エレミヤ書22章20節~30節
20節:「レバノンに上って叫び、バシャンで声をあげ、アバリムから叫べ。あなたの恋人たちがみな、砕かれたからだ。
・レバノン(北の地)、バシャン(北東の地)、アバリム(南東の地、モアブの一部)。
※聖書地図1,聖書地図6 B-4.5、G-4参照
・あなたの恋人たちとは、イスラエルの政治的同盟国、周辺諸国(レバノン等)。それらの国も壊され、裁かれ捕囚されるので、嘆き叫べ!
21節:あなたが平穏であったときに、わたしはあなたに語りかけたが、あなたは『私は聞かない』と言った。わたしの声に聞き従わないということ、これが、若いころからのあなたの生き方だった。
・イスラエルが平穏で繁栄の時、神が声をかけても一切無視した。「私は聞かない!」
・「イスラエルの生き方」・・神に頼らず、政治的同盟国に信頼する歩み。(自分の手腕)
※参考:ホセア8:9~10a・・アッシリアに助けを求める北イスラエル。彼らは昔から他国を頼っていた。
22節:あなたの牧者たちはみな風に追い立てられ、あなたの恋人たちは捕らわれの身となって行く。そのとき、あなたは自分のすべての悪のゆえに、恥を見、辱めを受ける。
・「牧者たち」・・指導者たち。
・「恋人たち」・・政治的同盟の国々(20節)。
※第2回目の捕囚で、イスラエルと共に、同盟国も捕囚される。
※同盟国に信頼し、その結果、恥を見ることになる。
23節:レバノンの中に住み、杉の木の中に巣ごもりする女よ。あなたに陣痛が、産婦のような激痛が襲うとき、あなたはどんなにうめくことだろう。」
・「レバノンの中に住み、杉の木の中に巣ごもりする女よ。」→レバノン杉の宮殿(エルサレムの宮殿)に住む人々。エルサレムの人々。
・彼らの味わう苦痛は陣痛のようで、激痛に襲われる。
※大捕囚の厳しさの表現。
24節:「わたしは生きている──主のことば──。ユダの王、エホヤキムの子エコンヤは、わたしの右手の指輪の印ではあるが、わたしは必ずあなたを指から抜き取り、
25節:あなたのいのちを狙う者たちの手、あなたが恐れている者たちの手、バビロンの王ネブカドネツァルの手、カルデア人の手に渡し、
・エホヤキン王への判決は、取り返しのつかないもの。→エホヤキンの呪い
・「わたしの指輪の印」・・ダビデ王の血統、血筋という意味。(シグネット・リング→印章)
・ダビデの王家の流れから、エホヤキンを抜く。つまり、王としての血統が無くなる。
・彼をバビロンに渡す。→捕囚される。
26節:あなたと、あなたの産みの母を、あなたがたが生まれたところではない、ほかの地に放り出し、そこであなたがたは死ぬことになる。
27節:彼らが帰りたいと心から望むこの地に、彼らは決して帰らない。」
・エホヤキンの捕囚には、彼の母が伴われ、この二人はバビロンの捕囚の地で死ぬことになる。
・エホヤキンはエルサレムに戻ることを切望するも、かなわずバビロンで死ぬ。
※エホヤキンとその母は、捕囚の地で死ぬ。
28節:この人エコンヤは、蔑まれて砕かれる像なのか。だれにも顧みられない器なのか。なぜ、彼とその子孫は投げ捨てられ、見も知らぬ地に投げやられるのか。
・エホヤキンは、砕かれた像(壊れた瓶)と、表現されている。
※存在価値のない王、壊れて機能を失って捨てられる陶器。
・何故、彼とその子孫はエルサレムから他国へ捨て去られるのか?
※エホヤキンには子孫がいた。シェアルティエルなど7人。Ⅰ歴3:17~18参照。
29節:地よ、地よ、地よ、主のことばを聞け。
・「地よ、地よ、地よ、・・」→3回の繰り返しは強調。
・地上、地球への宣言、呪いの意味。
※エホヤキンの呪いが、地球全体に影響を及ぼすことを示す。
※王となれない呪いは、この血筋から出るメシアが王になれないということを示す。
30節:主はこう言われる。この人を『子を残さず、一生栄えない男』と記録せよ。彼の子孫のうち一人も、ダビデの王座に着いて栄え、再びユダを治める者はいないからだ。」
・主の宣言。エホヤキンを「子を残さず、一生栄えない男」と記録せよ。
※彼の子孫は誰も王位に就かず、ユダを治める者はいない。
・捕囚以降、王は存在しない。「エホヤキンの呪い」と呼ばれる。
■エホヤキンの呪い
・神の声に聞き従う姿勢はなく、ここで神が認める王の存在は終わらせられる。
※Ⅱ列24:8~9参照。
※神が期待する王を全うする人物は、これ以降現れないとの判断ではないか。
・しかし、ダビデの子孫としての血統は繋がって行く。
※ゼルバベルは帰還時の総督で王ではなかった。しかし、ダビデの血統は途絶えない。
■ヨシヤ王の家族王位について

※エホヤキンの次の王はゼデキヤですが、彼はバビロンの傀儡政権で王とされているにすぎません。
マタイとルカの系図
<ダビデ契約、エホヤキンの呪い、メシアの誕生>
■マタイの系図(マタイ1:2~16)
・アブラハム・・ダビデ・・ソロモン・・エコンヤ(エホヤキン)・・ヨセフ
・ヨセフはダビデの直系。しかし王位継承者ではない。→エホヤキンの呪い。
・ヨセフは法的にはメシアの父だが、実父ではない。(呪いからの解放)
・よって、イエスは王となれる。エホヤキンの呪いの影響外。
・ダビデ契約は継続して法的に有効である。そして、超自然的にメシアが出現した。
■ルカの系図(ルカ3:23~38)
・マリアはダビデの子孫。エコンヤ(エホヤキン)を経由していない。(呪いは無関係)
・エリの子・・エリとは、マリアの父。つまりはマリア側の系図。ダビデを経由する。
・ルカの福音書では、メシアに至る血統的権利が示されている。
・母体は血統的権利のあるマリア。実父ではないが、法的にはヨセフが父。
『真の楽観主義者』
・順調であるとき、主は民に語られた。わたしに聞き従えというものだ。その順調は神によるものなのに、人はその時から神を見放しはじめ、いつしか全く不安定な自分に信頼するようになる。
・大きな問題がないことは、神の恵みを十分に受けていることなのに、それを忘れてしまうのが人間。成熟を目指すクリスチャンは、そんなときほど神を喜び、感謝し、益々神に従う心を養う時と知る。
・世の中の裏側を見れば、順調な時、平穏の時に、悪の力は私たちを苦しめる道へと導いている。我々の気付かない方法で。神はそのすべてを知ったうえで、私たちを導いておられる。
・苦しい時には、だれでも神にすがるもの。しかし神に信頼する者は、未来が必ず用意されていることに信頼し、怯えることなくむしろその御業に期待する。神に信頼する真の楽観主義者を目指しましょう。
「このわたしは荒野で、干ばつの地であなたを知っていた。しかし牧草で満腹したとき、彼らは満ち足り、心は高ぶり、そうしてわたしを忘れた。」ホセア13:5~6