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・エレミヤ書43章8節~44章14節
・エレミヤ書44章15節~30節

メッセージ

エレミヤ書44章15節~30節

エレミヤは、ユダヤ人たちの前で、象徴的行動を命じられました。そして、エジプトのユダヤ人の偶像礼拝を指摘し、かつてユダとエルサレムを滅ぼしたように、エジプトに住むユダヤ人を裁くという、神の預言を示しました。しかし、・・

15節:そのとき、自分たちの妻がほかの神々に犠牲を供えていることを知っている男たちのすべてと、大集団をなしてそばに立っている女たちすべて、すなわち、エジプトの地とパテロスに住むすべての民は、エレミヤに答えた。

・エレミヤの預言を拒否する人々の姿。
・妻の偶像礼拝を認める男たちと集団の女たち。そこにはミツパからの難民も含まれる。
・「エジプトの地とパテロスの地」→「下エジプトと上エジプト」→エジプト全域。
※神殿崩壊後、ある程度の時間的経過があったと考えられる。
※各地の人がエレミヤの前に集まっていた。
※全エジプトに住まうユダヤ人の、神に反するユダヤ人(ほぼ全数)を対象ということ。

16節:「あなたが主の名によって私たちに語ったことばに、私たちは従うわけにはいかない。
17節:私たちは、私たちの口から出たことばをみな必ず行って、私たちも父祖たちも、私たちの王たちも首長たちも、ユダの町々やエルサレムの通りで行っていたように、天の女王に犠牲を供え、それに注ぎのぶどう酒を注ぎたい。私たちはそのとき、パンに満ち足りて幸せで、わざわいにあわなかった。

・「天の女王」の崇拝を求める民。妻たちの一押し。→エレミヤ預言の拒否。
・「天の女王」・・カナン人「アシュタロテ」、バビロン人・アッシリア人「イシュタル」、ヘブル人「アシェラ」、ギリシヤ人「アフロディーテ」、ローマ人「ビーナス」
※すべて、性的愛、母性、多産の女神。その巫女は、カルト的娼婦であった。
※エレ7:17~18参照。女(妻)中心で、家族ぐるみの偶像礼拝していた。
※彼らは、かつての物質的な恵みは、「天の女王」を崇めていたからと持論を展開。
女神イシュタル→メソポタミヤ文明、特にアッシリヤやバビロンにて崇拝された女神。昼は戦争、夜は愛の神としての性質。愛、戦争、性、豊穣をつかさどる女神。

18節:だが、天の女王に犠牲を供え、それに注ぎのぶどう酒を注ぐのをやめたときから、私たちは万事に不足し、剣と飢饉に滅ぼされたのだ。」

・彼らは、「天の女王」への礼拝を止めたことが、苦しみの原因となったと主張。
※彼らの誤解→ヨシヤ王時代、偶像礼拝が禁止され、「天の女王」崇拝も停止された。それが原因で苦しみが襲ったと彼らは主張。しかし実際は→ヨシヤ王の後継王(エホアハズ、エホヤキム・・)が再び偶像礼拝を許し、その結果、モーセの律法にも、神にも不従順となったことによってわざわいが下った。
※「天の女王」→「豊穣の神」・・出産に対する女性の望みから普及したのだろう。
※考古学資料・・ナイル川沿いのパテロス地方でパピルスの出土(エレファンティネ文書)
<BC5~6世紀のユダヤ人の生活>「天の女王」を女性の神(ヤハウェ)として崇拝し「アナト・ヤフ」という女性形の名をつけて、独自の偶像礼拝を発展させていた。

19節:「私たち女が、天の女王に犠牲を供え、彼女に注ぎのぶどう酒を注ぐとき、女王にかたどった供えのパン菓子を作り、注ぎのぶどう酒を注いだのは、夫をなおざりにしてのことだったでしょうか。」

・夫たちの同意を得て、女性は「天の女王」を礼拝。夫たちが妻の扇動に応じた。
※モーセの律法(民30:6~16)に従えば、夫は妻を愚かな誓いから解放できた! 
※夫たちは権限を行使せず、妻たちに同意した。

20節:そこでエレミヤは、そのすべての者、すなわち、男たちと女たち、また彼に口答えした者たち全員に言った。
21節:「ユダの町々やエルサレムの通りで、あなたがたや、あなたがたの先祖、王たち、首長たち、また民衆が犠牲を供えたことを、主が覚えず、心に上らせなかったことがあるだろうか。

・エレミヤは、自分の預言を拒絶した女性をはじめとする全員に最後の宣言をする。
・神は、ユダの町々、エルサレムの通りでの、民の偶像礼拝を忘れることはない。
※王から民衆まで、通りのあちこちで偶像に香をたく民の姿。

22節:主は、あなたがたの悪い行い、あなたがたが行ったあの忌み嫌うべきことのために、もう耐えることができず、それであなたがたの地は今日のように、住む者もなく、廃墟となり、恐怖のもと、ののしりの的となったのだ。

・忍耐の限界を超えた神の裁きであることを説明するエレミヤ。(回帰不能点ではない)
※南ユダ時代以前の歴史にも触れる必要あり。
・神が裁かれる時は人が住まないほどの荒廃がくだされ、更に恐怖とののしりが加わる。

23節:あなたがたが犠牲を供えたため、また、主の前に罪ある者となって、主の御声に聞き従わず、主の律法と掟と証しに歩まなかったために、今日のように、あなたがたにこのわざわいが起こったのだ。」

・3大災いは「天の女王」によるのではなく、民が神の預言に反し律法に違反したから!

