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・ダニエル書12章5節~13節
・ダニエル書まとめ
エレミヤ書
・エレミヤ書1章1節~3節 前半
・エレミヤ書1章1節~3節 後半
・エレミヤ書1章4節~19節
・エレミヤ書2章1節~19節
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・エレミヤ書4章1節~31節
・エレミヤ書5章1節~31節
・エレミヤ書6章1節~30節
・エレミヤ書7章1節~15節+バビロン捕囚の表
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・エレミヤ書31章2節~14節
・エレミヤ書31章15節~30節
・エレミヤ書31章31節~34節
・エレミヤ書31章31節~34節(新しい契約について)
・エレミヤ書31章35節~40節
・エレミヤ書32章1節~15節
・エレミヤ書32章16節~44節
・エレミヤ書33章1節~26節

メッセージ

エレミヤ書33章1節~26節

1節:エレミヤがまだ監視の庭に閉じ込められていたとき、再びエレミヤに次のような主のことばがあった。

・「再び」・・1~9節は前の章を受けて書かれている。(BC587年となる)
※バビロン捕囚からの解放とともに、イスラエルの民の回復が語られる。

2節:「地を造った主、それを形造って堅く立てた主、その名が主である方が言われる。
3節:『わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、あなたが知らない理解を超えた大いなることを、あなたに告げよう。』

・創造主なる神、不可能のない神のことば、指示。
・民の理解の及ばない大いなることを尋ねるが良い!未来を教えよう。(約束)

4節:まことに、イスラエルの神である主は、敵の塁や剣に対抗するために取り壊された、この都の家々と、ユダの王たちの家々について、こう言われる。
5節:『彼らはカルデア人と戦おうとして出て行くが、わたしの怒りと憤りによって打ち殺された屍をその家々に満たす。それは、彼らのすべての悪のゆえに、わたしがこの都から顔を隠したからだ。

・エルサレムの近未来・・敵の包囲に対して、王や住民の家々を壊し、防御塚を作る。
・そんな防御を破ってカルデア人は壊れた家々に死体の山を築く。
※神の裁きゆえに、町を守ることは不可。
・原因はイスラエルの民全体の悪・・神への裏切り。
※決定事項ということ。神殿破壊が間近に迫っている。

6節:見よ。わたしはこの都に回復と癒やしを与え、彼らを癒やす。そして彼らに平安と真実を豊かに示す。
7節:わたしはユダとイスラエルを回復させ、以前のように彼らを建て直す。

・「大いなること」・・未来預言が語られてゆく。
・エルサレムとイスラエルの民に健康を与えると約束されている。
・ユダとエルサレムの財産を回復し、両家を再建するという約束。

8節:わたしは、彼らがわたしに犯したすべての咎から彼らをきよめ、彼らがわたしに犯し、わたしに背いたすべての咎を赦す。

・神は民のすべての罪を赦すと宣言。
・罪を示す3つのヘブル語・・①avon 不義、②chatah 罪、③pashar (律法)違反

9節:この都は、地のすべての国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり、栄えとなる。彼らは、わたしがこの民に与えるすべての祝福のことを聞き、わたしがこの都に与えるすべての祝福と平安のゆえに恐れ、震えることになる。』」

・民が赦されるその日・・神にとってイスラエルは喜びの民、名誉の民となる。
※異邦諸国にとっては、神によるイスラエルの復活は、恐れ震える時となる。

10節:主はこう言われる。「あなたがたが、人も家畜もいない廃墟と言うこの場所で、人も住民も家畜もいない、荒れすたれたユダの町々とエルサレムの通りで、
11節:楽しみの声と喜びの声、花婿の声と花嫁の声、主の宮に感謝のいけにえを携えて来る人たちの声が、再び聞かれるようになる。彼らは言う。『万軍の主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで』と。わたしがこの地を回復させ、以前のようにするからだ──主は言われる。」

・エルサレムは荒廃する。生命が存在しないほどに。遠未来預言。
・しかし、そんな地に歓喜の声が上がり、感謝のいけにえを捧げる声が響くことになる。
※「主に感謝せよ!」の声。
・前の裁きは逆転して歓喜の声。新婚の声も聞こえる。→神が回復させるという宣言

12節:万軍の主はこう言われる。「人も家畜もいない廃墟であるこの場所と、そのすべての町に、群れを伏させる羊飼いたちの住まいが再びできる。
13節:山地の町々でも、シェフェラの町々、ネゲブの町々、ベニヤミンの地、エルサレムの近郊、ユダの町々でも、群れが再び、数を数える者の手の下を通り過ぎる──主は言われる。」

・人も家畜もいない土地の町々に羊飼いの人々の住まいが回復する。
※羊飼いは群れを伏させる。→世界離散した人々の帰還をイメージさせる表現。
※神は全ての人々の帰還を確認している様子。(一頭一頭数を数える・・)
※土地の説明は32章と同じ。語られる順番が違い、外→内に言及されている。

