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・エレミヤ書31章31節~34節(新しい契約について)
・エレミヤ書31章35節~40節
・エレミヤ書32章1節~15節
・エレミヤ書32章16節~44節
・エレミヤ書33章1節~26節
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・エレミヤ書52章1節~34節
哀歌
・哀歌の事前情報

メッセージ

哀歌の事前情報

はじめに、「哀歌」とは・・
「神の裁きであるエルサレムの滅亡を見たエレミヤ自身の悲しみと、民の悲しみの代弁であり、神のあわれみを解き明かす預言的意味を持つ詩である。」


その内容は、次の二つ。
①BC6世紀におけるエルサレムの第一神殿破壊とユダの追放について
②国家的危機に対するイスラエルの民の反応について

 

A. タイトル
①ギリシア語聖書のタイトル「哀歌」
・5章で構成されていて、各章が独立した哀歌となっており、英語のタイトルは複数形になっている。
・タイトルは書の内容に基づくものとなっている。
・「預言者エレミヤの嘆き」の副題もついていた。
②ヘブル語聖書のタイトル「ああ」
・哀歌の冒頭の「ああ」がタイトルとなっている。→(ヘ)Eicha 。しかし、正式なタイトルではない。
B. 著者 預言者エレミヤ。
C. 執筆時期 BC586年8月15日~10月の間の可能性大。

・神殿崩壊の直後ということ。
・ユダの破壊がエレミヤの心に残った状態。
D. 教典におけるポジション
※ヘブル語聖書で「哀歌」は、1.律法、2.預言者、3.諸書、の諸書に分類されていた。
※ギリシア語聖書で「哀歌」は、エレミヤ書の直後に置かれた。それは、伝統的に哀歌がエレミヤの著作と考えられていたからであり、論理的な順序と言える。
※Ⅱ歴35:25に「エレミヤはヨシヤのために哀歌を作った」とあるが、これはヨシヤ王の死を扱ったものと考えられ、ここでは、エレミヤが哀歌作成の詩的能力を持っていたと見るべきであろう。 
※「哀歌」はティシャベ・アヴ(ゼカ7:3~5)で朗読されている。
ー「ティシャベ・アヴ」についてー
「アブの月の9日」第1神殿が崩壊した日を記念して、一斉に断食し、伝統行事とした。後に第2神殿が崩壊したときも同じ日の出来事であり、更なる民族的な悲劇の日として位置づけられ、現在も断食は行われている。アヴの月は太陽暦で7月~8月である。

E. 哀歌の神学的3つの教え
①国家的危機に対するイスラエルの民の反応
②不従順がもたらす神の裁きと、神の律法順守の重要性
③神とイスラエルの民との契約関係・・・モーセの律法に従わなければ裁きは厳しい
※「罪」という視点
・偶像礼拝という罪(マナセ王の罪)の裁き。肉体的審判の必要性。
※イスラエル学の視点
・モーセ契約の履行・・守れば祝福、破れば裁き!がなされた。
「哀歌」は神の正義と真理を明らかにし、将来の回復の希望と、神が民を回復させるという約束が含まれていることを示している。

F. 哀歌のテーマ
五つの哀歌という葬送の嘆きをもって、エルサレムと神殿の破壊の悲嘆を示した。
G. 哀歌の文体
・五つの自己完結した詩で構成されている。
※1~4章までは、アクロスティック・ポエム形式(頭字詩形式)の形態をとる。
各節の頭字が、ヘブル語のアルファベット順になっている。詩篇119篇参考。
ヘブル語のアルファベットは22文字。1,2,4章は22節。3章は3節ごと(22×3)。
・1~4章では、A~Zの如く、ユダの滅亡は完全に完結したことと解釈している。
・5章はアクロスティック形式ではないが、22節である。この章の19、20節にアクロスティック形式を用いているという説。
※19節に1番目と11番目、20節に12番目と22番目のヘブル語アルファベットがある。

H1. 哀歌のアウトライン

 

H2. 哀歌の構成 各章を二つに大別
Ⅰ.エルサレムの破壊
a.エレミヤの哀歌 1:1~11、

b.エルサレムの哀歌 1:12~22
Ⅱ.エルサレムに対する神の怒り
a.神の憤り 2:1~10、

b.悲劇とエルサレムの嘆願 2:11~22
Ⅲ.エレミヤの嘆きと祈り
a.エレミヤの悲しみと神の憐み 3:1~33、

b.祈りと告白と慰め 3:34~66
Ⅳ.エルサレム包囲の描写
a.包囲状況 4:1~10、

b.裁きの原因、希望の崩壊、エドムの裁き 4:11~22
Ⅴ.エレミヤの祈り
a. 預言者の悲しみ 5:1~18、

b.回復の祈り 5:19~22

 

『信仰で幸せの綱を掴め!』
・地上の人間は、その肉体の死を経ても、その存在が消えることはなく、身体も得て再び生きることになる。問題は、その身体でどこに行くかということである。
・その領域は二つ。それは永遠のいのちの世界と、永遠の苦しみの世界ということ。永遠のいのちの世界とは神のみもとで生きる幸いであり、永遠の苦しみとはその逆、聖も幸いもない世界。
・エレミヤは地上に最悪の光景を見た。崩壊、死、苦しみ、飢え、病・・。しかし、永遠の苦しみの場所に到着したとき、人はどれほど後悔するのだろう。二度と立ち返れないその場所で。
・結局誰も死なない。地上において、どの領域を選択するかだけが未来の希望の綱なのだ。地上の迫害や苦しみや不公平、そして不満は一切刷新される。信仰によってその綱を掴もう!
「このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、この声を聞く時が来るのです。そのとき、善を行った者はよみがえっていのちを受けるために、悪を行った者はよみがえってさばきを受けるために出てきます。」ヨハネ 5章28~29節 

エレミヤ書52章1節~34節

1節:ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。彼の母の名はハムタルといい、リブナ出身のエレミヤの娘であった。

・ゼデキヤ王について・・(エレ39:1~7参照)
※即位時の年齢・・21歳、在位期間は11年間。
※彼の母・・「ハムタル」(Ⅱ列24:18)。リブナのエレミヤの子。(預言者エレミヤはアナトテ)
※彼の父・・ヨシヤ王。ゼデキヤは三男。エホヤキムは次男。エホアハズは四男。