24節:それからエレミヤは、すべての民、すべての女たちに言った。「エジプトの地にいるすべてのユダの人々よ、主のことばを聞け。

・エレミヤの人生最後となる神の預言が示される。
・対象はエジプトにいる全ユダヤ人難民で、特に女性に対して語られる。

25節:『イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。あなたがたとあなたがたの妻は、自分たちの口で約束し、自分の手で果たしてきた。あなたがたは、天の女王に犠牲を供えて彼女に注ぎのぶどう酒を注ぐという誓願を、必ず実行すると言っている。では、あなたがたの誓願を確かなものとし、あなたがたの誓願を必ず実行せよ。』

・全員が「天の女王」を礼拝すると誓ったのだから、全員実行せよ!と神は語る。
※これは皮肉な言葉。彼らの心の内を確認している。(どうぞお好きなように)

26節:それゆえ、エジプトの地に住むすべてのユダの人々よ、主のことばを聞け。『見よ、わたしはわたしの大いなる名によって誓う──主は言われる──。エジプトの全土において、「神である主は生きておられる」と、わたしの名がユダの人々の口に上ることはもうなくなる。

・「主のことばを聞け」・・神がエジプトに住むユダヤ人難民に下す裁き。
・エジプトの地のユダヤ人難民は偶像礼拝に深入りして、偶像に付けた神の名前すら呼ばなくなり、神の名を忘れることになる。

27節:見よ、わたしは彼らを見張っている。わざわいのためであって、幸いのためではない。エジプトの地にいるすべてのユダの人々は、剣と飢饉によって、ついには完全に滅び失せる。

・「見よ、わたしは彼らを見張っている」・・エレ1:12でも登場。「実現しようと見張っている」。
わざわいを下すタイミングを見ている神。剣と飢饉のわざわい。
※ミツパからの難民の裁きが確定し、エジプトのユダヤ人難民全員の裁きが確定。
この裁きは、彼ら全員が全て滅ぶまで止まらない。

28節:剣を逃れる少数の者だけが、エジプトの地からユダの地に帰る。こうして、エジプトの地に来て寄留しているユダの残りの者たちはみな、わたしのことばと彼らのことばの、どちらが成就するかを知る。

・「剣から逃れる少数の者」・・ユダに戻ることになる。ごく少数の正しい信仰者たち。
・エジプトに残るユダの寄留者は、疑う余地もなく、神のことばの真実性を悟ることになる。

29節:これが、あなたがたへのしるしである──主のことば──。わたしはこの場所であなたがたを罰する。あなたがたにわざわいを下すというわたしのことばが必ず成就することを、あなたがたが知るためである。』

・神はエジプトの地で彼らを罰するしるし(エレミヤの象徴的行動)を与えると宣言。神のことばの正しさを知る。
※エレミヤの象徴的行動は、真偽の為ではなく、確認のためのしるしであった。 

30節:主はこう言われる。『見よ。わたしは、エジプトの王ファラオ・ホフラをその敵の手に、そのいのちを狙う者たちの手に渡す。ちょうどユダの王ゼデキヤを、そのいのちを狙っていた彼の敵、バビロンの王ネブカドネツァルの手に渡したように。』」

・ゼデキヤ王をバビロン王に渡したように、エジプト王ファラオ・ホフラを敵に渡すと宣言。
※歴史的背景

・ホフラ王はBC589からBC570年までエジプトを統治。
・ホフラ王は、BC570年にギリシヤとの戦いに敗れエジプトに帰るが、アマシス将軍が王位についていたので、ホフラは外国からエジプトを統治しようとした。
・BC567年にバビロンの侵攻を受けてエジプトに戻る。(43:10のバビロンエジプト侵攻)
・しかし、ホフラ王は捕えられ、2年後のBC565年に処刑される。
・この最後の預言はBC586年以降。ユダヤの民が頼りにしていたホフラ王は海外に行ったり、その間にバビロンが来たり、エジプトに帰って来たホフラが死んだりと、神のことばの正しさを知ることになる。しかし、時すでに遅し。
・神の預言は必ず成就するという学習(気付き)となる。

 

『孤高なる忠実な預言者の最後』
・エレミヤの「その後」は、聖書にはありません。外伝では、エジプトで石打ちにされたとの記録もあるようですが、事実は不明。個人的には、神の守りにより自然死で最後を迎えたと思います。
・彼は、エルサレム陥落後、幸いな人生を選ぶチャンスがありましたが、彼は神に従い、エジプトに行くことになり、そこで残りの民に、神の厳しいメッセージを告げて、その人生の幕を引きます。
・徹底した神の裁きは、エジプトの愚かなユダヤの民にも及ぶのですが、その徹底さに忠実に従い通したのがエレミヤ。まさに地上の幸いには目もくれず、神の代弁者を全うしたエレミヤ。
・我々クリスチャンもエレミヤのように地上の評価や豊かさを求めず、忠実に神に従い通す人生を送り、携挙と共に来るイエス様の評価を励みとする地上人生を走り抜けようではありませんか!
「ですから、私の愛する兄弟たち、堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは、自分たちの労苦が主に合って無駄でないことを知っているのですから。」コリント第1 15章58節 

エレミヤ書43章8節~44章14節

エレミヤの預言を拒否してエジプト定住を決めたヨハナンの一行。43:8~44:30では、ネブカドネツァル王のエジプト征服預言と、エレミヤの人生最後の預言が示されます。

8節:タフパンヘスで、エレミヤに次のような主のことばがあった。
9節:「あなたは手に大きな石を取り、それらを、ユダヤ人たちの目の前で、タフパンヘスにあるファラオの宮殿の入り口にある敷石の漆喰の中に隠して、

・エジプトに入ってから、エレミヤに神のことばがあった。→象徴的行動の指示。
・ユダの民たちの目の前で実施せよ!
・大きな石をファラオの宮殿の入り口のレンガに隠せ!
※タフパンヘスにはファラオの宮殿はない。王が滞在するような政府の建築物であろう。

10節:彼らに言え。『イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。見よ。わたしは人を遣わし、わたしのしもべ、バビロンの王ネブカドネツァルを連れて来て、彼の王座を、わたしが隠したこれらの石の上に据える。彼はその石の上に本営を張る。

・ファラオの宮殿の入り口に隠した石は、ネブカドネツァル王の王座となる預言の意。
・神がネブカドネツァル王をエジプトに送る、ということを示す。
・「隠す」・・時間が経過して後に・・の意味か。
※「わたしのしもべ」・・あくまでも神が用いるということ。信者ではない。
※ネブカドネツァル王が、この石の上、つまりファラオの上に立つという預言の意。

11節:彼は来てエジプトの地を討ち、死に定められた者を死に渡し、捕囚に定められた者を捕囚にし、剣に定められた者を剣に渡す。
12節:わたしがエジプトの神々の神殿に火をつけるので、彼はそれらを焼き、神々を奪い去る。彼は、羊飼いが自分の衣をまとうようにエジプトの地をまとい、ここから安らかに去って行く。

・ネブカドネツァル王が来てエジプトを征服。→死と捕囚が待っているということ。
・バビロンを避けて来た民は、エジプトで再び、バビロン王の恐怖を見ることになる。
・神が火をつけて偶像を焼き払う。神はバビロンを主導し、エジプトは大打撃を受ける。
※ネブカドネツァル王はその権威を誇示し、移住民たちはエジプトの頼りを失う。