14節:「見よ、その時代が来る──主のことば──。そのとき、わたしはイスラエルの家とユダの家に語ったいつくしみの約束を果たす。

・「見よ、その時代が来る」・・遠未来預言。
※イスラエルとユダの両家に、果たされる約束が語られる。(契約の保証)

15節:その日、その時、わたしはダビデのために義の若枝を芽生えさせる。彼はこの地に公正と義を行う。
16節:その日、ユダは救われ、エルサレムは安らかに住み、こうしてこの都は『主は私たちの義』と名づけられる。」

・「ダビデ契約」の成就。
・「その日、その時」・・メシア的王国を示している。
・「ダビデのための義の若枝」・・メシアなるイエス様の事。正義と公正を実施。
・「その日」・・ユダとエルサレムに平安が実現する日→都の名は「主は私たちの義」。
※33:15~16は23:5~6とほぼ同じ内容。


17節:まことに主はこう言われる。「ダビデには、イスラエルの家の王座に就く者が断たれることはない。
18節:また、レビ人の祭司たちには、わたしの前で全焼のささげ物を献げ、穀物のささげ物を焼いて煙にし、いけにえを献げる者が、いつまでも絶えることはない。」

・ダビデの永遠なる約束が示される。
ダビデの子孫から永遠なるメシアが出ることで、それは成就する。
・合わせて、レビの祭司職も永続することが示される。
※エゼキエル40~48章で、新しい神殿とレビたちの役割が示されている。

19節:エレミヤに次のような主のことばがあった。
20節:主はこう言われる。「もしもあなたがたが、昼と結んだわたしの契約と、夜と結んだわたしの契約を破ることができ、昼と夜が、定まった時に来ないようにすることができるのであれば、
21節:わたしのしもべダビデと結んだわたしの契約も破られ、ダビデにはその王座に就く子がいなくなり、わたしに仕えるレビ人の祭司たちと結んだわたしの契約も破られる。
22節:天の万象は数えきれず、海の砂は量れない。そのようにわたしは、わたしのしもべダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人を増やす。」

・神の契約の確実性がエレミヤに示される。
・神が定めた昼夜のシステムの約束(covenant of uniformity)は破られない。
・従って、ダビデ契約もレビの祭司職の契約も破られることはない。
※民25:10~13→ピネハス契約(永遠の祭司の契約)→8つの契約には含まれない。。
・天の星、海の砂のごとく、ダビデの子孫とレビ人を増やすと、神は宣言する。

23節:エレミヤに次のような主のことばがあった。
24節:「あなたはこの民が、『主は自分で選んだ二つの部族を退けた』と話しているのを知らないのか。彼らはわたしの民を侮っている。『自分たちの目には、もはや一つの国民ではないのだ』と。」

・神のエレミヤへのことば。→検討、考察の要求。
※イスラエルの民は、神は二つの部族(両家)を捨てたと言っているが、どう思うか。
・さらに一部の異邦人は、「もはや一つの国民ではない」と侮る発言をしている。

25節:主はこう言われる。「もしも、わたしが昼と夜と契約を結ばず、天と地の諸法則をわたしが定めなかったのであれば、
26節:わたしは、ヤコブの子孫とわたしのしもべダビデの子孫を退け、その子孫の中から、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫を治める者を選ぶということはない。しかし、わたしは彼らを回復させ、彼らをあわれむ。」

・「昼と夜の契約」・・創1:1~5・・創造の御業の確実性(変わりなく続く宇宙の運行)
※「もしも」・・反語的表現・・「そんなことはない」という意味の強調。

・昼夜のシステムが確実なように、ダビデの子孫からイスラエルの民を治めるメシアを出す。
・神は確実にイスラエルの民を世界中から回復させ、帰還させ、あわれまれる。
ここで「慰めの書」は終わる

 

『神の子の歩み』
・神はイエス様を通して新しい契約を発動させ、我々は聖霊を心に受け、義なる者とされて、神が据えた新しい道を歩んでいる。どんな罪も赦され、栄光の未来が約束されている。
・神は、かつてモーセの律法を与え、罪を示し祝福と裁きを明確にした。しかし人はそれを守らず、信仰さえ捨てる結果となった。規則は人を信仰から離れさせ、神を見失わせてしまう。
・新しい契約はモーセ契約とはそのアウトプットが真逆。罪を示すのではなく、罪の赦し、神の愛を無制限に与える契約ではないか!そのうえで新しい道が我々の前に与えられている。
・この道は「神の子」に与えられた道。神は私たちに神の子にふさわしい歩みを期待されている。それぞれヘの期待が何かを「学び」を通して悟り、また「様々な機会」を通して応答してゆきましょう。
「わたしがわたしの父の戒めを守って、父の愛にとどまっているのと同じように、あなたがたもわたしの戒めを守るなら、わたしの愛にとどまっているのです。(中略) わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。」ヨハネ 15:10~12  

