エレミヤ書22章1節~19節

22章はBC597年の預言。この年は大捕囚の預言が成就する年である。神のことばがより現実になって行く

1節:主はこう言われる。「ユダの王の家に下り、そこでこのことばを語れ。
2節:『ダビデの王座に着くユダの王よ。あなたも、これらの門の内に入って来るあなたの家来も、またあなたの民も、主のことばを聞け。

・エレミヤは王の宮殿に行って語ることを命じられる。
・語る対象は、王をはじめ家来、役人など出入りの者すべて。(王は特定していない)

3節:主はこう言われる。公正と正義を行い、かすめ取られている者を、虐げる者の手から救い出せ。寄留者、みなしご、やもめを苦しめたり、いじめたりしてはならない。また、咎なき者の血をここで流してはならない。

・「正義と公正」の正しい実践を説くエレミヤ。かすめ奪われている者の救い。
・弱者とされる寄留者、孤児、寡婦などに対する虐げ、無実の者に罪を下すことの禁止。
※律法遵守の命令。出エジ22:21~26 (あなたがたも寄留者だった)
※一般市民もかすめ奪われていたと想像する。

4節:もし、あなたがたがこのことばを忠実に行うなら、ダビデの王座に着く王たちは車や馬に乗り、彼らも、その家来も、またその民も、この家の門の内に入ることができる。

・王やその他の者たちが、3節の命令に従うなら祝福する。
・王たちは車や馬で、民も自由に王家の門を往き来、出来る。
※自由に活動できるように、神は守って下さるという恵みを保証する。

5節:しかし、もしこのことばを聞かなければ、わたしは自分にかけて誓うが──主のことば──この家は必ず廃墟となる。』」
6節:まことに、ユダの王の家について、主はこう言われる。「あなたは、わたしにとってはギルアデ、レバノンの頂だが、必ず、わたしはあなたを荒野にし、住む人もいない町々にする。

・もし聞き従わないなら、この王家は神によって破壊される。主の裁きが下される。
・エルサレムは、神にとって「ギルアデ、レバノンの頂」→木々が豊富。豊かな土地。
※王の宮殿には、レバノン杉が多く用いられていた。
・王家の家(宮殿)を、人の住まない荒野にする。
※ギルアデ→聖書地図4 Fー6  、レバノン→聖書地図1 D-2~3

7節:わたしはあなたを攻めるために、それぞれ武具を持つ破壊者たちを取り分ける。彼らは、最も美しいあなたの杉の木を切り倒して火に投げ入れる。

・攻める破壊者たちは聖別される。神が彼らを用いるという事。
※「取り分ける」(ヘ)kadash→聖別する、準備する、捧げる、委託する。
※破壊者たちに委託する、破壊者たちを準備する、というような意味。
・宮殿の杉を焼き払う破壊者(バビロン)

8節:多くの国々の者がこの都のそばを過ぎ、彼らが互いに、『何のために、主はこの大きな都をこのようにしたのだろうか』と言えば、
9節:人々は、『彼らが、自分の神、主の契約を捨ててほかの神々を拝み、仕えたからだ』と言う。」

・異邦人がイスラエルを見て、「どうしてこんなことに?」と問えば,
・イスラエルの民は、偶像礼拝をし、神との契約を破棄したため、神のわざわいを被ったからだと言う。
※異邦人に対する神の民としての手本とはならず、反面教師となった。

10節:死んだ者のために泣くな。その者のために嘆くな。去って行く者のために、大いに泣け。彼が再び帰って、故郷を見ることがないからだ。
11節:父ヨシヤに代わって王となった、ヨシヤの子、ユダの王シャルムについて、主はまことにこう言われる。「彼はこの場所から出て行って、二度とここには帰らない。
12節:彼は引いて行かれた場所で死に、再びこの地を見ることはない。」

■背景
・ヨシヤ王はBC609年にエジプト人に殺される(Ⅱ列23:29~30)
・後継はエホアハズ(別名:シャルム)王。当時23歳。
・即位3ヵ月後に、エジプトに降伏。エジプトのネコ王により廃位させられる。
・側近と共にエジプトに追放され、その地で死ぬ。

・「死んだ者」・・ヨシヤ王
・「去って行く者」・・エホアハズ王→エホアハズ王のために泣け。
・彼は故郷エルサレムの地を踏むことは無いから。 Ⅱ列23:34、Ⅱ歴36:1~4
※2重の不名誉。→戦わず捕囚され、エルサレムの地に葬られない。
・エジプトの地で死ぬことになる。→この預言の時点では、生存していたのだろう。

 

■エホヤキム王(BC609~BC598)(Ⅱ列23:36~24:7、Ⅱ歴36:5~8)

