エレミヤ書4章1節~31節

前章で示されたイスラエルの最終的な悔い改めに対する神の応答が示されます。

1節:「イスラエルよ、もし帰るのなら、──主のことば──わたしのもとに帰れ。もし、あなたが忌まわしいものをわたしの前から取り除き、迷い出ないなら、

・「イスラエルよ、もし帰るのなら・・」キーワード(へ)shuvが2回使われている。「悔い改める」の意。
・もし、と言う言葉から、限りなく無理と思うが・・と言うニュアンスであろう。
・「わたしのもとに帰れ」・・神を忘れるほど偶像に傾倒していたことを示している。
・条件①:偶像を完全に捨てよ!

2節:また、あなたが真実と公正と義によって『主は生きておられる』と誓うなら、国々は主によって互いに祝福し合い、互いに主を誇りとする。」

・条件②:真実と公正と義(正義と公正)によって、「主は生きておられる」と誓え!
・生きておられる→唯一本物の神の意味。現代でも同じこと。
・そうすれば、異邦の国々も全て互いに祝福し、皆が主をたたえるようになる。
アブラハム契約の成就であり、メシア的王国で成就する。

3節:まことに、主はユダの人とエルサレムに、こう言われる。「耕地を開拓せよ。茨の中に種を蒔くな。

・「耕地」・・処女地。休耕地ではない。「茨」は、偶像礼拝によって汚れた地を意味する。
・良い種を蒔くために、古い土地を捨て、新しい土地を開拓し回復せよ、との命令。
・新しい土地に種をまき、真新しくなって良い子孫を残して行け!とのことばである。

4節:ユダの人とエルサレムの住民よ。主のために割礼を受け、心の包皮を取り除け。そうでないと、あなたがたの悪い行いのゆえに、わたしの憤りが火のように出て燃え上がり、消す者もいないだろう。」

・(前半) その具体策は、「割礼」である。心を覆っている偶像の縛りを取り除け!

肉体的にも、霊的にも新たな者となって、契約に従順になり、神に回帰せよ!
・(後半) なぜなら、ユダの愚行により、もう神の怒りは最悪の所まで来ているから!その怒りを鎮められる者はいない!

5節:「ユダに告げ、エルサレムに聞かせて言え。国中に角笛を吹け。大声で叫べ。『集まれ。城壁のある町に逃れよう』と。

・神は非常事態であることを知らせ、内容を語るように命じられた。
・今回の角笛は侵略の知らせであり、神の裁きが下ったことの知らせである。
・侵略に当たっては、要塞の町エルサレムに逃げることになっていた。

6節:シオンに向けて旗を掲げよ。自分の身を守れ。立ち止まるな。わたしが北からわざわいを、大いなる破滅をもたらすからだ。

・シオンに向けて旗を立てよ!非常事態を知らせ、また避難者の目印となるが、敵の目標にもなる。
・「北から」・・まだ、この時点で確定してはいないが、バビロンである。(7節)
・大いなる破滅・・甚大なる破壊を意味している。

7節:獅子はその茂みから立ち上がり、国々を滅ぼす者はその国から出て来る。あなたの地を荒れ果てさせるために。あなたの町々は滅び、住む者はいなくなる。」

・「獅子」・・考古学的に、バビロンの紋章が獅子であったことが明らかになっている。
・バビロンには国々を攻める力がある。その力はユダに及ぶ。(ネブカドネツァル王、エレ50:17)
・バビロンによって土地は荒らされ、都市は破壊され住む者もいなくなる。

8節:このことのために、粗布をまとって悲しみ嘆け。主の燃える怒りが、私たちから去らないからだ。

・「このことのために」・・この決定事項を知って、悲しみ嘆け!
・「粗布をまとう」・・弔問者の服装→もう後戻りできない悲劇。
・神の怒りがユダの民から離れることは無いということ。「去らない」・・(へ)shuv「背を向ける(turn away)」の否定で「去らない」となる。

9節:「その日には──主のことば──王の心や、高官たちの心は萎え、祭司は啞然とし、預言者はたじろぐ。」

・裁きの日、上層指導者たちは失意の底に落ちる。
・王、高官は偽預言者を信じて失望し、祭司、預言者は自らの噓にたじろいでしまう。
王について言えば、裁きがある時の王は、偽預言者のことばに翻弄される。預言なのでヨシヤ王である必要はない