エレミヤ書32章16節~44節

神殿破壊の前年であるBC587年頃に、エレミヤは従兄弟のハナムエルから、ほとんど無価値の土地を購入する。その購入に意味があることを、エレミヤは悟っていた。

16節:私は、購入証書をネリヤの子バルクに渡した後、主に祈った。

・バルクに証書を渡して後、エレミヤは神に祈った。
※土地の無価値は決定的で、愚かな行為と見えるが、悟りを信じてエレミヤは祈る。

17節:『ああ、神、主よ、ご覧ください。あなたは大いなる力と、伸ばされた御腕をもって天と地を造られました。あなたにとって不可能なことは一つもありません。
18節:あなたは、恵みを千代にまで施し、父たちの咎をその後の子らの懐に報いる方、大いなる力強い神、その名は万軍の主。
19節:そのご計画は大きく、みわざには力があります。御目は人の子らのすべての行いに開いていて、それぞれにその生き方にしたがい、行いの結ぶ実にしたがって報いをされます。

・祈りの前には神への賛美がなされる。創造主なる神に不可能はない、という思い。
・神の恵みと正義が説明される。出エジ20:5~6が元になっている。
・神の全知全能性について言及。神は人の行いをすべて把握し、報いを与えている。

20節:あなたはエジプトの地で、また今日までイスラエルと人々の間で、しるしと不思議を行い、ご自分の名を今日のようにされました。
21節:あなたはまた、しるしと不思議と、力強い御手と伸ばされた御腕と、大いなる恐れをもって、御民イスラエルをエジプトの地から導き出し、
22節:あなたが彼らの父祖たちに与えると誓ったこの地、乳と蜜の流れる地を彼らに与えられました。

・あのエジプト脱出の奇蹟から今日に至るまで、神の存在を示してこられた。
・出エジ6:6~7がベースとなって語られている。エジプトから脱出させた。
・神はイスラエルを、ヨシュアのもと約束の地に導き、祝福の土地を与えられた。

23節:彼らはそこに行って、それを所有しましたが、あなたの声に聞き従わず、あなたの律法に歩まず、あなたが彼らにせよと命じたことを何一つ行わなかったので、あなたは彼らを、このすべてのわざわいにあわせられました。

・こうした神の祝福を蔑ろにしたイスラエルの民。
・律法に従わず、神に反し、神を無視する愚行の民イスラエル。
・その結果が、イスラエルの民に今、もたらされている。

24節:ご覧ください。この都を攻め取ろうとして、塁が築かれました。この都は、剣と飢饉と疫病のために、攻めているカルデア人の手に渡されようとしています。あなたのお告げになったことは成就しました。ご覧のとおりです。

・わざわいはバビロン軍による包囲。
・エレミヤは、「剣・疫病・飢饉によってエルサレムがバビロンに渡される」と預言。
※まさに周囲は、その実現の一歩手前の状態を呈していた。

25節:神、主よ。この都がカルデア人の手に渡されようとしているのに、あなたは私に、金を払ってあの畑を買い、証人を立てよ、と言われます。』」

・この都がまさにバビロンの手に渡る状況で、何故畑を買えと言われるのか?
※エレミヤの悟りは正しいのだが、あまりにも切迫した状況であり、 さらなる確信のために、神に祈りをささげたのであろう。

26節:すると次のような主のことばがエレミヤにあった。
27節:「見よ。わたしはすべての肉なる者の神、主である。わたしにとって不可能なことが一つでもあろうか。
28節:それゆえ──主はこう言われる──見よ。わたしはこの都を、カルデア人の手と、バビロンの王ネブカドネツァルの手に渡す。彼はこれを攻め取る。

・エレミヤの祈りに対する神の応答。
・神の全知全能性の確認。神の主権が示される。・・すべての肉なる者の支配者。
※28~35節→神のエルサレムを裁く力を示す。
※36~44節→神のエルサレムを回復する力を示す。
・エルサレムは間もなく占領されるという宣言。神は「バビロンに渡す」と表現。

29節:また、この都を攻めているカルデア人が来て、この都に火をつけて焼く。また、人々が屋上でバアルに犠牲を供え、ほかの神々に注ぎのぶどう酒を注いで、わたしの怒りを引き起こしたその家々にも火をつけて焼く。

・捕囚され、さらに町が焼かれることが示される。
※偶像礼拝して神を怒らせた家々を焼き払われる。
※神のみこころに完全に反するイスラエルの民への裁き。

30節:なぜなら、イスラエルの子らとユダの子らは、若いころから、わたしの目に悪であることを行うのみであったからだ。実に、イスラエルの子らは、その手のわざをもってわたしの怒りを引き起こすばかりであった──主のことば──。