2節:彼は、すべてエホヤキムがしたように、主の目に悪であることを行った。
3節:実に、エルサレムとユダが主の前から投げ捨てられるに至ったのは、主の怒りによるものであった。その後、ゼデキヤはバビロンの王に反逆した。

・ゼデキヤ王はエホヤキム王と同様、神の目に悪を行う王だった。Ⅱ歴36:11~20
※その結果、エルサレムとユダは神の怒りに触れることになる。
・ゼデキヤ王はバビロンに反逆。結果、バビロンに支配されることになる。
※神はバビロンを、ゼデキヤを罰する手段とされた。

4節:ゼデキヤの治世の第九年、第十の月の十日に、バビロンの王ネブカドネツァルは、その全軍勢を率いてエルサレムを攻めに来て、これに対して陣を敷き、周囲に塁を築いた。
5節:こうして都はゼデキヤ王の第十一年まで包囲されていた。
6節:第四の月の九日、都の中で食糧難がひどくなり、民衆に食物がなくなった。

・ゼデキヤ王の第9年→BC589~588年・・エルサレムの包囲戦開始。
・包囲戦は第11年まで続く→BC588~587年・・18カ月間の兵糧攻めで大打撃。
※戦力は著しく低下し、敵の侵入を許すしかない状態。

7節:そのとき、都は破られ、戦士たちはみな逃げて、夜のうちに、王の園に近い二重の城壁の間にある、門の道から都を出た。カルデア人が都を包囲していたので、彼らはアラバへの道を行った。
8節:カルデアの軍勢は王の後を追い、エリコの草原でゼデキヤに追いついた。すると、王の軍隊はみな王から離れて散ってしまった。

・バビロンの城壁突破を見て、ゼデキヤ王は戦士と共に城を脱出しアラバへ。エレ39:4
・敵に追いつかれ、王の兵は散り、エリコの平野で王は捕まる。→エレ39:1~10、Ⅱ列25:5


9節:カルデアの軍勢は王を捕らえ、ハマテの地のリブラにいるバビロンの王のところへ彼を連れ上った。バビロンの王は彼に宣告を下した。
10節:バビロンの王は、ゼデキヤの息子たちを彼の目の前で虐殺し、ユダの首長たちもみなリブラで虐殺した。
11節:さらに、ゼデキヤの目をつぶし、彼を青銅の足かせにつないだ。バビロンの王は、彼をバビロンへ連れて行き、彼を死ぬ日まで獄屋に入れておいた。

・ゼデキヤ王は、ネブカドネツァル王の前に連行される。ネブカドネツァル王はリブラに駐屯中。
・ここで、ゼデキヤ王の裁きが宣告される。
①ゼデキヤ王の目の前で、息子たち、側近らを虐殺。
②盲目にさせられる。・・最後の光景は息子たちの虐殺場面。
③青銅の足かせ・・普通の囚人の扱いとされ、恥辱を受ける。
④バビロンへ捕囚・・死ぬまで投獄された。没年は不明。
ゼデキヤ王の伝承ゼデキヤ王はネブカドネツァル王より先に死ぬと言われていたが、ネブカドネツァル王が死んだとき、ゼデキヤ王は捕囚から解放され、その一日後に亡くなった。ゼデキヤ王は王室の名誉で埋葬された。※エレミヤ34:4~5参照

12節:第五の月の十日、バビロンの王ネブカドネツァル王の第十九年のこと、バビロンの王の家来、親衛隊の長ネブザルアダンがエルサレムに来て、

・「ネブザルアダン」・・ネブカドネツァル王の親衛隊長。
・ネブカドネツァル王の第19年・・BC587~586年。
※第5の月の10日に、親衛隊長は都市を破壊した。
※Ⅱ列25:8によれば、「第5の月の7日」となっている。→「7日に到着して10日に破壊活動」ということ。(吉田は10日には焼失完了状態だったと推測する)
「アブの月の断食」は9日。焼き払われている状態の時。ティシャ・べ・アブ

13節:主の宮と王宮とエルサレムのすべての家を焼き、そのおもだった建物をことごとく火で焼いた。
14節:親衛隊の長と一緒にいたカルデアの全軍勢は、エルサレムを取り巻く城壁すべてを打ち壊した。

・ネブザルアダンが焼き払った4点
①神殿・・第一神殿、②王の宮殿(ソロモン宮殿)、③エルサレムのすべての家屋、④城壁のすべて(物理的保護の破壊)

15節:親衛隊の長ネブザルアダンは、民の貧しい者たちの一部と、都に残されていた残りの民、バビロンの王に降伏した投降者たち、そのほか技術に秀でた人たちを捕らえ移した。
16節:しかし、親衛隊の長ネブザルアダンは、その地の貧しい民の一部を残し、ぶどうを作る者と農夫にした。

・「技術に秀でた人たち」・・職人たち。都市のほとんどの人々を捕囚。エレ39:8~10
※郊外に住む貧しい者たちは、一部を残らせ、ぶどう栽培者、農夫とした。
※エレミヤとバルクもエルサレムに残った。(ネブカドネツァル王の保護。エレ39:11~)

17節:カルデア人は、主の宮の青銅の柱と、車輪付きの台と、主の宮にある青銅の「海」を砕いて、その青銅をみなバビロンへ運んだ。

・バビロン人は、青銅製の神殿の柱や、車輪付きの台、洗盤の「海」を粉砕し、その青銅をバビロンに持ち帰った。Ⅰ列7:23~37
※洗盤「海」の直径は約4.5m。

18節:また、灰壺、十能、芯取りばさみ、鉢、平皿、奉仕に用いるすべての青銅の器具を奪った。
19節:また親衛隊の長は、小鉢、火皿、鉢、灰壺、燭台、平皿、水差しなど、純金や純銀のものを奪った。

・祭司たちが礼拝で使用する青銅器の物品も奪われた。
・金、銀の器は、親衛隊長ネブザルアダンが持ち去った。Ⅰ列7:48~51

 