13節:また、エジプトの地にある太陽の神殿の石柱を砕き、エジプトの神々の神殿を火で焼く。』」

・「太陽神殿の石柱」の所在地・・(へ)オン 聖書地図3(C・1)。創41:45
※オン→ヘリオポリス・・太陽神ラーの神殿があった偶像礼拝の中心地。オベリスクが立っていた。
※ 「神々」・・エジプトは多神教の国。神々が融合すると考える。←重要ポイント!
※神は偽物の神を焼き払われる。
<記録>
◎ヨセフス(歴史家)・・『ユダヤ古代史』によれば、バビロン王はエジプトを侵略し、そこに住むユダヤ人をバビロンに捕囚したと記録されている。
◎大英博物館所蔵の粘土板・・バビロンのエジプト侵攻はBC568~567年と分かる記録がある。この時からおよそ19~20年後のことである。

44章
1節:エジプトの地に住むすべてのユダヤ人、すなわちミグドル、タフパンヘス、メンフィス、およびパテロス地方に住む者たちに対する、エレミヤにあったことばは、次のとおりである。

・エレミヤに、エジプトに住む全ユダヤ人への神の預言が示される。
※ヨハナンをはじめ、これまでにエジプトに移住したすべてのユダヤ人が対象。
①ミグドル・・ナイル川のデルタ地帯の東の紅海の近く。地図3(B・2)。民33:7など
②タフパンヘス・・エジプトの前線基地。
③メンフィス・・カイロの南、約21km。地図3(C・1)。土地の北部(下エジプト地域)
④パテロス地方・・「南の地方」の意味。上エジプト地域。エゼ29:14

※地図にあるように、エジプトの各地にユダヤ人は移住している。


2節:「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。『あなたがたは、わたしがエルサレムとユダのすべての町に下した、あのすべてのわざわいを見た。見よ。その町々は今日、廃墟となって、そこに住む者もいない。
3節:彼らが悪を行って、わたしの怒りを引き起こしたためだ。彼らは、自分自身も、あなたがたも、父祖たちも知らなかったほかの神々のところに行き、犠牲を供えて仕えた。
4節:それで、わたしはあなたがたに、わたしのしもべであるすべての預言者たちを早くからたびたび遣わして、わたしの憎むこの忌み嫌うべきことを行わないように言ってきたが、
5節:彼らは聞かず、耳を傾けず、ほかの神々に犠牲を供えることをやめて悪から立ち返ることはなかった。
6節:そのため、わたしの憤りと怒りが、ユダの町々とエルサレムの通りに注がれて燃え上がり、それらは今日のように廃墟となって荒れ果てている。』

・ミツパからの難民たちは、神がエルサレムに下した裁きを体験している。
・エルサレム陥落の理由・・神の民でありながら偶像礼拝に走ったために神に裁かれた。
・神は預言者を与えて熱心に警告したので、彼らに言い訳の余地はない。
・神の警告に、民は不従順で、頑なで、益々偶像礼拝に走る。
・神は、その不従順が招いた結果を、彼らに思い起こさせた。 
※神の怒りによる裁きは、すべてを荒廃させる結果となることを・・。
ヨハナンの一行だけではなく、エジプトに移り住んでいるユダヤ人に対しても、神は語っていることに注目!

7節:今、イスラエルの神、万軍の神、主はこう言われる。『なぜ、あなたがたは自分自身に大きなわざわいを招き、ユダの中から男も女も、幼子も乳飲み子も断って、残りの者を生かしておかないようにするのか。

・人々の頑なさが彼ら自身を傷つけるということを示される神。
※ユダ、エルサレムは過去の偶像礼拝の罪で裁かれた。なぜ、同じ罪を犯すのか?
・「ユダの中から・・断って・・」・・神と離れ偶像礼拝に行くのか・・の意味。
※残りの民として正しくあってほしいのに、結果は滅びとなる。

8節:なぜ、あなたがたは、寄留しようとしてやって来たエジプトの地でも、ほかの神々に犠牲を供えて、自分の手のわざによってわたしの怒りを引き起こすのか。こうして、あなたがたは自分たち自身を絶ち滅ぼして、地のすべての国々の中で、ののしりとそしりの的になろうとしている。

・彼らの偶像礼拝が、神の怒りを引き起こしていると強く警告している。
・神の裁きに遭い、身の破滅となり、更に諸国からの嘲笑の的となる。
※エルサレムの恥に加え、移住した者たちに恥が上塗りされる。

9節:あなたがたは、ユダの地とエルサレムの通りで行った、自分たちの先祖の悪、ユダの王たちの悪、王妃たちの悪、自分たちの悪、自分たちの妻たちの悪を忘れたのか。

・お前たちは、ユダの地、エルサレムの地で行われていた過去の罪を忘れたのか?
・5つの罪を示される神。最注目は、「自分たちの妻の罪」である。
※女性の登場。「妻」ということから、家族を伴う、これまでにない罪の指摘である。

10節:彼らは今日まで心砕かれず、恐れず、わたしがあなたがたとあなたがたの先祖の前に与えたわたしの律法と掟に歩まなかった。』

・エルサレムが破壊されたにも拘らず、いまだに気付きがない状態。
・その結果、平気で律法を破って、エジプトに住まうユダヤの移住者たち。
※神にも、律法にも立ち返ることがない不従順なユダヤの民。

11節:それゆえ、イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。『見よ。わたしはあなたがたに顔を向け、わざわいを下し、ユダのすべての民を絶ち滅ぼす。
12節:わたしは、エジプトの地へ行ってそこに寄留しようと決意したユダの残りの者を取り分ける。彼らはみな、エジプトの地で、剣と飢饉に倒れて滅びる。身分の低い者も高い者もみな、剣と飢饉で死に、のろいと恐怖のもと、ののしりとそしりの的となる。

・神はユダヤ人難民を全て滅ぼすと宣言された。
「取り分ける」・・取り去る、連れて行くの意。
※神の裁きは、ユダの残りの者を対象に、剣と飢饉により、裁かれる。
・更に、のろいと恐怖、ののしりとそしりの的となる。

13節:わたしは、エルサレムを罰したのと同じように、エジプトの地に住んでいる者たちを、剣と飢饉と疫病で罰する。
14節:エジプトの地に寄留した後、ユダの地へ帰ろうとしているユダの残りの者には、逃れる者も生き残る者もいない。彼らはそこに帰って住みたいと心から望んでいるが、わずかな逃れる者以外は帰らない。』」