・家を焼くのは、イスラエルとユダの先祖からずっと偶像礼拝で神を怒らせていたから。
※現在も、変わらないイスラエルの民。

31節:この都は、建てられた日から今日まで、わたしの怒りと憤りを引き起こしてきたので、わたしはこれをわたしの顔の前から取り除く。

・「この都市は、建てられた日から今日まで、・・」⇒いつ建てられたかについては色んな説がある。

…この都市は神の怒りを引き起こしてきた。

32節:それは、イスラエルの子らとユダの子らが、すなわち、彼ら自身と、その王、首長、祭司、預言者、またユダの人、エルサレムの住民が、わたしの怒りを引き起こすために行った、すべての悪のゆえである。

・神の怒りを引き起こしたのは、イスラエルとユダの子ら。
・王や首長、祭司、預言者、そして住民と、イスラエルの民全体がその主犯。

33節:彼らはわたしに背を向けて、顔を向けず、わたしがしきりに教えても聞かず、懲らしめを受け入れなかった。

・神が与えた律法、預言者に積極的に逆らい、神に背を向けた。
※神の「しつけ」を拒否したイスラエルの民。

34節:彼らは、わたしの名がつけられている宮に忌まわしいものを置いて、これを汚し、
35節:ベン・ヒノムの谷にバアルの高き所を築き、自分の息子、娘たちに火の中を通らせてモレクに渡した。しかしわたしは、この忌み嫌うべきことを行わせてユダを罪に陥らせようなどと、命じたことも、心に思い浮かべたこともない。」

・彼らは、神の神殿に忌まわしい偶像を置いた。エゼ8章。
・それどころか、ベン・ヒノムの谷で人をいけにえとして偶像にささげ、神の怒りを煽った。
※バアル礼拝→モレク神への人身御供。
※基本はバアル礼拝→豊穣祈願。危機状態になりモレク神への人身御供へ。 モレク礼拝はバアル礼拝と同一場所で行われた。→さらに悪化した考え方となった。
※神には、人をささげものにする意図は、微塵もない。

36節:それゆえ今、イスラエルの神、主は、あなたがたが、「剣と飢饉と疫病により、バビロンの王の手に渡される」と言っているこの都について、こう言われる。
37節:「見よ。わたしは、かつてわたしが怒りと憤りと激怒をもって彼らを散らしたすべての国々から、彼らを集めてこの場所に帰らせ、安らかに住まわせる。

・イスラエルの罪のゆえに、剣・疫病・飢饉によりバビロンに渡すことになったイスラエル。
・その神が今語ることは、何か。
・神は世界に離散させた民を帰還させ、平安に生活させると、宣言された。

38節:彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。
39節:わたしは、彼らと彼らの後の子孫の幸せのために、わたしをいつも恐れるよう、彼らに一つの心と一つの道を与え、

・神とイスラエルの民との完全な回復を示す。メシア的王国の確立。
・「心」・・(ヘ)lev・・人間の内部、「道」・・(ヘ)derech・・外部、を意味する。
・彼らと彼らの子孫への、内側と外側を義とする約束。→新しい契約に合致。
※民は神を恐れ、彼らは義とされる本来の関係。 →千年王国で、ユダヤ人は全員が救われることを意味している。

40節:わたしが彼らから離れず、彼らを幸せにするために、彼らと永遠の契約を結ぶ。わたしは、彼らがわたしから去らないように、わたしへの恐れを彼らの心に与える。
41節:わたしは彼らをわたしの喜びとし、彼らを幸せにする。わたしは、真実をもって、心と思いを込めて、彼らをこの地に植える。」
42節:まことに、主はこう言われる。「わたしがこの大きなわざわいのすべてを、この民にもたらしたように、わたしは、今彼らに語っている幸せのすべてを彼らにもたらす。

・新しい契約は、永遠の契約である。→モーセ契約は一時的。
※神を恐れる心は、彼らの心から永遠に消えることはない。
・神は、精神、肉体、物質のすべての「善」を、民に付与する。申30:8~10。
・神は、裁いた民を、メシア的王国で回復させ祝福されると、宣言される。
※置換神学で言う、イスラエルから教会へ祝福が移ったということにはならない

43節:あなたがたが、『この地は荒れ果てて、人も家畜もいなくなり、カルデア人の手に渡される』と言っているこの地で、再び畑が買われる。
44節:ベニヤミンの地でも、エルサレムの近郊でも、ユダの町々でも、山地の町々でも、シェフェラの町々でも、ネゲブの町々でも、人々は金で畑を買い、証書に署名して封印し、証人を立てるようになる。わたしが彼らを元どおりにするからである──主のことば。」

・無価値なベニヤミン、エルサレム、ユダ、山地、低地(シェフェラ)、ネゲブの町々。
・神がこれらの土地が再び価値を回復し買われるようにされる。エレミヤがしたように。
・「彼らを元どおりにする」・・商業活動が再開される。→神が回復される。
今は無価値なイスラエルの民も、最終的には価値ある民として回復させると神は宣言!