10節:私は言った。「ああ、神、主よ。まことに、あなたはこの民とエルサレムを完全に欺かれました。『あなたがたには平和が来る』と言われたのに、剣が私たちの喉に触れています。」

・エレミヤの嘆きのことばが挿入されている。
・平和となると言われ、信じていたが、とうとうこんな結果になってしまった。(選民意識の悪影響)
・偽預言者の偽りを信じて、民は完全な思い違いをして、とうとう神の裁きが目の前に来てしまった。
・偽の情報に従う民に呆れて嘆いているエレミヤである。(エレ6:13~14、14:13~14、23:16~17参照)

11節:そのとき、この民とエルサレムに告げられる。「荒野にある裸の丘から、熱風は、娘であるわたしの民の方に吹く。ふるい分けるためでも、より分けるためでもない。
12節:それよりも、もっと激しい風が、わたしのために吹いて来る。今や、わたしが彼らにさばきを下す。」

・神は裁きの内容について語る。
・「熱風」・・砂漠から吹く夏の季節風をイメージしているのか。相当に乾燥した熱風で生物を苦しめるとの事。
・「裸の丘」は偶像礼拝の地。そこから熱風が吹いてくる。これは侵略を意味する。
・注目すべきは、神がこの裁きに及んでも、南ユダを「わたしの娘である民」と言われていること。
・この熱風は、いつもの「もみ殻を飛ばすに最適な微風」とは全く異なる激しい風。
・この風は、祝福はもたらさない!

13節:見よ、それは雲のように上って来る。その戦車はつむじ風のよう。その馬は鷲よりも速い。ああ、私たちは荒らされる。

・侵略の様子。熱風とは強力な軍隊(バビロン軍)である。
・雲のように多くの軍勢で、戦車も騎兵も迅速。そのスピード感から、侵略はあっという間のことと分かる。


14節:「エルサレムよ。救われるために、悪から心を洗いきよめよ。いつまで、自分のうちによこしまな思いを宿らせているのか。
15節:ああ、ダンから告げる声がある。エフライムの山からわざわいを告げ知らせている。

・「一刻も早く、悔い改めよ!」と神は勧告する。裁きは免れないとしても、猶予を得られる可能性はあるのに!
・しかし、邪悪な心のユダに、聞く耳は無かった。
・「もう、侵略は目の前に迫っているというのに!」と、ダンとエフライムの山地を引き合いに出して勧告している。

・ダンもエフライムも北イスラエルの地で、その北端と南端。また、偶像礼拝の中心地であった。(この2か所に黄金の仔牛の像)
・まさに10節の「剣が喉に触れている状態」である。


16節:国々に語り告げよ。さあ、エルサレムに告げ知らせよ。包囲する者たちが遠くの地から来て、ユダの町々に対して、ときの声をあげる。
17節:彼らは畑の番人のように、ユダを取り囲む。それは、ユダがわたしに逆らったからだ。──主のことば──

・国々とエルサレムの両方に告げよと命じられる神。まさに時代の変化を示唆している。
・もう、その日は近い!大規模な侵略が始まる。
・「畑の番人」・・機が熟せば、一気に刈り取りに入る姿勢を示している。逃れられない状態。

18節:あなたの生き方と、あなたの行いが、あなたの身にこれを招いたのだ。これはあなたへのわざわいで、なんと苦いことか。もう、あなたの心臓にまで達している。」

・「生き方と行い」・・自分の欲望を満たす生き方→最後は苦いものとなる。→死へと繋がる。
・「心臓にまで達している」・・招いたわざわいで、心臓が止まるのは目の前のこと。

19節:私のはらわた、私のはらわたよ、私は悶える。私の心臓の壁よ、私の心は高鳴り、私は黙っていられない。私のたましいが、角笛の音と戦いの雄叫びを聞いたからだ。
20節:破滅に次ぐ破滅が知らされる。まことに、地のすべてが荒らされる。突然、私の天幕が、一瞬のうちに私の幕屋が荒らされる。
21節:いつまで私は旗を見て、角笛の音を聞かなければならないのか。

(エレミヤの苦悩の告白) 

・エレミヤは角笛と戦いの様を幻で見せられて、心の底に至る苦しみに悶え、心臓は高鳴りを覚える。
・エレミヤはとても黙って見てはいられない。→預言を伝えずにはいられない思い。
・地が荒らされ、あっという間に家が荒らされる。それほどに悲惨な侵略なのだ!
・私なら、すぐにも悔い改めて神に立ち返るのに、いつまでこの幻を見て、預言せねばならないのか!
・どれほどに民は無反応なのか!