・エジプトのユダヤ人の裁きは、ユダ、エルサレムと同じく、剣、飢饉、疫病。
・ほとんどが死ぬが、わずかに殺されずに「残れる者」がある。
※「残れる者」(レムナント)が必ず用意されているのは、神の憐みである。
※こうした中にも、神の目にかなう信仰者がわずかに存在する。
※裁かれたユダの民を見て反省せず、同じことを繰り返す移住のユダヤ人が裁かれる。

 

『霊的環境づくり』
・神は、イスラエルの民が、エジプトという多神教の社会に入れば、いとも簡単に偶像の影響下に入ることをご存じで、神は彼らを引き留められた。

・しかし、ヨハナンたちは環境を変えて自分たちを守ろうという考えのままエジプトに入った。それで、神は裁きを預言された。史実を見ると、裁きにはおよそ20年の猶予があり、そして裁きは下される。
・環境を変えて自分を守ろうとしても、その心が変わらなければ無意味。逆に、自分の心に悪い影響を与える環境にいることも良いことではない。ユダでもエジプトでも、結局神に裁かれる民。
・今私たちは、聖書を手に、聖霊の内住を得て、この社会に生きている。皆さんは、そんな中にあって、信仰心を守り、成長するために、どんな習慣作り、霊的環境作りをしていますか?
「ですから、だれでも、これらのことから離れて自分自身をきよめるなら、その人は尊いことに用いられる器となります。すなわち、聖なるものとされ、主人にとって役に立つもの、あらゆる良い働きに備えられたものとなるのです。」テモテ第2 2章21節 

 

 

エレミヤ書42章7節~43章7節

ヨハナンと残されたユダヤ人のグループは、エルサレムを過ぎて、ベツレヘムの近郊でエレミヤに神の預言を要請した。彼らはその言葉に従うことを約束した

7節:十日たって、主のことばがエレミヤにあった。

・エレミヤが要請を受けてから10日後に神のことばが、エレミヤにあった。
※ユダヤのある学者は、ラッパの祭りからヨム・キプール(贖罪の日)までの10日間と重ねる。この期間を「恐るべき日々」と言い、方向転換可能期間としている。

8節:エレミヤは、カレアハの子ヨハナンと、彼とともにいる軍のすべての高官たちと、身分の低い者や高い者をみな呼び寄せて、
9節:彼らに言った。「あなたがたは自分たちのために嘆願してもらおうと私を主に遣わしたが、そのイスラエルの神、主はこう言われる。

・エレミヤは人々を呼び寄せて、これから語る言葉は神のことばであると宣言した。

10節:『もし、あなたがたがこの地にとどまるのであれば、わたしはあなたがたを建て直して、壊すことなく、あなたがたを植えて、引き抜くことはない。わたしは、あなたがたに下したあのわざわいを悔やんでいるからだ。

・神に従えば地上的祝福が約束されることを示される。
・神はユダの地にとどまることを示された。
※「悔やんでいる」・・(ヘ)nacham・・謝罪、慰め、悲しむ事の意味であり、この場合は「民に与えた災いを悲しまれた」の訳が適切。
※裁きは下された。これからは神に従えば次は祝福となる。

11節:あなたがたが恐れているバビロンの王を恐れるな。彼を恐れるな──主のことば──。わたしがあなたがたとともにいて、彼の手からあなたがたを救い、助け出すからだ。

・バビロンの王を恐れるな。41:18参照。なぜなら、神が共にいてくださるのだから。
・安心してこの地に残れと神は示された。

12節:わたしがあなたがたにあわれみを施すので、彼はあなたがたをあわれんで、あなたがたを自分たちの土地に帰らせる。』
13節:しかし、あなたがたが『私たちはこの地にとどまらない』と言って、あなたがたの神、主の御声に聞き従わず、
14節:『いや、エジプトの地に行こう。あそこでは戦いにあわず、角笛の音も聞かず、パンに飢えることもない。あそこに私たちは住もう』と言うのであれば、

・神が民を慈しむので、それに従って、バビロン王もあなたがたを慈しみ、元の地に住まわせる。バビロン王の背後には神がおられる。
・しかし、もしこの地にとどまれと神に命じられても、それを拒否するなら・・。
※彼らは、エジプトでは争いも食糧不足もないと考えているが、それは誤った推測。

15節:今、ユダの残りの者よ、主のことばを聞け。イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。『もし、あなたがたがエジプトに行こうと決意し、そこに行って寄留するなら、
16節:あなたがたの恐れている剣が、あのエジプトの地であなたがたを襲い、あなたがたの心配している飢饉が、あのエジプトであなたがたに追い迫り、あなたがたはそこで死ぬ。
17節:エジプトに行ってそこに寄留しようと決意した者たちはみな、そこで剣と飢饉と疫病で死ぬ。わたしが彼らに下すわざわいから、生き残る者も逃れる者もいない。』

・神は、剣や飢饉がエジプトでもあなたがたを襲い、皆が死ぬことになると警告する。
※神の命令に背けば、皆が3大災いによって死ぬ。
※神への従順が求められている。

18節:まことに、イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。『わたしの怒りと憤りがエルサレムの住民の上に注がれたように、あなたがたがエジプトに行くとき、わたしの憤りはあなたがたの上に注がれ、あなたがたは、のろいと恐怖のもと、ののしりとそしりの的になり、二度とこの場所を見ることはない。』

・神の怒りは、エルサレムの時と同様、エジプトに逃れた民にも注がれると警告。
・彼らは罵りとそしりの対象となって、二度とユダの地に戻ることはないという預言。
※神は人々の偽善、失望、愚かな期待のすべてを知っておられる。
※神のみこころを無視した行動に対する憤りが裁きに繋がる。

19節:ユダの残りの者よ、主はあなたがたに『エジプトへ行ってはならない』と言われた。私が今日あなたがたに証ししたことを、確かに知らなければならない。

・エレミヤは、神がエジプトに行ってはならないという命令を包み隠さず人々に伝えた

20節:あなたがたは、自分たちのいのちの危険を冒して迷い出てしまったからだ。あなたがたは私をあなたがたの神、主のもとに遣わして、『私たちのために、私たちの神、主に祈り、すべて私たちの神、主の言われるとおりに、私たちに告げてください。私たちはそれを行います』と言ったのだ。