20節:ソロモン王が主の宮のために作った二本の柱、一つの「海」、車輪付きの台の下にある十二の青銅の牛、これらすべての物の青銅の重さは、量りきれなかった。

・再び、青銅の柱、青銅の牛の台の洗盤について。
※12の青銅の牛の洗盤と10個の台車付き洗盤‥Ⅰ列7:43~44
※これらの青銅の重さは、計量できないほどであった。

 

台車付き洗盤

 

21節:その柱は、一本の柱の高さが十八キュビト、その周囲は十二キュビト、その厚さは指四本分で、中は空洞になっていた。

・青銅の柱の大きさの情報
・高さ18キュビト・・18×0.44m=7.92→約8m
・周囲12キュビト・・12×0.44m=5.28m (直径 約1.65m)
・板厚 指4本・・4~7㎝ 

22節:その上の柱頭は青銅で、一つの柱頭の高さは五キュビトであった。柱頭の周りに格子細工とざくろがあって、すべて青銅であった。もう一本の柱も、そのざくろも、これと同様であった。

・柱頭(柱のトップ)の情報
・高さ5キュビト・・5×0.44m=2.2m(柱の全長:約10m)
・その周囲は格子細工とザクロが装飾されていた。すべて青銅製。
・2本とも同じもの。

23節:周りには九十六のざくろがあり、周りの格子細工の上には全部で百のざくろがあった。

・ザクロについて
・ザクロは柱の4面にそれぞれ24個あり、更に各面に1個のザクロが装飾されていた。
※一つの単位として合計100個のザクロということであろう。
※Ⅰ列7:41~42では、ザクロが2列で倍の数値となっている。

 


● この神殿の略奪は、エレミヤ27:19~22の預言の成就である。
● F博士は、契約の箱について推測。(エレミヤが隠したという説がある マカベア書)
破壊されたのは何故か?⇒エゼキエル8章~11章で、契約の箱の上にあったシャカイナ・グローリー(神の栄光)は 去って行ったと記されている。このことから、神の保護は取り除かれ、破壊の危険にあり、 エルサレムが陥落したと推測できる。


24節:親衛隊の長は、祭司のかしらセラヤと次席祭司ゼパニヤと三人の入り口を守る者を捕らえ、
25節:戦士たちの指揮官であった一人の宦官、都にいた王の七人の側近、民衆を徴兵する軍の長の書記、そして都の中にいた民衆六十人を、都から連れ去った。

・エルサレムの指導者たちと住民のグループの処刑の記録。
①「祭司のかしらセラヤ」・・Ⅰ歴6:10~15
※大祭司ヒルキヤ(ヨシヤ王時代、律法を発見)の孫にあたる。
※セラヤの孫ヨシュアは、神殿再建時の大祭司。エズラ5:2、ハガイ1:1
②次席祭司ゼパニヤ・・エレ29:24~32、37:3
③3人の門衛(守衛)・・神殿の財政担当
④兵士たちを指揮する宦官(単数)。守備隊長。
⑤ゼデキヤ王の個人的顧問である側近7名。
⑥民衆の軍勢の長につく書記官・・王宮の人員管理者
⑦都の住民60人を捕囚して連行。→他の人々への模範、見せしめ。

26節:親衛隊の長ネブザルアダンは彼らを捕らえ、リブラにいるバビロンの王のもとへ連れて行った。
27節:バビロンの王はハマテの地のリブラで、彼らを打ち殺した。こうして、ユダはその国から捕らえ移された。

・処刑場所・・ハマテのリブラ。
・親衛隊長ネブザルアダンに捕らわれた者たちは皆、処刑された。
※拷問の後に、処刑されたと思われる。
・処刑されなかったユダの民はバビロンに捕囚された。
※捕囚がいよいよ本格的になった。

28節:ネブカドネツァルが捕らえ移した民の数は次のとおりである。第七年には、三千二十三人のユダヤ人。
29節:ネブカドネツァルの第十八年には、エルサレムから八百三十二人。
30節:ネブカドネツァルの第二十三年には、親衛隊の長ネブザルアダンが、七百四十五人のユダヤ人を捕らえ移し、その合計は四千六百人であった。

・この28節~30節は、捕囚の結果を説明する新しい資料となる。

※書かれた年代が、BC586年から以降と考えられる。
・バビロン捕囚の内訳
・第1次捕囚・・BC605年 ダニエルなど人数は少数で不明。
・第2次捕囚・・BC598~597年(3023人は成人男性。Ⅱ列24:14~16は総数)
・第3次捕囚・・BC587~586年(832人の成人男性)
・第4次捕囚・・BC582~581年(ネブザルアダンによる745人の成人男性)
・合計数→4600人・・成人男性のみ。総数ははるかに多かった。


31節:ユダの王エホヤキンが捕らえ移されて三十七年目の第十二の月の二十五日、バビロンの王エビル・メロダクは、即位した年のうちにユダの王エホヤキンを呼び戻して、獄屋から出し、

エホヤキンは、バビロンの侵攻によりエホヤキム王が死ぬと、即位後バビロンに降伏し、彼自身は、ネブカドネツァル王への反乱には参加していませんでした。

エホヤキンは投獄された37年目の第12の月の25日(BC561年)に釈放された。
・ネブカドネツァル王の息子のエビル・メロダクが即位するとすぐに、彼を釈放する。
※メロダクは、その翌年には兄に暗殺される。メロダクはマルドゥク(神)と同じ。

32節:優しいことばをかけ、バビロンで彼とともにいた王たちの位よりも、彼の位を高くした。

・エホヤキンの地位は、他の君主たちよりも高くされた。
※これは、バビロンの王が最高権威者であることを示す可視的効果もあった

33節:彼は囚人の服を脱ぎ、その一生の間、いつも王の前で食事をした。
34節:彼の生活費は、死ぬ日までその一生の間、日々の分をいつもバビロンの王から支給されていた。

・エホヤキンの食事は、その生涯にわたり保証された。(王の前での食事)
・生活の手当ても、死ぬまでバビロンの王から与えられた。
※この恩恵は、エホヤキンの子孫にも与えられた。(考古学資料から)

この声明をもって、エレミヤ書は終わる。

 