22節:「実に、わたしの民は鈍く、わたしを知らない。愚かな子らで悟ることがない。悪事を働くことには賢く、善を行うことを知らない。」

・エレミヤが見た「民の無関心さ」に応答する神のことば。
・イスラエルの民は愚か者で、神の存在を認めようとしない。
・悪事に賢く、善行には無関心のイスラエルなのだ!
※そのために、エレミヤは以降40年間、預言を語り続けることになる。

23節:私が地を見ると、見よ、茫漠として何もなく、天を見ると、その光はなかった。
24節:私が山々を見ると、見よ、それは揺れ動き、すべての丘は震えていた。
25節:私が見ると、見よ、人の姿はなく、空の鳥もみな飛び去っていた。
26節:私が見ると、見よ、豊かな地は荒野となり、町々は主の前で、その燃える怒りによって打ち壊されていた。

・23節でエレミヤは、彼の見たカオス(混乱)のビジョンを、創世記1:2の表現を用いて説明した。
・同じく24~26節で、壊滅的な破壊、荒廃が示されている。

27節:まことに、主はこう言われる。「全地は荒れ果てる。ただし、わたしは滅ぼし尽くしはしない。
28節:このため地は喪に服し、上の天は暗くなる。わたしが語り、企てたからだ。わたしは悔いず、やめることもしない。」

・あまりの激しさにエレミヤは全滅すると心配した。
・そのために神は侵略の説明をする。
・確かに全地は荒れ果て壊滅的となるが、決して滅ぼしはしない。
 →アブラハム契約の存在
・その壮絶さは凄まじく、地も天も悲しむが、神はこの裁きに何の躊躇もない。(ホセア4:3参照)

29節:騎兵と射手の雄叫びに、町中の人は逃げ去り、草むらに入り、岩によじ登った。すべての町が捨てられ、そこに住む人はいない。

・27~28節の裁きの結果が示される。最悪の状態が地を覆う。
・滅ぼし尽くさないと言われる神だが、一旦裁くとなれば、ためらいもないその裁きは想像を絶する。

30節:踏みにじられた女よ、あなたはいったい何をしているのか。緋の衣をまとい、金の飾りで身を飾りたて、目を塗って大きく見せたりして。美しく見せても無駄だ。恋人たちはあなたを嫌い、あなたのいのちを取ろうとしている。

・荒廃した状況となって、尚も恋人たちに取り入ろうとするイスラエル。(売春婦のような振る舞い)
・どんなに自分を着飾って美しくしても、それを嫌う恋人は最後に敵となり、命を奪う者になる。
・信じた偶像は、結局、命を奪う国なのである。一体、何に目を向けていたのか!

31節:まことに、私は、産みの苦しみにある女のような声、初子を産む女のようなうめき、娘シオンの声を聞いた。彼女はあえぎ、手を伸ばして言う。「ああ、私は殺す者たちの前で疲れ果てた。」

・シオンの苦しみの声は、出産の苦しみの声。出産の痛みは激しいが、神はそこに新生を望むみこころを示している。
・最後に殺す者となる偶像のために、売春婦のように振舞ってきた自分を恥じるイスラエル。

「娘シオン」に対する神の御心は、厳しいながらもこの裁きが気付きの促しである事を示している。

 

実践者を目指そう!
・神は22節で、イスラエルが鈍く、愚かだと言われた。悪事には賢く、善行には疎いと。
・神は律法まで示して善行へと導き、神の民の道をイスラエルに示された。
・律法的!などと言う人もいるが、当時の諸国の規範と比べれば、律法はまさに正義と公正で貫かれた珠玉の規範である。
・気付くべきは、律法に散りばめられた善行という事の大変さである。そこに無償の犠牲の愛がなければ真の善行は成立しないからである。
・それは、現代のキリストの律法においても何ら変わりはなく、むしろ高度化している。「良きサマリヤ人のたとえ ルカ10:25~37」を見ても明らかだ。(愛神愛人の教え)
・人や世の中の目線と見返りを気にするのではなく、神の目線と神の報酬をいつも気にすることが、良き善行の実践者となる秘訣ではなかろうか。(鈍感→敏感へ)

「人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から報いを受けられません。」 ルカ6章1節

2024年11月14日