・「あなたがたは・・迷い出てしまったからだ」・・「自らの魂に対して欺き」、「心の中は偽善者であった」、「致命的な過ちを犯して」、という訳が適切と思われる。
※エジプト行きが承認されると思い込み、神のことばに従うと、彼らは誓ったのである。

21節:私は今日、あなたがたに告げたが、あなたがたは、自分たちの神、主の御声を、すなわち、主がそのために私をあなたがたに遣わされたすべてのことを聞こうとしなかった。

・エレミヤは、彼らの反抗的態度を指摘した。
・彼らは、自分たちのエジプト行きが、神に逆らう行為であることを認識した。

22節:だから今、確かに知らなければならない。あなたがたが、行って寄留したいと思っているその場所で、剣や飢饉や疫病で死ぬことを。」

・神は最後の警告をもって、この預言を終わる。確かに認識するようにと!
・ユダの地にいれば、降りかかると思っていた災いが、寄留地で起こり、皆が死ぬ。

43章
1節:エレミヤが民全体に、彼らの神、主のことばを語り終えたときのこと。彼らの神、主はこのすべてのことばをもって、エレミヤを彼らに遣わされたのであるが、
2節:ホシャヤの子アザルヤ、カレアハの子ヨハナン、および高ぶった人たちはみな、エレミヤにこう告げた。「あなたは偽りを語っている。私たちの神、主は『エジプトに行ってそこに寄留してはならない』と言わせるために、あなたを遣わされたのではない。

・人々は、エレミヤの言葉を吟味・検討せず、すぐに却下する。
・アザルヤ、ヨハナンと高ぶった人たちは、エレミヤが嘘をついていると言い出した。

3節:ネリヤの子バルクが、あなたをそそのかして私たちに逆らわせ、私たちをカルデア人の手に渡して、私たちを死なせるか、あるいは、私たちをバビロンへ引いて行かせようとしているのだ。」
4節:カレアハの子ヨハナンと、軍のすべての高官たちと、民のすべては、「ユダの地にとどまれ」という主の御声に聞き従わなかった。

・エレミヤの預言には実績があり、彼らは書記官バルクが首謀者であるとした。
※この期に及んで、エレミヤの預言の正確性は否定できない。
・結局彼らは、神の指示に従わず、エジプトへ出発する。

5節:そして、カレアハの子ヨハナンと、軍のすべての高官たちは、散らされていた国々からユダの地に住むために帰っていたユダの残りの者すべて、
6節:すなわち、親衛隊の長ネブザルアダンが、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤに託したすべての者、男、女、子ども、王の娘たち、さらに、預言者エレミヤと、ネリヤの子バルクを連れて、
7節:エジプトの地に行った。主の御声に聞き従わなかったのである。こうして、彼らはタフパンヘスまで来た。

・周辺諸国からの帰還民(40:11~12)と、ミツパにいた民も神の指示に反発。
※エレミヤとバルクは、強制されてエジプトに行くこととなる。

・「タフパンヘス」・・聖書地図3(B・2)。エジプトの前線基地。相当な距離を移動した。
※彼らが神に不従順であることが強調されている。時間が経過している。
※神に聞き従わない姿勢→能動的な反抗姿勢。
※エジプトに行こうとする姿勢→積極的な反抗姿勢。
<申命記28:64~68・・不信仰の結果下る呪いの一つが記されている>
・世界に散らされ、偶像に仕え、不安と恐怖の中に生きることになり、自分自身を奴隷として売ろうとしても売れない状態となる。

 

『神との対話』
・ヨハナンたちは、エジプト行きを決めた後しばらくして、神に尋ねている。 このことからも、神殿破壊の直前のイスラエルの民は、神との親しい交わりがなかったと思わざるを得ない。
・彼らの質問も、神と自分たちの思いは同じという自己中心的な発想による。従うとは言うものの、エジプトまでの道中を守ってくれと言わんばかりのご都合主義で、まるで異邦人である。
・イシュマエルと異なり、ヨハナンたちは、同胞を救い、守ろうという点では良いのだが、神に尋ねることを最優先にしていない。自分たちの意に反すれば、言い訳して逆切れしてしまうのである。
・私たちクリスチャンは、主に従い、主に喜ばれることを優先する者。決して、事前に答えを持って従うのではなく、神を最優先し、日々主と対話し、聖霊に応答しつつ、聖化して行くのである。
「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」ピリピ4章6~7節 

エレミヤ書41章4節~42章6節

イシュマエルは部下と共に、歓待された食事の席で、総督ゲダルヤをはじめユダヤ人やカルデヤ人の戦闘員を皆殺しにした。
4節:ゲダルヤが殺された次の日、まだ、だれもそれを知らなかったとき、
5節:シェケム、シロ、サマリアから八十人の者がやって来た。彼らはみな、ひげを剃り、衣を引き裂き、身に傷をつけ、穀物のささげ物や乳香を手にして、主の宮に持って行こうとしていた。

・イシュマエルの残虐行為は、翌日になっても公にはなっていなかった。皆殺しだから。
・「シェケム・シロ・サマリア」は北イスラエルの偶像礼拝の中心地。聖書地図4,6参照
※アッシリヤ捕囚で残った人々の一部がエルサレムに礼拝に来ていた。総勢80人。
※神殿崩壊を嘆き、髭をそり、服を破り、身体に傷をつけて、悲しみを表現。ただし、体に傷をつけるのは異教徒の習慣で、律法違反。レビ19:28など。
・彼らはささげものをもってエルサレムに向かいミツパを通り過ぎようとしていた。
※第7の月は、本来なら、ヨム・キプール(贖罪の日)、仮庵の祭りなどがあった。

6節:ネタンヤの子イシュマエルは、彼らを迎えにミツパを出て、泣きながら歩いて行った。そして、彼らに出会ったとき、「アヒカムの子ゲダルヤのところにおいでください」と言った。
7節:彼らが町の中に入ったとき、ネタンヤの子イシュマエルと、彼とともにいた部下たちは、彼らを殺して穴の中に投げ入れた。

・イシュマエルは、ミツパを出て彼らと合流し、彼らをゲダルヤに会うようミツパに招いた。
※イシュマエルは、エルサレムのことで喪に服しているように装って、彼らに近づいた。
・イシュマエルは、ミツパに入ると、その80人を殺しにかかった。
・「穴」・・(ヘ)bar・・「貯水槽」。死体はそこに投げ入れられた。
※イシュマエルが彼らを殺す理由は明確でないが、彼が残忍な性格であるということは分かる。

