ネヘミヤ記9章1節~37節
ネヘミヤ記 9章5節~10章39節の構成
宗主権契約に則った神との関係回復
宗主権契約(古代中近東)
・商取引など、主権国と属国において、それぞれの神を証人として、属国に対する規定と共に、呪いが示された。属国には限定的な自治権が認められていた。双方に義務と権利がある。
・宗主権契約とは王と征服された民(臣民)との間で結ばれる契約を指す。
・宗主権契約が、神とイスラエルの民、そして人類の契約(新しい契約)の基本になっている。
仮庵の祭りを終え、更に神の民として相応しくあろうとする民の思いがある。
宗主権契約に則った民の決意(9章5節~10章39節)
宗主権契約締結(更新)の流れ
1節:その月の二十四日に、イスラエルの子らは集まって断食をし、粗布をまとって土をかぶった。
2節:イスラエルの子孫はすべての異国の人々と関係を絶ち、立ち上がって、自分たちの罪と先祖の咎を告白した。
(神の民としてのあるべき姿)
・その月の24日・・仮庵の祭りの翌々日。
・イスラエルの民は、断食、粗布、土かぶりをした。・・悔い改めの姿勢を示す行為。
・仮庵の祭りで、彼らは神の正しさ(正義)と、民の不誠実さをしっかりと学んでいた。
・そして、先祖と自分たちの罪(異国の人々との関係→過去の偶像礼拝)の告白をし始めた。
3節:彼らはそれぞれ所定のところに立って、昼の四分の一は、彼らの神、主のみおしえの書を朗読し、次の四分の一は、彼らの神、主に告白をして礼拝した。
4節:ヨシュア、バニ、カデミエル、シェバンヤ、ブンニ、シェレベヤ、バニ、ケナニはレビ人の台の上に立ち、彼らの神、主に向かって大声で叫んだ。
(民の状況を確認するレビ人たち)
・昼の4分の1・・12時間✖1/4=3時間・・神のみおしえの書の学び。⇒礼拝
・次の3時間・・主に罪を告白。⇒礼拝
・それをレビ人たちは目撃し彼らは大声で叫んだ。神との契約更新を図る意図があった。
宗主権契約に基づいた契約の更新がなされて行く。民の心が一変した!
5節:レビ人のヨシュア、カデミエル、バニ、ハシャブネヤ、シェレベヤ、ホディヤ、シェバンヤ、ペタフヤは言った。「立ち上がって、あなたがたの神、主をほめたたえよ。とこしえからとこしえまで。あなたの栄光の御名はほむべきかな。すべての祝福と賛美の上に高く上げられて。
6節:ただ、あなただけが主です。あなたは天と、天の天と、その万象を、地とその上のすべてのものを、海とその中にあるすべてのものを造られました。あなたはそのすべてを生かしておられます。天の万象はあなたを伏し拝んでいます。
(神の存在の再認識)
・レビ人たちが、契約の更新に当たり、契約の前文を語り始めます。
・主は栄光に満ちておられるお方。人が讃えても讃えきれないほどの存在。
・唯一、本物の神。万物の創造主。また、万物の支配者。
・神の民としての神像が心に明確に描かれている。信仰を告白しているという事。
9章7節から37節まで、歴史が回顧され、神のすばらしさと民の愚かさが語られます
7節:あなたこそ神である主です。あなたはアブラムを選んでカルデア人のウルから連れ出し、その名をアブラハムとされました。
8節:彼の心が御前に忠実であるのを見て、あなたは彼と契約を結び、カナン人、ヒッタイト人、アモリ人、ペリジ人、エブス人、ギルガシ人の地を彼の子孫に与えるとされました。そしてその約束を果たされました。あなたは正しい方だからです。
(アブラハム契約の認識)
・アブラムの選び→アブラハム→アブラハム契約の締結(子孫への約束の地の契約)
・約束の地の提示→約束の地への導き
アブラハムの忠実さとアブラハム契約締結の感謝が込められている