『地上の幸いか神の幸いか』

・ゼデキヤ王は盲目となりましたが、エホヤキンと同様投獄から解放されました。ゼデキヤ王はその罪の刈り取りをすることにはなりましたが、突然釈放され、地上の生涯を祝福で終えています。
・エホヤキンは戦わずに37年間投獄されました。エレミヤのバビロンへの服従を実践した形になりました。そして突然、ネブカドネツァル王亡き後、彼はそのくびきから解放され、祝福を受けました。
・ エレミヤの預言に従う者と反抗者の対比だと、私個人は考えます。いずれにしても両者とも神の祝福に至りますが、ここにエホヤキンが記されていることは、その姿勢が良いということでしょう。
・我々の歩みは替わりました。地上の幸いを求めるよりも、その先にある神の幸いを確信して、神は必ず良いようにしてくださるお方と信じて、決してその道から離れず、共に歩み通して行きましょう。
「私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです」コリント第2 4章18節  


エレミヤ書51章45節~64節

45節:わたしの民よ、その中から出よ。主の燃える怒りから逃れ、それぞれ自分自身を救え。
46節:そうでないと、あなたがたの心は弱まり、この地に聞こえるうわさを恐れることになる。今年、うわさが立ち、その後、次の年にも、うわさは立つ。この地には暴虐があり、支配者はほかの支配者に立ち向かう。

・神はバビロンに住むイスラエルの民に脱出を命じる。神の命令に従う行動が大事。
※バビロンの裁きの巻き添え回避のため。自分のいのちを守れ!
・「わたしの民よ」と呼び掛けていることから、信者である可能性が高い。
・「支配者はほかの支配者に立ち向かう」・・国家や地域の内戦を指す。
※バビロン(反キリスト支配)に対抗する勢力の存在を示す。
・バビロンが滅ぶうわさを恐れてまでそこに居てはいけない。バビロン依存生活を止めよ。
・毎年、バビロンの内戦や暴虐を見て、不安に駆られてしまう。だから、脱出せよ!
※反キリストは全世界を支配したとはいえ、決して盤石ではないことが分かる。

47節:それゆえ、見よ、その時代が来る。そのとき、わたしはバビロンの彫像を罰する。この全土は恥を見、刺し殺された者はみなそのただ中に倒れる。

・「その時代が来る」・・預言的未来。
・「バビロンの彫像(たち)」・・偶像たちの破壊。将来はどんな偶像なのか・・?
・バビロン全土の破壊により生存者はいない。逃げることもできない。→それ故、ユダヤ人に逃げよと命じられた。

48節:天と地とその中にあるすべてのものは、バビロンのことで喜び歌う。北からこれに向かって、荒らす者たちが来るからだ──主のことば──。
49節:イスラエルの刺し殺された者たちよ、バビロンは必ず倒れる。バビロンによって全地の刺し殺された者たちが倒れたように。

・「天と地とその中にあるすべてのもの」・・天の聖徒たち、天使、地上の信者、ユダヤ人。
※彼らはバビロンの陥落を喜ぶ・・黙18:20
※「荒らす者たち」・・複数の軍勢による北からの攻撃を強調する。
・神の報復が成就する。呪う者は呪われる→アブラハム契約の履行。

50節:剣を逃れた者よ、行け。立ち止まるな。遠くから主を思い出せ。エルサレムを心に思い浮かべよ。

・「遠くから主を思い出せ」・・神を記憶せよ・・「(個人的に)神に回帰せよ」の意。
※神に立ち返らず、バビロンと関係を深めていたユダヤ人が想像できる。
・「エルサレムを心に浮かべよ」・・エルサレムに行き、バビロンでの出来事を伝えよ、の意。
※エルサレムへの帰還は、ハルマゲドンの戦いの第2段階の終了時の出来事。
※反キリストはハルマゲドンに居る。反キリストの支配者はサタン。反キリストはバビロンを守れず、エルサレムを攻める。HMDの第3段階である。ゼカ12:1~3、14:1~2

※反キリストはエルサレムを陥落。ユダヤ人人口の半数は奴隷、半数はエルサレムに留まる。反キリスト側も神によって大きな損失を受ける。ゼカ12:2~3
※エルサレムでの激しい戦闘の後、反キリストの兵士たちはエルサレムのユダヤ人の家 を襲撃し、女性をレイプする。 HMDの第3段階が終わる。ゼカ14:2

 

50節のまとめ

※バビロン脱出のユダヤ人信者は、エルサレムの同胞に慰めをもたらす。
※エルサレムは陥落しそうになるが、神がバビロンを破壊したことで反キリストの滅亡の 兆しを同胞に伝え、エルサレムから逃れる。
※バビロンから逃れたユダヤ人とエルサレムのユダヤ人は、南の「ボツラ」へ逃げ、イエスをメシアと信じる指導者に、起こったことを報告することになる。
・HMDの戦いの第4段階→ボツラに集結する反キリストの軍隊
➥・HMDの戦いの第5段階→イスラエルの国家再生・・民族的回心
➥・HMDの戦いの第6段階→メシアなるイエス様の地上再臨 (於:ボツラ)

 

51節:『私たちは、そしりを聞いて、恥を見た。恥辱が私たちの顔をおおった。他国人が主の宮の聖所に入ったからだ。』

・「主を思い出せ」・・に応答して、ユダヤの民は受けた恥を思い出した。
※ユダヤの民の恥→聖所に異邦人(反キリスト)が入り、偶像が置かれたこと。
※真の神が、反キリストに従属しているように見える光景は、ユダヤの民の恥。

52節:それゆえ、見よ、その時代が来る。──主のことば──そのとき、わたしはその彫像を罰する。刺された者がその全土でうめく。
53節:たとえバビロンが天に上っても、たとえ、砦を高くして近寄りがたくしても、わたしのもとから荒らす者たちがそこへ行く。──主のことば。」

・バビロンの偶像の破壊宣言。預言的未来のことば。
・バビロンの人々は、その全土で倒れ、うめき苦しむことになる。
・バビロンの裁きは不可避。逃げる場所も、どんな防御システムも役に立たない。
※神は破壊者を必ず派遣し、完全に破壊する。