8節:彼らのうちの十人がイシュマエルに、「私たちを殺さないでください。私たちには、小麦、大麦、油、蜜など、畑に隠されたものがありますから」と言ったので、彼は、彼らをその仲間とともに殺すのをやめた。

・そのうちの10人が「自分たちの畑には、農産物がある」と言って命乞いをした。
・イシュマエルはその10人は殺さなかった。→捕囚し、奴隷として売りさばく計画。

9節:イシュマエルが、ゲダルヤの指揮下にあった人々を打ち殺し、その死体すべてを投げ入れた穴は、アサ王がイスラエルの王バアシャに備えて作ったものであった。ネタンヤの子イシュマエルはそれを、殺された者で満たした。

・死体を投げ入れた貯水槽について・・
※Ⅰ列15:16~・・300年前に、アサ王(南ユダ)とバアシャ王(北イスラエル)の間で争いがあり、その時アサ王が備えのために造ったもの。
※Ⅱ歴16:1~6・・アサ王とバアシャ王の間には、多くの争いがあった。
・イシュマエルは、その貯水槽を多くの死体でいっぱいにした。

10節:イシュマエルは、ミツパにいた民の残りの者たち、すなわち王の娘たち、および親衛隊の長ネブザルアダンがアヒカムの子ゲダルヤに委ねた、ミツパに残っていたすべての民を捕らわれの身とした。ネタンヤの子イシュマエルは彼らを捕囚にして、アンモン人のところに渡ろうとして出発した。

・イシュマエルは、ミツパにいた残りの民(王の娘、エレミヤやバルクなど)を捕囚した。
・彼らをアンモン人に奴隷として売渡す算段で、アンモンに出発する。
※イシュマエルはどこまでも物質的欲望に駆られる人物であった。

11節:しかし、カレアハの子ヨハナンと、彼とともにいた軍のすべての高官たちは、ネタンヤの子イシュマエルが行ったすべての悪を聞くと、
12節:部下をみな連れて、ネタンヤの子イシュマエルと戦うために出て行き、ギブオンにある大池のほとりで彼を見つけた。

・イシュマエルの残虐行為を聞いたヨハナンと高官たちは、彼を追跡する。
・「ギブオン」・・ミツパの南、ラマの南西。
・ヨハナンは「ギブオンの大池」でイシュマエルに追いついた。
※ギブオンからアンモンまでは、あと2~3日の距離。


13節:イシュマエルとともにいたすべての民は、カレアハの子ヨハナンと、彼とともにいるすべての高官を見て喜んだ。
14節:こうして、イシュマエルがミツパから捕らえて来た民のすべては身を翻し、カレアハの子ヨハナンの側についた。
15節:ネタンヤの子イシュマエルは、八人の者とともにヨハナンの前から逃れ、アンモン人のところへ行った。

・イシュマエルの捕囚民たちは、ヨハナンを見て喜び、一斉に彼の方へ走り移った。
※イシュマエルの兵士たちは、ヨハナンらの攻撃を防ぐのに精一杯だったのだろう。
・最後に残ったのはイシュマエルと8人の兵士。彼らはアンモンへ逃れていった。
※聖書的には二度と登場しない。イシュマエルの兵士の生死は不明。

16節:ネタンヤの子イシュマエルがアヒカムの子ゲダルヤを打ち殺した後、カレアハの子ヨハナンと、彼とともにいたすべての高官たちは、ネタンヤの子イシュマエルから取り返したすべての残りの民、すなわちギブオンから連れ帰った勇士たち、戦士たち、女たち、子どもたち、および宦官たちを連れて、ミツパから
17節:エジプトに行こうとして、ベツレヘムの傍らにあるゲルテ・キムハムへ行き、そこにとどまった。

・ヨハナンのグループは、イシュマエルの捕囚民を取り返した。(ミツパの訳に要注意)

一旦ミツパに戻ってエジプトに向かったのではなく、ギブオンからエジプトに向かっていたと思われる。
・武器のない兵士、女性たち、子供たち、王の娘を見る宦官たちであった。
・「ゲルテ・キムハム」・・キムハムの住まいの意。ベツレヘム近郊の隊商宿。詳細は不明。※Ⅱサム19:37・・「霊的な岐路の場所」・・バルジライの行動から、判断を下す場所とされる。
※彼らは焼け落ちたエルサレムを既に通り過ぎてきた。(迷信が心をよぎる:エレ7:4)
※エジプトに向けて、彼らは、エルサレムよりも更に南下している。

18節:バビロンの王がこの地の総督としたアヒカムの子ゲダルヤを、ネタンヤの子イシュマエルが打ち殺したため、カルデア人を恐れたからである。

・ヨハナンたちの恐れ・・ゲダルヤやカルデア人が殺され、バビロン王の侵略再開を恐れた。新たな虐殺と、残りのユダヤの民の捕囚という恐れ。


42章
1節:軍のすべての高官たち、カレアハの子ヨハナン、ホシャヤの子イザンヤ、および身分の低い者も高い者もみな近づいて来て、
2節:預言者エレミヤに言った。「どうか、私たちの願いを受け入れてください。私たちのため、この残りの者すべてのために、あなたの神、主に祈ってください。ご覧のとおり、多くの者の中からわずかに私たちだけが残ったのです。

・ヨハナンやイザンヤ(40:8のエザンヤと同一人物)は全体のリーダー的存在。
・全員がエレミヤのもとに来た。捕囚された集団の中にエレミヤ、バルクがいた。
・残されたユダヤ人(ここにいるユダヤ人)のために、エレミヤに祈りを要請した。

3節:あなたの神、主が、私たちの歩むべき道と、なすべきことを私たちに告げてくださいますように。」
4節:そこで、預言者エレミヤは彼らに言った。「承知しました。見よ。私は、あなたがたのことばのとおり、あなたがたの神、主に祈り、主があなたがたにお答えになることはみな、あなたがたに告げましょう。あなたがたには何事も隠しません。」

・祈りの目的→今後の自分たちの身の振り方を教えてほしい。
※エレミヤの預言の正確性はすでに皆、経験済み。
※問題は、彼らがエジプト行きを決めているということ。エレミヤの肯定的答えを期待。
・エレミヤは祈りの要請を承諾。
・神のメッセージの内容がどうであれ、明確に神のみことばを伝えることを約束する。

