともしない。わたしが、敵を打つようにあなたを打ち、容赦なくあなたを懲らしめたからだ。あなたの咎が大きく、あなたの罪が重いために。

・ひどい傷の原因は、神の裁きだから。容赦のない裁き。
・助ける者はないことが強調されている。
※その恋人とは、偶像礼拝者たち。神の裁きを見て、イスラエルから離れて行く。
・孤立状態であることに気づくイスラエル。
※イスラエルの罪、咎があまりに重い結果である。

15節:なぜ、あなたは自分の傷のために叫ぶのか。あなたの痛みは癒やされがたい。あなたの咎が大きく、あなたの罪が重いために、わたしはこれらのことを、あなたにしたのだ。

・「癒されがたい」・・不治の病にも似た状態。恋人に助けを求めても無駄なこと。
※「咎」・・単数形・・イエスのメシア性の拒否。
※「罪」・・複数形・・贖罪の手段を失って積み重なった罪。
裁きは厳しいものになる。

16節:それゆえ、わたしは言う。あなたを食う者はみな、かえって食われ、あなたの敵はみな、捕らわれの身となって行き、あなたから略奪した者は、略奪され、あなたをかすめ奪った者は、わたしがみな獲物として与える。

・神の救いが示される。
・イスラエルの癒しの第一ステップ
・神は、イスラエルを厳しく裁いた国々を例外なく裁かれる。

17節:まことに、わたしはあなたの傷を治し、あなたの打ち傷を癒やす。──主のことば──まことに、あなたは『捨てられた女』、『尋ねる者のないシオン』と呼ばれた。

・イスラエルの癒しの第二ステップ
・「捨てられた女」、「尋ねる者のいないシオン」と呼ばれるようになる。→完全孤立を意味する。→真に頼るべきは「神」という悟りに至るイスラエル。
・神はイスラエルの不治の病の如き苦しみを癒し、その状態から解放する。

18節:──主はこう言われる──見よ。わたしはヤコブの天幕を回復させ、その住まいをあわれむ。都はその丘の上に建て直され、宮殿はその定められている場所に建つ。

・「ヤコブの天幕を・・」・・(英)the fortunes of Jacob’s tents
※(ヘ)shevut, shevit・・「捕虜」「監禁」、のほかに「幸運」「運命」の意味。
※NIV→the fortunes、NKJV→the captivity
・天幕・・一時的な住まい。→ミカ書2:12の「羊の囲い(ボツラ)」を指す。
※ボツラは、マタイ24:15~16に忠実な人(レムナント)が逃げる先。
・ヤコブは一時的に避難のために逃れた。→一時的な住まい
・一転して、神はヤコブを良き運命に回復させる。(ヘ)shevutの字義から。
・「丘」・・(ヘ)tel・・「丘」、「都市の廃墟の山」。その廃墟の上に都市を造る。
※「都」・・集合的単数形から「約束の地のすべての都市」を指している。
※宮殿は正当な場所に建てられる。

19節:彼らから、感謝の歌と、喜び笑う声が湧き上がる。わたしは人を増やして、減らすことはない。わたしが尊く扱うので、彼らは小さな者ではなくなる。

・感謝の歌、賛美、喜びの声が満ち溢れる光景。
・神はこの民の人口を増やされる。
・神は、立ち返った民を尊重する。迫害されるような存在にはならないということ。
※従順なイスラエルの姿が浮かぶ

20節:その子たちは昔のようになり、その会衆はわたしの前で堅く立てられる。わたしはこれを圧迫する者をみな罰する。

・「昔のように」・・エジプトから解放された当時の君主制に立ち返る。神への従順。
・これから以降、民は神の前にブレることなく、固く立つ。偶像礼拝は二度としない。
・イスラエルを厳しく扱った異邦人抑圧者たちは、神が確実に裁かれる。

21節:その権力者は彼らのうちの一人、その支配者はその中から出る。わたしは彼を近づけ、彼はわたしに近づく。いのちをかけてわたしに近づく者は、いったいだれか。──主のことば──

・「権力者」、「支配者」・・ユダヤ人の中から出るメシアを指している。
※イエス・キリストを指している。メシア預言。
・神は彼を近づけ、彼は神に近づく。→メシアは自由に神に近づくことができる。
※「いのちをかけて」・・ASV→「大胆に」
※新共同「彼のほか、誰が命をかけて私に近づくであろうか、と主は言われる」
※メシアを長とする君主制が成立する。

22節:あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる。」

・ユダヤ人から出たメシアのもと、イスラエルは本来の姿に再生する。
※神に救われた国として、また神の民として回復する。

23節:見よ。主のつむじ風が憤りとなって出て行く。渦巻く暴風が悪者の頭上に荒れ狂う。
24節:主の燃える怒りは、去ることはない。主が心の思うところを行って、成し遂げるまでは。終わりの日に、あなたがたはそれを悟る。

・「つむじ風」、「暴風」は、神の怒りを示す。
・この怒りの暴風は邪悪な者の頭上で荒れ狂い、怒りが収まるまで裁きは止まない。
・主の思うところに民が到達するまで続く→メシア拒否の悔い改めのときまで。
※イスラエルの民は、この裁きが自分たちの救いの手段だと知る。
※ホセア書6:1~3によれば、この悟りは苦難の最後の3日間と示している。

31章
1節:「そのとき──主のことば──わたしはイスラエルのすべての部族の神となり、彼らはわたしの民となる。」

・「イスラエルのすべての部族」→イスラエルの12部族全部。
・イスラエルがメシアなるイエスを受け入れ、12部族全部が神の民となる。

 

『後ろ盾』
・イスラエルの民は、完全に孤立した状態となることが示されている。それまで恋人のように関係を築いてきた諸国から見放されることになるイスラエルの民。すがるところはどこにもない。
・私たちそれぞれの人生においても、孤立状態になる時がある。多少の孤立は妥協などで
回避できるが、周囲のすべてに否定される完全孤立は身の置き所を無くすほどの辛さである。
・しかし、私たちクリスチャンに「孤独」という環境はない。常に神が共にいる人生だからである。それは、自分の力に頼む生き方ではなく、神という絶大な後ろ盾を持って歩む人生だということ。
・そのためにも、日頃の主との対話の質を高め、どんな時も動じることのない歩みを目指しましょう。この後ろ盾は、詩編23:4のように、私たちの人生の究極の時にその真価を発揮します。
「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、主があなたとともにいるのだから。」ヨシュア記 1:9

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