54節:バビロンから、叫ぶ声がする。カルデア人の地から、大いなる破滅の音が。
55節:主がバビロンを荒らして、そこから大いなる声を絶やされるからだ。その波は大水のように鳴りとどろき、その声は鳴りどよめく。
56節:まことに、荒らす者がバビロンを攻めに来て、その勇士たちは捕らえられ、その弓も折られる。主は報復の神であり、必ず報復されるからだ。

・バビロンの敗北を示す叫び声と音が響き渡る。
・神はバビロンの存在を示す大きな声(支配の声)を終わらせる。
・「大水」・・軍事侵攻。バビロンを終わらせる手段。
※大きな音が起こるほどの攻撃でバビロンは破壊される。
・攻撃者たちによってバビロンの勇士たちは捕えられ、武器は破壊される。
※「荒らす者」は単数形の表現であることから、メディア軍たちを指していると考える。→エレ51:11、28から、メディア人を中心とする軍勢
・神は必ずバビロンに報復する。確実な破壊を実現する。

57節:「わたしは、その首長たちや知恵のある者、総督や長官、勇士たちを酔わせる。彼らは永遠の眠りについて、目覚めることはない──その名を万軍の主という王のことば。」

・バビロンの上層部、知恵者、勇士たちは、神の怒りに酔う。怒りの杯は死を意味する
※バビロンは占星術、天文学で有名。ダニ2:2、13、マタ2:1~2(東方の博士たち)
※神の宣言である。

58節:万軍の主はこう言われる。「バビロンの厚い城壁は完全にくつがえされ、その高い門にも火が放たれる。国々の民は無駄に労し、諸国の民は、ただ火に焼かれて、力尽きる。」

・神がバビロンを破壊する宣言によって預言は終わる。
・バビロンの城壁の破壊、門の焼失。
・「国々の民、諸国の民」・・バビロン人もバビロンに繋がる国々も滅ぶ。
※この節をもって、エレミヤのバビロン預言は終わる。

59節:マフセヤの子ネリヤの子セラヤが、ユダの王ゼデキヤとともに、その治世の第四年にバビロンへ行ったとき、預言者エレミヤがセラヤに命じたことば。そのとき、セラヤは宿営の長であった。

・「セラヤ」マフセヤの子ネリヤの子→バルク(エレミヤの書記官)の兄、エレ32:12。
※彼は「宿営の長」・・王の旅行に関する最高責任者。
・時期・・ゼデキヤ王の治世の第4年・・BC594~BC593。
※イスラエルを含む諸国がバビロンへの反逆を計画。→Ⅱ列24:20、エレ27:1~6、28:1
→ネブカドネツァル王はこの計画を察知。ゼデキヤ王はその釈明のために訪問と推察。 ※50、51章はエルサレム崩壊後の記述と教える向きもあるが、それは間違い!

60節:エレミヤはバビロンに下るすべてのわざわい、すなわち、バビロンについて記された、これらすべてのことばを一つの書物に記した。

・セラヤに渡すために、50、51章のバビロン預言の部分を一つの巻物として準備した。

61節:エレミヤはセラヤに言った。「あなたがバビロンに入ったときに、これらすべてのことばをよく注意して読み、
62節:こう言いなさい。『主よ。あなたはこの場所について、これを滅ぼし、人から家畜に至るまで住むものがないようにし、永遠に荒れ果てた地とする、と語られました。』
63節:そしてこの書物を読み終えたら、それに石を結び付けて、ユーフラテス川の中に投げ入れ、
64節:こう言いなさい。『このように、バビロンは沈み、浮かび上がれない。わたしがもたらすわざわいを前にして。彼らは力尽きる。』」ここまでが、エレミヤのことばである。

・セラヤへの4つの指示
①バビロン到着後、巻物の朗読
②神の宣言の表明
※神はバビロンを、人も家畜も住まない荒地とし悪霊の住みかとする。(千年間)
③象徴的行動の実行・・巻物に石を結わえてユーフラテス川へ投入。
④更なる神の宣言の表明
※神の完全なバビロンの破壊
※「彼ら」とは、58節の「諸国」と「バビロン人」を指している。力尽き滅びる。
・エレミヤのことばはここまでとなり、52章はエレミヤ以外の人物によって書かれたものである。可能性が高いのは書記官バルクであろう。
※52章はエレミヤの言葉ではないが、聖書全体は神の御手の中にあるもので、決して無意味なものではなく、神の霊感によって書かれた有意義なものである。
常に、聖書が示す神のみこころを探り求め、実践する真の礼拝者を目指しましょう!

 

『苦境に希望を示す預言者』

・バビロン捕囚は、モーセ契約違反の罰と言えます。しかし、神はこれを通して民の神への回帰を期待しておられました。しかし70年後の解放後、間もなくユダヤの民は堕落の道へ進みました。

・結局、心ない約束は無意味であることを、神はご存じでした。それゆえ神は、いずれモーセ契約に替わる「新しい永遠の契約」が必要となることを、エレミヤに示し、世に表明したのです。

・上層指導部のモーセの律法の悪用が、 「新しい契約」の登場を促します。神は、イエス様を送り、十字架によりモーセ契約は終結し、全人類に真の救いの道がしめされました。

・ エレミヤは、捕囚という苦境にありながら、「心に書き記される神との契約」が真の希望だということを、後の人々に、そして私たちに示した孤高なる悲しみの預言者なのです。

「預言者を預言者だからということで受け入れる人は、預言者の受ける報いを受けます。また、義人を義人だからということで受け入れる人は、義人の受ける報いを受けます。」
マタイ 10章41節 

エレミヤ書51章25節~44節

25節:全地を破壊する、破壊の山よ。見よ、わたしはおまえを敵とする。──主のことば──わたしはおまえに手を伸ばし、おまえを岩から突き落とし、おまえを焼けた山とする。
26節:だれもおまえから石を取って、要の石とする者はなく、礎の石とする者もない。おまえは永遠に荒れ果てた地となる。──主のことば。」

バビロンが山に例えられて、その力の凄さと共に、その呆気なく滅びる様が示されます。
・「破壊の山」・・「山」は象徴的には「王」、「王国」、「王座」を意味する。
※ここでは、患難時代の「反キリストの王国」を表現している。
・地球全体の破壊を示す。→エレミヤ時代のバビロンとは桁違いの破壊力。
・神はそんな破壊力ある山を突き落とし、焼いてしまう。神の御前には無力となる。
・だれもお前の石を礎の石としない。→中東では、古い石を礎石、要石とするのだが、それもできないほどに砕かれてしまう。
・焦げた山となり、荒地となる。