5節:彼らはエレミヤに言った。「主が、私たちの間で真実で確かな証人であられますように。私たちは必ず、あなたの神、主が私たちのためにあなたを遣わして告げられることばのとおりに、すべて行います。
6節:それが良くても悪くても、私たちは、あなたを遣わされた私たちの神、主の御声に聞き従います。私たちの神、主の御声に聞き従って幸せを得るためです。」

・「すべて行います。」→人々は、エレミヤの言葉に従うことを確約する。
・「内容が良くても悪くても、主の御声に従って幸せになるために、聞き従います!」
自分たちの思いと神の思いが一致していると考えた応答としか思えない。

 

『ブレない信仰』

・イシュマエルは、残虐な行為をする人物。とても神を信じる者とは言えない。時代の変化のせいなのか、もともとの性格なのかは不明だが、ダビデの王族でも、信仰者であるかは別である。
・そんな、イシュマエルとは異なり、神の民の一員という姿勢でイシュマエルに立ち向かったヨハナンと高官たち。残り少なくなったユダヤの民を守ろうとする意志が感じられる。
・そのヨハナンたちは、エルサレムまたはその近郊を通り、破壊された神殿という事実を見てどのように反応しただろう。神殿破壊は、人々の心の状態を確認させる試金石となったのではないか。
・イエス様は、豪華な第二神殿を前にして、弟子たちに未来を預言された。目に見えることに左右されず、神を信じる者が、永遠のいのちを得るという厳然たる事実を示された。(マタイ24、25章)
「私たちの一時の軽い苦難は、それとは比べものにならないほど重い永遠の栄光を、私たちにもたらすのです。私たちは、見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです。」コリント第2 4章17~18節 

エレミヤ書40章1節~41章3節

エルサレム崩壊後、残った人々の管理の為、ゲダルヤがユダの総督(知事)となります。ゲダルヤはミツパに本部を置き、そこで事件が起こります。

1節:主からエレミヤにあったことば。バビロンへ引いて行かれるエルサレムとユダの捕囚の民の間で鎖につながれていたエレミヤを、親衛隊の長ネブザルアダンがラマから釈放した後のことである。

・ラマでエレミヤが捕囚から解放されたことを記述している。
※エルサレム陥落後、エレミヤがゲダルヤの保護下にあった後の出来事である。
<ここに至った経緯>
都市陥落後の混乱もあり、エレミヤに対するネブカドネツァル王の命令が末端の兵士に行き届かず、出歩いていたエレミヤを捕囚民と勘違いしラマに連行して行ったようである。
ラマは、各地の捕囚民を一旦集結させ、その後、各地に分散させる場所だった。親衛隊長はラマでエレミヤを発見し、彼を釈放したのである。(ラマ・・エレ31:15)


2節:親衛隊の長はエレミヤを連れ出して、彼に言った。「あなたの神、主は、この場所にこのわざわいを下すと語られた。
3節:そして主はこれを下し、語ったとおりに行われた。あなたがたが主の前に罪ある者となり、その御声に聞き従わなかったので、このことがあなたがたに下ったのだ。

・親衛隊長のエレミヤへの言葉。
・切り出しは「神がこの地にわざわいを与えた」であった。

・この親衛隊の長は、イスラエルの神を主(エホバ)と呼んでいる。
・「民がエホバを裏切り、そのことがエホバによって裁かれた。」と言っている。
※イスラエルの神を信じていた様子はないが、霊的な目を持つ親衛隊長
※ゲマラによれば、ネブザルアダンはイスラエルの神に改宗したとの記述がある。

4節:そこで今、見よ、私は今日、あなたの手にある鎖を解いて、あなたを釈放する。もし私とともにバビロンへ行くのがよいと思うなら、行きなさい。私があなたの世話をしよう。しかし、もし私と一緒にバビロンへ行くのが気に入らないなら、やめなさい。見なさい。全地はあなたの前に広がっている。あなたが行ってよいと思う、気に入ったところへ行きなさい。」

・ここでネブザルアダンはエレミヤに選択肢を示す。(王の命令が生きている)
①バビロンに行く→ネブザルアダンが面倒を見る。エレミヤの年齢は66~71歳。
②エレミヤの行きたいところへ行く→晴れて自由の身。エルサレムに帰ることも可。
※いずれにしても、エレミヤは異邦人には敬意を払われている。

5節:しかしエレミヤがまだ帰ろうとしないので、「では、バビロンの王がユダの町々を委ねた、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤのところへ帰り、彼とともに民のうちに住みなさい。でなければ、あなたが行くのによいと思うところへ、どこへでも行きなさい。」こうして親衛隊の長は、食糧と品物を与えて、彼を去らせた。

・エレミヤはその質問に返答しなかった。親衛隊長の寛大な申し出にためらっていた。
・ネブザルアダンはエレミヤの思いを察した。
※エレミヤはバビロンでの豊かさよりも、ユダの貧困を選び、民との共存を望んでいる。
・親衛隊長はエレミヤが去るとき、食糧と品物(移動のための金銭も)を与えている。(厚遇を受けている)

6節:そこでエレミヤは、ミツパにいるアヒカムの子ゲダルヤのところに行って、彼とともに、その地に残された民の間に住んだ。

・「ミツパ」・・ベニヤミンの地。ユダの最北端の都市。聖書地図 4(E・5)
※ユダヤの民との生活を選んだエレミヤ。

7節:野にいた軍の高官たちとその部下たちはみな、バビロンの王がアヒカムの子ゲダルヤをその地の総督にして、バビロンに捕らえ移されなかった男、女、子どもたち、その地の貧しい民たちを彼に委ねたことを聞いた。
8節:そして彼らはミツパにいるゲダルヤのもとに来た。ネタンヤの子イシュマエル、カレアハの子ヨハナンとヨナタン、タンフメテの子セラヤ、ネトファ人エファイの子ら、マアカ人の子エザンヤ、そして彼らの部下たちであった。

・「野にいた軍の高官たち」・・ユダヤ人軍隊の野戦部隊(ゲリラ戦)
・彼らは、ネブカドネツァル王がゲダルヤをユダの地の総督に任命したことを知った。
・彼ら(高官と部下たち)はゲダルヤに会うためにミツパに来た。Ⅱ列25:22~23
イシュマエル・・(ネタンヤの子)→ダビデの血統の王族 
ヨハナン、ヨナタン・・(カレアハの子)→一応、神に従う姿勢あり
セラヤ・・(タンフメテの子)
エファイの子たち・・(ネトファ出身のユダヤ人)→ベツレヘム近郊の町
エザンヤ・・(マアカ人)→外国(アラム)系のユダヤ人