9節:あなたはエジプトで私たちの先祖の苦難を見て、葦の海のほとりで、その叫びを聞かれました。
10節:ファラオとそのすべての家臣、その国のすべての民に対して、数々のしるしと不思議を行われました。彼らが私たちの先祖に対して傲慢にふるまったのを、あなたがみこころに留められたからです。こうして、今日あるとおり、あなたは名をあげられました。
11節:あなたは私たちの先祖の前で海を裂き、彼らは海の真ん中の乾いた地面を渡りました。追っ手は、奔流に吞み込まれる石のように、あなたが海の深みに投げ込まれました。
(出エジプトの神の御業)
・エジプト奴隷時代の先祖に対する神の憐れみ
・神の御業、出エジプトの奇蹟。奴隷を自由人へ。そして神の民へ。
・その御業は、海を裂き民を歩かせ、その海にエジプト兵を呑み込ませた。
神の名が世に示された。当時の大国エジプトを通して神の存在が示された。
12節:昼は雲の柱の中にあって彼らを導き、夜は火の柱の中にあってその行くべき道を照らされました。
13節:あなたはシナイ山の上に下り、天から彼らと語り、正しい定めと、まことのみおしえ、良き掟と命令を彼らにお与えになりました。
14節:あなたの聖なる安息を彼らに教え、あなたのしもべモーセを通して、命令と掟とみおしえを彼らに命じられました。
15節:彼らが飢えたときには、天からパンを与え、渇いたときには、岩から水を出し、彼らに与えると誓われたその地に入ってそこを所有するよう、彼らに命じられました。
(荒野での御業)
・荒野では、雲の柱となり、火の柱となって、昼夜民を導いた。
・シナイ山において、モーセを通して、律法を与えられた。(国民として成長させた)
➥正義と公正の教え、神の聖なる安息の教え(自由を得た証)
・荒野で民を養い(マナ、水)、最後に約束の地へ導き入れた。
導き、守り、養い、成長させて下さる神。神の徹底した愛と恵みが見える。
16節:しかし彼ら、私たちの先祖は傲慢にふるまい、うなじを固くし、あなたの命令に聞き従いませんでした。
17節:彼らは聞き従うことを拒み、彼らの間で行われた奇しいみわざを思い出さず、かえってうなじを固くし、かしらを立てて、逆らって奴隷の身に戻ろうとしました。それにもかかわらず、あなたは赦しの神であり、情け深く、あわれみ深く、怒るのに遅く、恵み豊かであられ、彼らをお捨てになりませんでした。
(荒野での民の悪事と神のあわれみ)
・先祖の行いを悔いる民。傲慢で強情で不忠実な姿勢。
・神のなされたことを忘れ、奴隷に戻ろうと口走る先祖。
赦しの神、情深くあわれみ深く怒るのに遅く恵み豊かな神。決して見捨てない神。
18節:彼らが自分たちのために鋳物の子牛を造り、『これが、あなたをエジプトから導き上ったあなたの神だ』と言って、ひどい侮辱を加えたときでさえ、
19節:あなたは大きなあわれみをかけ、彼らを荒野に見捨てられませんでした。昼は雲の柱が彼らから離れず、道中を導き、夜は火の柱が、行くべき道を照らしました。
20節:あなたは、彼らを賢くしようと、ご自分の良き霊を与え、彼らの口からあなたのマナを絶やさず、彼らが渇いたときには水を与えられました。
21節:四十年の間、あなたは彼らを養われました。彼らは荒野で何も不足することなく、上着はすり切れず、足も腫れませんでした。
(荒野で悪口の民をあわれみ養い導く神)
・金の子牛・偶像礼拝して神を悲しませる民。(神への冒涜行為)
・しかし神は民を見捨てない。
・昼夜シャカイナ・グローリーで道を示し、良き霊を与え、マナと水で養った。
・期間は40年に及ぶ。民は不足なく、傷つくことなく荒野を歩むことができた。