27節:この地に旗を掲げ、国々の中で角笛を鳴らせ。バビロンに向けて国々を聖別せよ。バビロンに向けて王国を召集せよ。アララテ、ミンニ、アシュケナズを。バビロンに向けて司令官を立て、群がるバッタのように、馬を上らせよ。

・脱穀する国々(北からのメディア人の王たち)に加えて、聖別の王国が示される。
①アララテ・・創8:4、Ⅱ列19:37、イザヤ37:38・・アルメニア人、かつては帝国。
※現在:アルメニア、イラン、東トルコの一部
②ミンニ(マネア、マナイ)・・イラン北西部ウルミエ湖付近のアララト王国の南東。
③アシュケナズ・・ヤフェテの子ゴメルの子の名。
※黒海の北からフランス北部、西ドイツのライン川周辺あたり。
・アルメニアはBC6世紀にメディア人に征服された。
・「司令官を立てて」と「バッタのよう」ということから、統率された大軍団と想像できる。

 

28節:バビロンを攻めるため国々を聖別せよ。メディアの王たち、その総督やすべての長官たち、その支配にある全土の民を。

・「聖別せよ」・・戦いに備えて軍隊を聖別→神の命令に従う戦い。
・メディアが他の国の指揮を執る。メディアは多くの人が聖別された者となる。
※反キリストの支配は全世界に及ぶが、反対勢力が存在している。→この時の人々の区分は、反ユダヤか、親ユダヤか。(マタイ25:31~ 羊と山羊)
※メディア人の王たちの国々には信者たちがいたと考えられる。

29節:地は震え、もだえる。主はご計画をバビロンに成し遂げ、バビロンの地を住む者もいない荒れ果てた地とされる。
30節:バビロンの勇士たちは戦いをやめ、砦の中に座り込む。彼らの力は干からびて、女たちのようになる。その住まいは焼かれ、かんぬきは砕かれる。

・神のバビロン破壊計画は完遂→バビロンは居住不可の荒地となる。
・勇士たちは無力化する。
・都市の門は完全に破壊され、焼かれてしまう。

31節:飛脚はほかの飛脚に走り次ぎ、使者もほかの使者に取り次いで、バビロンの王に告げて言う。「都は、くまなく攻め取られ、
32節:渡し場も取られ、湿地も火で焼かれ、戦士たちはおじ惑っています」と。
33節:イスラエルの神、万軍の主が、こう言われるからだ。「娘バビロンは、踏まれるときの打ち場のようだ。もうしばらくで、刈り入れの時が来る。

・バビロンの崩壊が、反キリストに報告される。走者→飛脚・・将来はどんなものか?
・報告内容→戦いにおける戦士の恐れる様子が報告される。
※沼地に潜む兵士をあぶり出すために放火がなされる光景。
反キリストはハルマゲドンにいる。これはハルマゲドンの戦いの第1段階。つまり、攻撃軍は、反キリストがバビロンに不在の間にバビロンを破壊した。→神の配剤である。
・脱穀場で打ち叩かれる麦の如きバビロン。
・「刈り入れの時」とは終末の時であり、バビロンの破壊の時である。
※神はバビロンの人々がいなくなるまで打ち砕かれることになると宣言されている。
将来、バビロンの人々は、神の逆鱗に触れるどれほどの悪事を行うのであろうか。
人間が決して踏み入れてはならない領域を超える悪事であろうと想像する。

34節:『バビロンの王ネブカドネツァルは、私を食い尽くし、私をかき乱して、空の器にした。竜のように私を吞み込み、私という美味で腹を満たし、私を洗い流した。』

イスラエルの民がネブカドネツァル王の罪を思い起こします。この王の罪が、将来の反キリストの罪と重なります。
・イスラエルの6つの被害が示される。
①ユダを貪るネブカドネツァル王・・ユダはバビロンの属国となる。
②ネブカドネツァル王によるエルサレムの破壊。他の都市の破壊も同様。
③「空にした」・・ユダヤ人を土地から追放した。
④ネブカドネツァル王は怪物のようにユダを吞み込んだ。
⑤美味で腹を満たした・・神殿の宝物、戦利品の奪取。
⑥ユダヤ人の捕囚
※これは、将来の反キリストが犯す罪を示している。

35節:シオンに住む者は言え。『私と私の肉親になされた暴虐が、バビロンに降りかかれ』と。エルサレムは言え。『私の血がカルデアの住民に注がれよ』と。」
36節:それゆえ、主はこう言われる。「見よ。わたしはあなたの訴えを取り上げ、あなたのために報復する。バビロンの海を干上がらせ、その泉を涸らす。
37節:バビロンは石くれの山、ジャッカルの住みかとなり、恐怖のもと、また嘲りの的となって、住む者はいなくなる。
38節:彼らはともに、若獅子のように吼え、獅子の子のようにうなる。

・イスラエルは復讐を呼びかける。これまでの迫害の罪がカルデア人に注がれよ!
・イスラエルの訴えに応える神。
・「海を干上がらせ、泉を枯らす」・・の表現は確実な復讐の決意を示す強調表現。→意味は、ユーフラテス川を枯渇させるという意味。復讐の起点となる。 
・バビロンは神の裁きにより居住不可の土地となる。
※動物のような形をした悪霊の巣窟となり、荒地となる。エレ49:33、50:39
・バビロンは、若獅子や獅子の子のように唸り声を上げるが・・。
※外に向けて威嚇はするが・・

39節:彼らが苛立っているとき、わたしは彼らに宴会を開き、彼らを酔わせる。彼らは陽気になり、永遠の眠りについて、目覚めることはない。──主のことば──
40節:わたしは彼らを、子羊のように、また雄羊か雄やぎのように、屠り場に下らせる。