 

『新しい契約と霊的成長』
・エレミヤはこの時、およそ65~70歳。これまで、象徴的な行動を神に示され、必死に応答してきた。遠い大河まで出かけた時もあれば、くびきを着けよと言われたこともあった。
・今回エレミヤは、神の短期的な預言に神の意図を感じ取って、自ら行動を起こし、民の面前で神のみこころを示した。これは新しい契約の原理が示された霊的成長のサンプルではないか。
・ディボーションの時だけではない。神は私たちの成長を、どんな時も期待しておられる。私たちが寝ている時も、神はその夢を用いて成長させようとしておられることを自覚しよう!
・私たちはすでに霊的成長のプロセスを歩んでいる。霊的成長とは、内住する聖霊の導きに対して、信仰による謙虚さと従順によって応答する、新しい契約の実践である。
「神は私たちに、新しい契約に仕える者となる資格をくださいました。文字に仕える者ではなく、御霊に仕える者となる資格です。文字は殺し、御霊は生かすからです。」コリント 第2 3:6  

 

エレミヤ書32章1節~15節

時は神殿破壊の前年であるBC587年頃に移ります。なんとエレミヤは投獄の身となっている状態の時、ハナムエルの畑の購入という短期的な預言が示されます。

1節:ユダの王ゼデキヤの第十年、ネブカドネツァルの第十八年に、主からエレミヤにあったことば。

・時系列・・ゼデキヤ王の治世の10年(31歳)。 BC587年頃。

①ユダはこの時、バビロンの属国・・エレミヤはバビロンの属国を続けるよう指示。
②ゼデキヤ王の治世の9年目に、バビロンに反し、エジプトと同盟を結んだ。
③これに対し(怒り)、バビロンのネブカドネツァル王はユダに侵略、エルサレム包囲戦 を開始する(Ⅱ列25:1~3)
④ゼデキヤ王の治世は11年間で終了。BC586年(神殿破壊の年)。
※年代的にはBC589/8~BC587/6の間の神殿破壊の前年にあった出来事。


2節:そのとき、バビロンの王の軍勢がエルサレムを包囲中であって、預言者エレミヤは、ユダの王の宮殿にある監視の庭に監禁されていた。

・バビロン軍がエルサレムを包囲している時。エレ52:4~5から包囲戦の2年目であることが分かる。
・エレミヤは投獄されていた。王宮の監視の庭の獄舎。ちなみにエレミヤは65~70歳
※エレ37:3~21参照
①エルサレム包囲戦の間にエジプトがユダの援軍を出してきたため、バビロンは 包囲軍をエジプトに向け、包囲が一時中断する。
②この時に、エレミヤが捕えられて投獄される。それが32章の状態。→37:21
③エジプトの援軍で、包囲戦が打開するのではという期待があった。
④エレミヤは、エルサレムが占領されるまで投獄される。
エレミヤは、この状況下でも、バビロンに捕囚される預言を語り続けた!

3節:ユダの王ゼデキヤは、エレミヤを監禁するとき、次のように尋ねたのだった。「なぜ、あなたはこのように預言して言うのか。『主はこう言われる。見よ。わたしはこの都をバビロンの王の手に渡す。そして彼はこれを攻め取る。
4節:ユダの王ゼデキヤは、カルデア人の手から逃れることはできない。ゼデキヤは必ずバビロンの王の手に渡され、口と口で彼と語り、目と目で彼を見る。
5節:彼はゼデキヤをバビロンへ連れて行く。そしてゼデキヤは、わたしが彼を顧みるときまでそこにいる──主のことば──。あなたがたはカルデア人と戦っても、勝つことはできない。』」

・エレミヤの投獄理由は、その預言にあることが示される。
・エルサレムがバビロンの手に渡されると預言。
・ゼデキヤ王の捕囚を預言。生きて捕囚される⇒口と口で彼と語り、目と目で彼を見る。
・「顧みる」・・(ヘ)pakad・・訪問する、出席する、任命する、罰する、の意味。
※「裁きと死」を伴う訪問、任命、という意味。→ゼデキヤ王は目の前で子らを殺され、両目をくり抜かれ、死ぬまで鎖につながれた。
バビロンに勝利することはない、と投獄されても預言するエレミヤ。
しかし、市中では偽預言者が偽預言をして一時の栄光に浸っている

6節:エレミヤは言った。「私に、このような主のことばがあった。
7節:『見よ。あなたのおじシャルムの子ハナムエルが、あなたのところに来て、「アナトテにある畑を買ってくれ。あなたには買い戻す権利があるのだから」と言う。』

・そんな経緯から投獄されているエレミヤに、神からの近々起こる短期的預言がある。
・「ハナムエルからの要請がある」・・エレミヤの叔父シャルムの息子
・「アナトテにある畑を買い取ってほしい」・・レビ25:23~25の「買い戻しの権利」。
<ハナムエルの状況>
バビロンの包囲戦の影響でアナトテも占領されて農産物は無く、土地の価値は、当時、そして侵略後も非常に薄いと思われる。ハナムエルは家族のための借金返済のため、土地売買の必要があり、エレミヤがその対象となった。