9節:シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤは、彼らとその部下たちに誓った。「カルデア人に仕えることを恐れてはならない。この地に住んで、バビロンの王に仕えなさい。そうすれば、あなたがたは幸せになる。

・ゲダルヤは野戦部隊長に、バビロン王に仕えれば幸いになると誓って言う。
※バビロンに従うことはゲダルヤに従うこと。
※ゲダルヤの軍隊に属せば、恩赦が与えられるということ。

10節:この私は、見よ、ミツパに住んで、私たちのところに来るカルデア人の前に立とう。あなたがたは、ぶどう酒、夏の果物、油を収穫して器に納め、自分たちが手に入れた町々に住むがよい。」

・エルサレムは首都の機能なしの状態。ミツパが新しい中心地となった。
※ユダの主要都市は破壊されたが、それ以外は残され、高官が滞在、支配した。
・ゲダルヤは、その部隊とバビロンとの仲介役になることを保証した。
・その見返りとして、ゲダルヤの指揮下に入り、この地で働くことを求めた。
※農作物の収穫作業の働きを王族はどのように受け取るであろうか?

11節:モアブや、アンモン人のところや、エドムや、あらゆる地方にいたユダヤ人もみな、バビロンの王がユダに人を残したこと、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤを彼らの総督に任命したことを聞いた。
12節:そこで、ユダヤ人はみな、散らされていたすべての場所からユダの地に帰って来て、ミツパのゲダルヤのもとに行き、非常に多くのぶどう酒と夏の果物を収穫した。

・多くの難民の帰還が記録されている。
※難民の大多数は、ヨルダン川沿いのモアブ、アンモン、エドムから。他の地からも。
※彼らは、バビロンの王がユダヤ人を土地の指導者にしたことを聞き、ミツパに来た。
・ゲダルヤのもとで、多くのぶどう酒、夏の果実を収穫した。

13節:さて、野にいたカレアハの子ヨハナンと、軍のすべての高官たちは、ミツパのゲダルヤのもとに来て、
14節:彼に言った。「あなたは、アンモン人の王バアリスがネタンヤの子イシュマエルを送って、あなたを打ち殺そうとしているのをご存じですか。」しかし、アヒカムの子ゲダルヤは、彼らの言うことを信じなかった。

・ゲダルヤに殺害の警告をした者たちが示される。
・カレアハの子ヨハナンとその軍の高官たち。(イシュマエルを除く高官たち)
※ヨハナンがリーダーと考えられる。
・アンモン人の王バアリスが、ネタンヤの子イシュマエルを送ってゲダルヤ暗殺を謀っている。
※ユダの不安定化か、アンモンとユダとの併合の画策であろう。詳細は不明。
・ゲダルヤは、この警告を信じなかった。

15節:カレアハの子ヨハナンは、ミツパでひそかにゲダルヤに話して言った。「では、私が行って、ネタンヤの子イシュマエルを、だれにも分からないように打ち殺しましょう。どうして、彼があなたを打ち殺し、あなたのもとに集められた全ユダヤ人が散らされ、ユダの残りの者が滅びてよいでしょうか。」
16節:しかし、アヒカムの子ゲダルヤは、カレアハの子ヨハナンに言った。「そんなことをしてはならない。あなたこそ、イシュマエルについて偽りを語っているからだ。」

・それでもヨハナンはゲダルヤに、イシュマエルの事前の殺害を申し出る。
※ユダの総督の暗殺が、ユダヤ人民にとって壊滅的となると察していた。
・しかし、ゲダルヤは彼を止めた。彼の言うことを信用していなかったから。
※王族に対する何らかの配慮があったのかもしれない。

<豆知識:ゲダルヤの断食の日>
正統派ユダヤ人は、ティシュレー(第7の月:9~10月)の3日目をゲダルヤの断食の日としている。「イシュマエルは、ユダヤの王族がユダヤを統治すべきと考え、ゲダルヤをはじめ、共にいたユダヤ人やカルデア人も殺害した。ここでユダヤ人主権の最後の火が消え、完全なる捕囚が実現した。」これが預言者たちが断食の日を設定した理由である。
※ティシャベ・アブと異なり、軽い断食のようです。

41章
1節:ところが第七の月に、王族の一人、エリシャマの子ネタンヤの子イシュマエルは、王の高官と十人の部下とともに、ミツパにいるアヒカムの子ゲダルヤのもとに来て、ミツパで食事をともにした。

・「第7の月」・・ティシュレー(9~10月)。神殿破壊の2か月後。・・アブ(7~8月)
・エリシャマの子ネタンヤの子イシュマエルと、高官たちと10人の部下がミツパで食事。
エリシャマ→ダビデの息子の一人・・Ⅰ歴3:8~9、14:7
※王族がユダヤを統治すべき!・・王が平民には従えない!
・ゲダルヤはイシュマエルを歓待している→ヨハナンの警告を完全無視。
※中東では、食事で殺人は企てない。友情の証であり、極めて違反行為とされる。

2節:ネタンヤの子イシュマエルと、彼とともにいた十人の部下は立ち上がって、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤを剣で打ち殺した。イシュマエルは、バビロンの王がこの地の総督にした者を殺した。
3節:ミツパでゲダルヤと一緒にいたすべてのユダの人たちと、そこに居合わせたカルデア人の戦士たちを、イシュマエルは打ち殺した。

・イシュマエルは、バビロン王が任命した総督を殺し、ゲダルヤと共にいたユダヤ人、カルデア人の戦闘員まで殺した。

 

『神を知れば知るほど・・』
・エレミヤは、ゼデキヤ王に神に信頼するようにと必死に説得した。それはユダ王国の滅びを回避し、エルサレムが存続してほしいという彼の心からの願いから来るものであったのではないか。
・しかし、ゼデキヤ王への説得もむなしく、彼は心を変えることなく時間は過ぎ、城壁は壊され神殿は無残に焼け落ち、エレミヤがずっと見てきた惨たらしい光景が現実となった。
・焼けすたれたエルサレムを眺めるエレミヤに、ゼデキヤ王の悲惨な刑罰の様子が伝えられる。エレミヤは、改めて神の示される預言の確実性、無謬性に心の底からひれ伏したのではなかろうか。
・この時エレミヤは66~71歳。彼は、預言者という特別な立場にありながらも、この歳になって改めて神の大きさにひれ伏す思いになったのではなかろうか。皆さんは今、神をどのように見ていますか?
「ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深い事でしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう。」ローマ 11章33節 

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