・この威嚇は見せかけによるものと分かる。
※バビロンの陥落は酔っているときに起こる。神がそのように導かれる。
※BC539年のバビロンに似る→決定的違いは、バビロンの人々が全員死ぬこと。
・雄山羊はリーダーを指す。全員が屠殺場へ引かれて行く光景。 
※酔っているときのような状態で何もできない様→高慢と油断。

41節:ああ、バビロンは攻め取られ、全地の誉れであった者は捕らえられた。ああ、バビロンは国々の間で恐怖のもととなった。
42節:海がバビロンの上にのしかかり、波のざわめきにおおわれた。

・全地が称えたバビロン(Sheshach:暗号的名称)が、どうして捕えられたのか!
※同盟関係にある国々や集団の嘆き・・黙18:8~19
・「海」・・象徴的意味は軍隊、軍事侵略。波のごとく止まらない攻撃の光景。

43節:その町々は荒れ果てた地となり、その地は砂漠と荒れ地となり、だれも住まず、人の子が通りもしないところとなる。
44節:わたしはバビロンでベルを罰し、これが吞み込んだ物を吐き出させる。国々はもう、そこに流れ込むことはない。バビロンの城壁さえも倒れてしまった。

・人の住まない荒地となり、バビロンの主要な神ベルが神によって裁かれる。

※将来の偶像とは何であろうか。反キリストがまさに偶像。
・神は、バビロンが呑み込んだユダヤ人をはじめとする諸国を吐き出させる。
※同盟下、属国下にあった諸国は自らの土地に帰ることになる。エレ51:9参照。
・彼らはバビロンとの取引は不可。バビロンが完全に破壊されたから・・。

 

『私たちの地上の歩み』
・将来、バビロンは政治経済の中心となり、人々を管理下に置き、地上最大の富を手中にして我が物顔でいるに違いない。しかし、そんな世界にもその支配に反抗する勢力は存在する。
・未来の世界は、現在よりもさらにコンピュータ化が進み、AIが進展し、ロボットが進化して行く。ホワイトカラーはAIに仕事を奪われ、額に汗するブルーカラーもロボットに置き代わって行く。
・ 問題は世界を支配する上層部。様々な方法で全世界から富を集め、自分たちの欲望の充足だけを図るのだろう。富の充足は、益々心の欲望の実現を求めさせ、留まるところを知らない。
・ 私たちは、地上で何かを得ることに焦点を置くのではなく、地上にあって、見る事触れる事のできない恵みの神に信頼し、従い、未来の希望を確信した信仰者の歩みをしましょう。
「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあって永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみの後に回復させ、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。」ペテロ第1 5章10節 

エレミヤ書51章1節~24節

1節:主はこう言われる。「見よ。わたしはバビロンに対し、レブ・カマイの住民に対して、滅ぼす者の霊を奮い立たせ、
2節:他国人たちをバビロンに送る。彼らはこれを吹き散らし、その地を滅ぼす。彼らは、わざわいの日に、四方からこれを攻める。」

・「レブ・カマイ」・・カルデアを意味する。バビロンの別称。暗号的名称。
・神はバビロンに破壊的な風を送ると宣言。 →2節:「吹き散らし」。
・この軍事行動は、強い風に例えられている。
・あらゆる方向からの強烈な風で、都市も土地も壊滅的となる様子。

3節:射手には弓を引かせるな。よろいを着けて立ち上がらせるな。そこの若い男たちを惜しむな。その全軍を聖絶せよ。
4節:刺し殺された者たちが、カルデア人の地に、突き刺された者たちが、その通りに倒れる。

・英訳NKJV・・「バビロンに向かって射手に弓を引かせ、鎧を着けて立ち上がらせよ」。
※両訳とも、バビロンに反撃の機会を与えるな!一気に滅ぼせ!聖絶せよ!
・バビロンの地では、殺された者たちの死体が散乱している。

5節:しかし、イスラエルもユダも、その神、万軍の主に見捨てられることはない。彼らはイスラエルの聖なる方から離れ、彼らの地は罪過で満ちていたが。

・神は困難にあるイスラエルを見捨てないことを示す。
・「見捨てられる」・・(ヘ)alman 未婚者→これは「寡婦(死別)、やもめ」とは異なる。
※「イスラエルは寡婦、未亡人ではない」の意。
※現在は離婚状態だが、見捨てられてはいない、ということ。ユダも同様。
※イスラエルとユダは、神の妻としての地位は変わらないが、罪が無いということではない。
アブラハム契約に基づく、神のイスラエルに対する思いが示されている

6節:バビロンの中から逃げ、それぞれ自分自身を救え。バビロンの咎のために絶ち滅ぼされるな。これは、主の復讐の時、主がこれに報いをなさるからだ。

〈神から3つの指示〉→神の復讐の時が来たら。

①ユダヤ人はバビロンから逃げよ。
②自らのいのちを救え。
③バビロンと共に死ぬな、逃げよ。


7節:バビロンは主の手にある金の杯。すべての国々はこれに酔い、国々はそのぶどう酒を飲む。それゆえ、国々は正気を失う。
8節:バビロンは、たちまち倒れて砕かれる。バビロンのために泣き叫べ。その痛みのために乳香を取れ。もしかしたら、癒やされるかもしれない。

・神ははじめに、バビロンを諸国の裁きのために用いる。
・諸国が、金の杯のぶどう酒を飲み、正気を失う。→正しさを失い、バビロンに従う諸国。
・そのバビロンが突然倒れる。→金の杯の破壊→傷に乳香を塗る者がいれば塗れ!
※乳香を塗る可能性のある3つの外国人グループが浮かぶ。①王(政治関係、上層指導部)②商人③輸送業者→黙示録18:9~19参照

9節:私たちはバビロンを癒やそうとした。だが、それは癒やされなかった。私たちはこれを見捨てて、それぞれ自分の土地へ帰ろう。バビロンへのさばきが、天に達し、大空まで上ったからだ。

・その3グループの応答。
・バビロンの傷は致命的。バビロンへの審判が示され、神の裁きの兆しと分かり恐れる。
・自分たちの国に帰ろうと言い出す。

10節:主は私たちの義を明らかにされた。さあ、私たちはシオンで、私たちの神、主のみわざを語ろう。

・ユダヤ人の応答(反応)
・バビロンは諸国を裁く器だったが、神の民虐待の罰を受け、破壊される。
・バビロンに住むユダヤ人は、神の命令に従ってエルサレムに行き、神の働きを語る。
エルサレムに神の審判を告げる、バビロンに住んでいたユダヤ人は、御子を信じる聖徒であろうか、それともエレミヤ書を信じる民であろうか。バビロンを攻めた者たちは聖別された者が多いと思われるが、果たしてバビロンに住むユダヤ人はどうであろうか?