8節:すると、主のことばのとおり、おじの子ハナムエルが私のところ、監視の庭に来て、私に言った。『どうか、ベニヤミンの地のアナトテにある私の畑を買ってください。あなたには所有権もあり、買い戻す権利もありますから、あなたが買い取ってください。』私は、これが主のことばであると知った。

・預言は成就し、エレミヤはそこに神のメッセージを知った。(ヘ)yada・・経験的に知る。
※「くびき」などの命令された象徴的行動とは異なり、神の預言に対してエレミヤは 信仰によって行動を起した。将来の回復を信じる彼の主体的行動である。

9節:そこで私は、おじの子ハナムエルから、アナトテにある畑を買い取り、彼に銀十七シェケルを払った。

・「銀17シェケルの売買」・・1シェケル=11.5g(聖書巻末11.4g)・・195.5g
※大きさは不明だが、非常に低価格。⇒原因はバビロンの侵略。ハナムエルの生活の困窮さが分かる。

10節:私は証書に署名して封印し、証人を立てて、秤で銀を量った。

・土地の購入手続き→イスラエルの法律と習慣に従って行われた。
・証書に記名し、証人立会いのもと封印し、銀で支払った。

11節:そして、命令と規則にしたがって、封印された購入証書と封印のない証書を取り、
12節:おじの子ハナムエルと、購入証書に署名した証人たちと、監視の庭に座しているすべてのユダの人々の前で、購入証書をマフセヤの子ネリヤの子バルクに渡し、
13節:彼らの前でバルクに命じた。

・土地の購入手続き→イスラエルの法律と習慣に従って行われた。
・2つの証書・・同一のもの。
※封印された証書(改ざん不可)と、未封印の証書の2通。
・証人・・ハナムエル、証書に署名した証人たち、監視の庭にいた人々。
・「バルク」に渡した。※「祝福された」の意味。マフセヤの子ネリヤの子。エレミヤの忠実な随行者、筆記者
・エレミヤは証言者たちの前で、バルクに命じた。

14節:『イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。これらの証書、すなわち封印されたこの購入証書と、封印のない証書を取って土の器の中に入れ、これを長い間、保存せよ。

・これは神の命じること。
・2通の契約証書を、「土の器」に入れて長期保存せよ
※死海文書が長期保存されたように、何世紀にもわたって保存される。
無価値な契約が長期的には有益になる

15節:なぜなら──イスラエルの神、万軍の主はこう言われる──再びこの地で、家や、畑や、ぶどう畑が買われるようになるからだ。』

・エレミヤはユダの荒廃を預言し、実際に土地価格は下落している状態。
・神は、今は二束三文の土地だが、将来この地を回復される。
・家、土地、畑、ぶどう畑は買われるようになる。価値を取り戻す。

エレミヤは神のみこころを、民に宣言したのである。

 

『霊の親』
・ゼデキヤ王は、21歳でバビロンの王ネブカドネツァルにユダの王を任命された。はじめはエレミヤの忠告もあり、バビロンの属国を維持したが、年齢も30歳になる頃には、考えが変わる。
・彼は偽預言者に振り回され、エジプトと同盟し、一時は良さそうに見えたが、すぐに神殿破壊され、国が滅亡してしまう。彼は何に従うかを見失い、悲惨な人生の結末を迎えることになる。
・人は一般的に、子供の頃は親の言いつけに従う。その後、自分の考えに従って行動する。しかしクリスチャンは、真の霊的親である神に従う信仰的行動をとるべきではないか。
・イエス様にならい、はじめは肉の親に導かれて成長し、その後、霊の親である神に導かれて、創造された本来の生き方である愛の人生を目指して歩もうではないか。
「肉の父はわずかの間、自分が良いと思うことにしたがって私たちを訓練しましたが、霊の父は私たちの益のために、私たちをご自分の聖さに与らせようとして訓練されるのです。」ヘブル12:10  

エレミヤ書31章35節~40節

35節:主はこう言われる。太陽を与えて昼間の光とし、月と星を定めて夜の光とし、海をかき立てて波を騒がせる方、その名が万軍の主である方が。

・滅びることのないイスラエルを示すために、自らの存在について言及します。
・神は全宇宙の主権者であるということ。
→すべてを創造され、秩序をもって管理・支配しておられる存在。
→その神が選んだイスラエル。
※万軍の主=宇宙の主権者であるお方が、イスラエルの不滅性を保証する。

36節:「もしも、これらの掟がわたしの前から去ることがあるなら──主のことば──イスラエルの子孫は絶えて、わたしの前にいつまでも一つの民であることはできない。」

・イスラエルは国家民族的にその生存が不滅である理由が示される。
・全宇宙の秩序を維持される神。→神の掟。
・完全なる神が維持する秩序を壊さぬ限りイスラエルは生存する。
→人に宇宙の秩序を破壊することは不可能。従って、イスラエルの破壊も不可能。
→反ユダヤ主義者が存在するが彼らは不可能なことに尽力している。
→ユダヤ人が選民として生存していることは歴史上の奇蹟である。