この期間に民を成長させたのである。神の御業に他ならない。
22節:あなたは諸王国と諸民族を彼らに渡し、それらを領地として割り当てられました。彼らはシホンの地、ヘシュボンの王の地と、バシャンの王オグの地を所有しました。
23節:あなたは彼らの子孫を空の星のように増やし、彼らの先祖たちに、『入って行って所有せよ』と言った地に、彼らを導き入れられました。
24節:その子孫は入って行って、その地を所有しました。あなたは、この地の住民、カナン人を彼らの前に屈服させて、その手に渡し、王たちとその地の人々を、彼らの思いのままに扱わせました。
25節:こうして、彼らは城壁のある町々と肥えた土地を攻め取り、あらゆる良い物に満ちた家、掘り井戸とぶどう畑、そしてオリーブと果樹を、豊かに手に入れました。彼らは食べて満腹し、肥え太って、あなたの大いなる恵みを楽しみました。
(荒野の40年を終えてカナンの地へ)
・アブラハムに約束した土地へ。
・ヘシュボン(シホン王)とバシャン(オグ王)の地を取り、
・ヨシュアによりカナンの地へ入り、約束の地へ導き入れられた民。
・地を制し、土地を取り、豊かさを得て、肥え太る民の行動は・・・
26節:しかし、彼らはあなたに逆らい、反逆して、あなたの律法をうしろに投げ捨て、あなたに立ち返らせようとして彼らを戒めたあなたの預言者たちを殺し、数々のひどい侮辱を加えました。
27節:そこであなたは彼らを敵の手に渡され、敵が彼らを苦しめました。彼らがその苦難の時にあなたに叫び求めると、あなたは天からこれを聞き入れ、あなたの大いなるあわれみによって救う者たちを彼らに与え、敵の手から救われるようにしてくださいました。
28節:しかし、一息つくと、彼らはまたあなたの前に悪事を行いました。あなたは彼らを敵の手に捨て置き、敵が彼らを支配しました。彼らが再びあなたに叫び求めると、あなたは天からこれを聞き入れ、あわれみによって、たびたび彼らを救い出されました。
(士師記の時代へ)
・神の気付きの促しに応答せず、むしろ逆らい、預言者たちを殺し、神を侮辱する民。
・偶像に心惑わされ、それぞれが自己中な考え方で歩んでいた時代。
・それでも神は、民が敵に苦しむ時、士師を与えて、苦しみから助け出された。
・しかし、すぐに悪事へと民の心は傾き、敵に支配され、神は憐れまれてこれを助けられる。
先祖の悪行を明確に語り、そこに神の深い愛を見出す民。人は神をこれほどまでに平然と裏切るのである。
29節:あなたは彼らを戒めて、あなたの律法に立ち返らせようとされました。しかし、彼らは傲慢にふるまい、あなたの命令に聞き従わず、その命令を行う人は、それによって生きるというあなたの定めに背いて罪を犯し、肩を怒らして、うなじを固くし、聞き入れようとはしませんでした。
30節:それでも、あなたは何年も彼らを忍び、あなたの霊により、あなたの預言者たちを通して彼らを戒められましたが、彼らは耳を傾けませんでした。そのため、あなたは彼らを地のもろもろの民の手に渡されました。
31節:しかし、あなたはその大いなるあわれみにより、彼らを滅ぼし尽くすことはせず、お見捨てにもなりませんでした。あなたは、情け深くあわれみ深い神です。
(王国の時代:繰り返される民の愚行)
・神はこれまで常に民を律法に立ち返らせようとされた。
・しかし民は神に対して、傲慢に、強情に、不忠実に振る舞う。
・神は預言者をも与えてその御心を伝えたにもかかわらず、最終的には見向きもしない。
・その結果・・アッシリヤ捕囚、バビロン捕囚となってしまう。
それでも神は滅ぼすことはされなかった!