11節:矢を研ぎ、小盾を取れ。主はメディア人の王たちの霊を奮い立たせられる。御思いは、バビロンを滅ぼすこと。それは主の復讐、ご自分の神殿の復讐だからである。

・バビロン攻撃者への戦闘準備の指示。飛び道具は必須。
※これまで攻撃軍の具体的な提示はなかったが、ここで示される。
・「メディア人の王たち」→ダニエル書では、バビロン征服の中心はペルシア(キュロス王)。 エレミヤは明らかにメディア人のみ言及。ゆえに、 50、51章は預言的未来の文脈である。
※イザヤ13:17→(13~14章は大患難時代のバビロン預言) →「メディア人は、バビロンの攻撃で富への欲望に駆られることはない」という内容。→BC539年のバビロン征服ではなく、預言的未来を指している(遠未来預言)
・バビロン破壊の目的は神の復讐、神殿の復讐である。エレ50:28

12節:バビロンの城壁に向かって旗を掲げよ。見張りを強くし、番兵を立て、伏兵を備えよ。主は計画を練って、バビロンの住民について語ったことを実行されるからだ。
13節:大水のほとりに住む、財宝に富む者よ。おまえの最期、おまえの寿命が尽きる時が来た。

・バビロン攻撃の準備の指示。武器の準備。バビロン攻撃の描写・・神のご計画の実現。
・過去のバビロンはユーフラテス川辺に建つ。将来のバビロンも同じ状況であろう。
・「寿命が尽きる」・・(ヘ)besa 「暴力によって得られる利益の限界が来る」の意。
※バビロンの利益の略奪、搾取は限界。その富はバビロンを守れない。諸国からの攻撃。
※ゼカリヤ5:5~11 エパ桝(経済の象徴)・・鉛の重り・・偽りの計測による経済大国。

14節:万軍の主はご自分にかけて誓われた。「わたしは必ず、バッタの大群のような人々でおまえを満たす。彼らはおまえに対して叫び声をあげる。」

・「万軍の主の誓い」・・バビロンを攻める人々で満たし、攻撃軍の勝利。バビロンは滅亡。
※古代メディアは現在の、イラン北西部、アゼルバイジャン、クルディスタンの一部、更に ロシアの南部とアフガニスタンに及んでいた可能性。将来はメディアが中心となる。
※この国の王たちが、多くの国々の軍隊を指揮して、バビロンを攻撃する。

15節:主は、御力をもって地を造り、知恵をもって世界を堅く据え、英知をもって天を張られた。
16節:主の御声に、天では水のざわめきが起こる。主は地の果てから雲を上らせ、雨のために稲妻を造り、ご自分の倉から風を出される。
17節:すべての人間は愚かで無知だ。すべての金細工人は、彫像のために恥を見る。その鋳た像は偽りで、その中には息がない。
18節:それは空しいもの、物笑いの種だ。刑罰の時に、それらは滅びる。

・神の全知全能性を示す。二つの特徴を提示。
・神の創造の力、絶対的主権。
・偶像礼拝の愚かさ。バビロンの裁きの原因の一つ。
15~19節は、エレ10:12~16とほぼ同じ内容で、イスラエルの神の偉大さが、偶像礼拝の愚かさと対比して示されている。

19節:ヤコブの受ける分は、このようなものではない。主は万物を造る方。イスラエルは主のゆずりの民。その御名は万軍の主。

・「ヤコブの受ける分」とは、ヤコブの神。民数記18:20、詩篇119:57。偶像とは異なる。偶像から得られるものは「無」。
・神は先住し、永遠で唯一無二。イスラエルは神の相続者であり、真の神の民。

20節:「あなたはわたしの鉄槌、戦いの道具だ。わたしはあなたによって国々を砕き、あなたによって諸王国を滅ぼす。
21節:あなたによって馬も騎手も砕き、あなたによって戦車も御者も砕き、
22節:あなたによって男も女も砕き、あなたによって年寄りも幼い者も砕き、あなたによって若い男も若い女も砕き、
23節:あなたによって牧者も群れも砕き、あなたによって農夫もくびきを負う牛も砕き、あなたによって総督や長官たちも砕く。

・神はバビロンを諸国への裁きの道具として用いる。
・諸国の軍隊の粉砕。
・年齢、性別、職業、また地位的区別もなく粉砕。

24節:わたしはバビロンとカルデアの全住民に対し、彼らがシオンで行ったすべての悪に、あなたがたの目の前で報復する。──主のことば──

・鉄槌なるバビロンは、彼らのシオンへの悪・罪により、神に砕かれる。(エレ50:23~)
※金の杯が破壊されたのと同様に!

20節から23節は、神がバビロンを「諸国を裁く鉄槌」として用いたことが、24節でバビロンなる鉄槌が、神の民イスラエルへの悪に対して裁かれることが示されます。

 

『弱さの中に主あり』
・神はエレミヤを用いて、バビロンの将来の破滅を何度も何度も預言します。しかし、一方で神は、その時代には捕囚したバビロンに従うことを人々に命じています。27章28章がそれです。
・しかし、偽預言者たちは当時の王をけしかけ、バビロンに反抗させます。エレミヤはそれを断じるのですが、一方で50、51章の預言が示されていました。直近の預言ではなかったということです。
・ エレミヤを通して神は、人々に忍耐と反省を求められ、同時に、明確な未来の夢を示されました。神は、失望に負ける事なく、この神に信頼することを最優先してほしいと期待されています。
・ 神を信じる者として、中途半端で終わるような信仰はやめましょう。神の期待に応じて、わずかでも歩みを進める者でありましょう。それが、この地上に生きる信仰者であると思います。
「しかし主は、『私の恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである』と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、わたしが弱い時にこそ、私は強いからです。」コリント第2 12章9~10節 

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