37節:主はこう言われる。「もしも、上の天が測られ、下の地の基が探り出されることがあるなら、わたしも、イスラエルのすべての子孫を、彼らの行ったすべてのことのゆえに退ける。──主のことば。」

・天を測り、地の基の探索ができるなら、イスラエルをその罪で滅ぼさねばならないが。
※神がイスラエルを選んだのだから、イスラエルが滅びることはない。
※信仰により救われ、それが覆ることはない。神は完全に約束を守られるお方。

38節:「見よ、その時代が来る──主のことば──。そのとき、この都はハナンエルのやぐらから隅の門まで、主のために建て直される。

・「見よ、その時代が来る」・・未来預言→メシア的王国
・メシア的王国で、エルサレムは神のために再建される。
・「ハナンエルのやぐら」・・エルサレム北東の角で、羊の門のそばにある)
・隅の門・・エルサレム北西の角にある門。

39節:測り縄は、さらにそれからガレブの丘に伸び、ゴアの方に向かう。

・「測り縄」・・ヘブル語聖書では、エルサレムの再建の象徴として用いられることが多い。
・「ガレブ」・・明確な場所は不明。(ヘ)かゆみ、かさぶた→ハンセン病患者の地?
→文脈から見ると、北東→北西→の流れから、ガレブ、ゴアは西側と想像される。

40節:死体と灰の谷の全体と、東の方ではキデロンの谷と馬の門の隅までの畑は、みな主の聖なるものとされ、もはやとこしえに、根こそぎにされず、壊されることはない。」

・「死体と灰の谷」・・「ベン・ヒノムの谷」・・エルサレムの西部から南に向かう谷。
※人身御供・・人の生贄・・人の脂肪が混じる灰→偶像礼拝の汚れ。
・「キデロンの谷」・・エルサレムの東部から南に向かう谷。
・「馬の門」・・エルサレムの東側の門・・(Ⅱ列11:16、ネヘ3:28)

メシア的王国時代は、エルサレムが神のために再建され、その都市は聖別され、神聖なものとなる。

 

『契約に見る神のみこころ』
・新しい契約の根底にあるのは、歴史を貫くアブラハム契約。これらの契約は、個別の意味とともに、そこにある神のみこころをしっかりと認識する必要がある。
・信仰深い人アブラハムを見出し、神は彼を通して人類の救いを計画された。自由意思が悪となって渦巻く社会にあって、アブラハムのような信仰者を神は求められた。
・アブラハムの祝福はその子孫イスラエルに受け継がれ、彼らを通して神の義を知らせ、人類を救おうとされたが、イスラエルの民はその期待に応えることはできず、イエス様の出番となる。
・モーセ律法の終了と新しい契約の発動は、アブラハム契約の成就に向けた神の働き。神のどれほどの愛と憐み、そして緻密なご計画によって人類の救いが導かれているかを知ろう!
聖書は、神が異邦人を信仰によって義とお認めになることを前から知っていたので、アブラハムに対して、「すべての異邦人が、あなたによって祝福される」と、前もって福音を告げました。ですから、信仰によって生きる人々が、信仰の人アブラハムとともに祝福を受けるのです。ガラテヤ3:8~9  


エレミヤ書31章31節~34節〈新しい契約について〉

「新しい契約」は、

 わたしは、わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す。
この一文で、新しい契約は個人が適用の対象となることが分かる。個人に聖霊が与えられて、それが「心に律法が書き記される」ということになる。
では、心に書き記されるのはいつ?⇒この聖霊の付与は、キリストの十字架の血によって発動する。つまり個人に対する霊的祝福が発動されるということである。これが「奥義」として、旧約時代には隠されていた。
 彼らはもはや、・・・・「主を知れ」と言って教えることはない。彼らがみな、・・・・わたしを知るようになるからだ―主のことばー。
心に書き記す律法である聖霊の付与によって、最後の患難時代のイスラエルの民全体が救われることを意味する。民族的救いである。
この御業以降、イスラエルの民から御子を信じる信仰が失せることはなくなる。

「新しい契約」の特徴について

①神が主導して締結された契約→「わたしが・・」を多用。無条件契約である。
②神がイスラエルと結んだ契約。(教会、異邦人は不締結)
心に刻まれる内的契約。・・外見やしるし以上のもの。精神的な側面が示された。
④個人への適用・・契約はイスラエルの民全体で、適用は個人である。
⑤ユダヤ人には最終的に全員が救われる普遍的効果がある。
⑥罪の赦しが契約の礎・・メシア拒否の罪が赦されて、イスラエルの民は救われる。

 