32節:私たちの神、大いなる神よ。力強く恐るべき方、契約と恵みを守られる方よ。今、アッシリアの王たちの時代から今日まで、私たちと私たちの王たち、高官たち、祭司、預言者、私たちの先祖、また、あなたの民全体に降りかかった困難をみな、どうか小さなことと見なさないでください。
33節:私たちに降りかかったすべてのことにおいて、あなたは正しくあられます。あなたは真実を行われましたが、私たちは悪を行ったのです。
34節:私たちの王、高官、祭司、先祖たちはあなたの律法を守らず、あなたがお与えになった命令と警告にも、耳を傾けませんでした。
35節:彼らは自分たちの王国の中で、あなたが下さったその大きな恵みの中で、また、あなたが彼らの前に置かれた、広くて肥えた土地にいても、あなたに仕えず、また自分たちの悪い行いから立ち返ることもありませんでした。
(今、悔いて語る民)
・悔い改める民は、契約を守られる神を恐れ、大反省の姿勢を示す。
・アッシリヤ捕囚、バビロン捕囚はすべて、自分たちの悪が原因と認める。(これらは神には小さい事かもしれないが、私たちには・・・)
・王、高官、祭司、先祖たちは神の律法も気付きの促しをも無視。→偶像を礼拝した。
・王国として与えて下さった土地を守らず、神に仕えず、神の民として歩むことはなかった!
過去の行いが現在の結果である
過去を見て反省し、人生を神に委ねることが救われることである。
神の存在失くして、私たちの真の豊かな人生はあり得ない!
36節:ご覧ください。私たちは今、奴隷です。私たちが実りと良い物を食べられるようにと、あなたが先祖に与えてくださった、この地で。ご覧ください。私たちは奴隷です。
37節:私たちの罪のゆえに、この地の豊かな産物は、あなたが私たちの上に立てられた王たちのものとなっています。彼らは私たちのからだを支配し、家畜も彼らの思いのままです。私たちは大きな苦しみの中にいます。」
(現状を悔いる民の声)
・現状は奴隷である。ペルシャの奴隷状態にある。
税金をペルシャに収める関係(支配下)。
・かつて与えてくださった地で取れる産物は皆、支配者であるペルシャ王のもの。
・自分たちの不従順な姿勢が招いた結果である。
・産物どころか、私たちの身体も、家畜もすべてペルシャ王のものという状態。
思い起こせば、かつてはこの地を所有していたが、それは神に従って忠実であったとき。
しかし、先祖は愚行を繰り返し、その結果今は、ペルシャに支配される立場になり下がった!
正しい歴史認識から生まれる真の悔い改め
イスラエルの民としての悔い改め
・歴史を通して神のこれまでの働きを知り、その根底に想像を絶する愛(忍耐)があることを知る。
・奴隷から自由人とされ、神の民として育成されていたことを知ると共に、先祖の応答に落胆する。
・かく言う自分たちも、現在ペルシャの奴隷であり、神の民としての面影は微塵もない状態。
神は常に正しく、今の結果は民の自業自得。⇒アダムの罪は自分たちの罪と認識することに等しい。
真の悔い改めが、真の信仰を引き起こす
・契約の更新にあたり、改めて神の正しさ、すばらしさをたたえ、感謝する必要がある。
・民の心は、この時確実に一新され、神の民として生きる覚悟が芽生えた。
・契約の更新は、真の神の民としての歩みを決断した姿勢の表れである。
神の恵みに対して、心から神に絶対的な信頼を持って応答する関係が構築される。
悔い改めはクリスチャンの特権!
神は深い忍耐を持って、民を導いて来られた。私たちの神は愛の神であるが、それにしてもその愛は、人間の比ではない。
歴史には神の愛が示され、証明されている。且つ、人間は平和を築くことができないという愚かさが示されている。
・私たちは、神を知り、そして悔い改めることに より、救いの道を歩みます。この両輪が私たちを信仰に歩ませます。
・人生における気付きの促しは、良きにつけ悪しきにつけ、私たちに悔い改めを促します。それこそが、神の愛による育成なのです。不完全な私たちだからこそ、この育成を喜び、素直に悔い改めを実践しましょう。
・黙示録で主はこう言われます。「わたしは愛する者を皆、叱ったり懲らしめたりする。だから熱心になって悔い改めなさい。3:18」