背景
・BC605年、バビロンがエジプトを征服。
・その時エホヤキム王はバビロンに捕囚される。(ダニエルと同じ第一次捕囚)
・エホヤキムはエルサレムに戻されたがバビロンに朝貢するようになる。
・この期間中にエレミヤはバビロン捕囚を神の裁きと考え、悔い改めを説いた。
エホヤキム王の人となり 
・ヨシヤ王の次男で、無神の暴君。近親相姦的な関係づくり(母親、義娘)。
・男性を殺す習慣。その妻たちを虐げ、その財産を押収する。
・ユダヤ人であることを嫌い、逆割礼の手術をした。
エホヤキム王のことば
・マナセ、アンモンは、最も神を怒らせる方法を知らなかったが、私は知っている。
・「神が与えるのは光だけ。私たちには光り輝く “金” があるので、光は必要ない。神はこの金を取ることは出来ないのだ。」
エホヤキム王の逸話 (Jewish Encyclopedia より)
・エレミヤが「哀歌」制作中に、最初の4節を読んで冷静に「私はまだ王です」と言い、5節に入ると、その中の「主」の名を破き、火に投げ込んだ。

13節:「わざわいだ。不義によって自分の家を建て、不正によって自分の高殿を建てる者たち。隣人をただで働かせて報酬も払わず、
14節:『私は自分のために、広い家、ゆったりとした高殿を建てよう』と言い、それに窓を取り付けて、杉の板でおおい、朱を塗る者は。

・エホヤキム王は、民の強制労働により、自らの豪華絢爛な宮殿を建立。
 ※無報酬の労務→強制労働的扱い
・この罪により、彼に対するわざわいが宣言された。
※1960年代半ばに、当時の宮殿が発掘された。エレミヤの説明通りのものであった。

15節:あなたは杉の木で競って、王になろうとするのか。あなたの父は食べたり飲んだりし、公正と義を行ったではないか。そのとき、彼は幸福であった。

・エホヤキム王とヨシヤ王との対比→悪王と善王
・エホヤキム王・・高級杉で競う姿勢。→贅沢な外見で王の威厳を保つ考え。
・ヨシヤ王 ・・王として生活しつつ、正義と公正を忠実に実行。幸いな人生→順調。

16節:虐げられた人、貧しい人の訴えを擁護し、彼は、そのとき幸福であった。それが、わたしを知っていることではないのか。──主のことば──

・ヨシヤ王のことについて。
・「・・擁護し、」 (へ)din・・裁く、裁判官として行動する、の意。
 ※「貧しい人の訴えを正しく裁き、・・」
・神を知っているという事は、神に忠実であること。

17節:しかし、あなたの目と心は、自分の利得に、さらには、咎なき者の血を流すこと、虐げと暴虐を行うことにだけ向けられている。」

・エホヤキム王の興味は不誠実な利益。
・無実の者の血を流し、暴虐を行うことを良しとしていた。
・貪欲、不正、暴力の実践者。

18節:それゆえ、ヨシヤの子、ユダの王エホヤキムについて、主はこう言われる。「だれも、『ああ、悲しい、私の兄弟よ。ああ、悲しい、私の姉妹よ』と言って彼を悼まず、だれも、『ああ、悲しい、主よ。ああ、悲しい、陛下よ』と言って彼を悼まない。

・エホヤキム王への預言。
※「ああ、悲しい、私の兄弟よ。ああ、悲しい、私の姉妹よ」「ああ、悲しい、主よ。ああ、悲しい、陛下よ。」⇒当時の葬儀の哀悼表現、 挽歌の定型句、慣用表現
・エホヤキム王の死後、だれ一人彼を悼まず、どんな弔いのことばも掛けられない。

19節:彼はエルサレムの門の外へ引きずられ、投げ捨てられて、ろばが埋められるように埋められる。」

・エホヤキム王の最期は、城外に引きずられ、ろばが埋められるように埋められる。
※死後、動物のように扱われるほど、疎まれた存在。
※歴史家ヨセフスの記録よれば、彼は突然死に、死体は城壁の上に投げられた。

 

『豊かな人生か、正しい人生か』
・マナセ王が回帰不能点を越えたことで、イスラエルの裁きは決定的となったが、ヨシヤ王という善王が現れ、かすかな光が見えた。しかし、エホヤキム王の背信のことばに、裁きは免れないと理解できる。
・エホヤキム王は豊かな人生を求めて、苦しむ民の上に胡坐をかくような人生を歩み、豊かさを自慢して生きた。ヨシヤ王は、王の責務を忠実に果たし、且つ、王としての生活も順調に送った。
・ヨシヤ王の人生は決して長くは無いが、神は彼の歩みを喜ばれた。私たちの人生の目標は、豊かな人生の前に、正しい人生、神の喜ばれるクリスチャンの人生を歩むこと。神はそれを期待されている。
・豊かさを一番とする人生は神を見失う歩み。神を見上げるなら、先ず神の正しさに従って歩む選択をすべきである。豊かさも幸せも、その後についてくるものと知ることが、私たちの新しい歩みである。
「そのように、あなたは生ぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしは口からあなたを吐き出す。あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、足りないものは何もないと言っているが、実はみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸であることが分かっていない。」黙示録 3:16~17

2025年07月18日