イスラエルの契約についての豆知識

聖書にある8つの契約の中で、神がイスラエルと契約を結んだものは次の5つ。
アブラハム契約、モーセ契約、土地の契約、ダビデ契約、新しい契約
①アブラハム契約、②土地の契約、③ダビデ契約、④新しい契約⇒無条件契約
※アブラハム契約は、土地、子孫、霊的祝福の3つの側面を構成する。
※②、③、④の契約は、それぞれ3つの側面の詳細を説明する契約。
※物質的な祝福(②、③)は、ユダヤ人だけが対象。しかし、霊的祝福は、アブラハム 契約の流れから、ユダヤ人とともに、異邦人にも適用される。
注:「霊的祝福」・・救い・義認・赦し・聖霊・神との関係回復・霊的立場を指す。
※異邦人は、契約の当事者ではないので、この祝福に与る者として祝福を受ける
※新しい契約では、与る者の特権が明示されることになる。

⑤モーセ契約⇒条件付き契約(一時的な契約 ガラ3:19)
※守れば祝福、守らねば呪い。→義の学び、罪の学び→罪の支配。
※モーセ契約により、その祝福はイスラエルに限定された。(異邦人は改宗が必要)
注:救いはいつの時代も「恵みに応答する信仰」。(ラハブ、ルツ、ナアマン)
※異邦人との間に「隔ての壁」を置いた。→神の民を異邦人から守るため、壁を設けた
※この律法を守ることで、イスラエルは神の民としての良き手本となり、神を示す。
※しかし、守らねば異邦人と同様になってしまうというもの。 

メシアによってモーセ律法は成就され終了

※「隔ての壁」はイエスの十字架で壊され、イスラエル人限定の律法は解除された。
※隔ての壁の廃棄で、ユダヤ人と異邦人の間の垣根が取り除かれた。
※①~④の契約のもと、メシアを信じる信仰による救いが啓示された。
※アブラハム契約の霊的祝福である新しい契約が発動。(物的祝福はユダヤ人)
→個人的救いの道が、全人類に等しく示された。
→イスラエルの民全体の民族・国家的救いは患難時代の最後。土地の契約も同じ。
モーセの律法が取り除かれ、ユダヤ人と異邦人が、アブラハム契約の詳細となる新しい契約による聖霊の内住という霊的祝福を受けて教会を形成するのです。

 

「新しい契約」と教会との関係について

■「新しい契約」は、一般にイスラエルから教会へ神の祝福が移ったと言うが・・
・エペソ2:14に見る、ユダヤ人と異邦人の間にある、「隔ての壁」(敵意)の消失。
※置換神学→イスラエルと教会が一つ→霊的イスラエル、真のイスラエル。
※ディスペンセーション神学→イエスの十字架でモーセの律法は終了。→イエスを信仰することにより、ユダヤ人も異邦人も、霊的祝福を得ることができる
置換神学は、「隔ての壁」を民族的区別(隔て)とし、その消失によってイスラエルの民が教会と一つになり、イスラエルのアイデンティティが無くなったとする。一方、ディスペンセーション神学は、壁の消失はモーセの律法の終了であり、救いの道が両者に等しく示されたとする。
■「新しい契約」がもたらすもの

・共同相続人→教会は契約の引き継ぎ者ではなく、祝福に「与る者」。エペソ3:6
・新しい人→ユダヤ人と異邦人が一つとなって神に従い仕える人となる。エペソ2:15

 

「新しい契約」のまとめ

■契約の締結は、他の契約と同様に、神とイスラエルで交わされたもの
教会は、この契約の当事者ではない。契約の祝福に与る存在。
・物質的な祝福はユダヤ人に属すが、霊的祝福はユダヤ人の枠を超えて異邦人の世界に及ぶものとなった。 
■教会は、アブラハム契約の霊的祝福を受けている所と言える。
・今、私たちはこの神の恵みによって、霊的祝福に導かれたことを覚えましょう。
アブラハム契約はメシア的王国で成就し、その条項にある異邦人の救いも成就します。その救いは新しい契約に従って、すでにこの教会時代に実行されているのです。私たちに与えられている聖霊の内住は、エレミヤ時代の神の約束の成就なのです!

 

『気付きの恵み』
・新約聖書とは、新しい契約、約束という意味であり、まさに今回の「新しい契約」によって異邦人に救いが示されたという、我々にとって画期的なテーマが記されている。
・その契約の内容を見ると、契約の当事者は神とイスラエルであるということをはじめ、新約聖書ではわかりにくいことが、旧約聖書から読み取れる。学びの必要性を痛感する。
・私たちが認識すべきは、私たちがこの契約に与れるのは、基本的には神の人類全体に対する憐み、愛がベースであるということである。
・今、こうしてイエス様とともに聖霊をいただいて永遠の人生を歩めるのは、ひとえに神の憐みと愛があってのこと。その愛に気づかせていただいたことこそ恵みと思えてならない。
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。ローマ5:5   

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