ゼカリヤ8章1節~23節

1節:次のような万軍ののことばがあった。

『断食』にからめて、また神のことばがゼカリヤにあった。

 

2節:万軍のはこう言われる。「わたしは、シオンをねたむほど激しく愛し、激しい憤りをもってこれをねたむ。

神は民を愛しているという宣言。

私たちも、このねたむ激しい愛に応答しなければならない!
ゼカ1:14にも同様の表現。叱責しても、神のイスラエルへの思いは変わることはない!

 

3節:―はこう言われる― わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住む。エルサレムは、真実の都と呼ばれ、万軍のの山は、聖なる山と呼ばれる。

近未来:神殿再建を実現すれば神がそのただ中に住むから、神殿再建に励め!
遠未来:メシアの来臨(再臨)を示す。真実の都、聖なる山とはメシア的王国を指している。
神殿の再建は、未来のメシア的王国へと結びつく重要な存在となる。


4節:―万軍のはこう言われる― 再び、エルサレムの広場に、老いた男、老いた女が座り、みな長寿で手に杖を持つ。

5節:都の広場は、男の子と女の子でいっぱいになる。子どもたちはその広場で遊ぶ。

近未来:エルサレムの広場に老若男女、いっぱいの子供たちが集まる。国の繁栄。
遠未来:メシア的王国において、長寿の者と子供たちが共に住む世界ができる。百歳以上の長寿者が当たり前の世界。(イザ65:20~23)(千年王国)


6節:―万軍のはこう言われる― もし、これがその日に、この民の残りの者の目には不思議に見えても、わたしの目には、不思議に見えるだろうか。―万軍ののことば。」

近未来:そんなに豊かになるのは、この時点での残れる者たちには不思議に思える光景。
遠未来:長寿が当たり前の世界を見た残れる者たちは不思議を見る。(メシア的王国)
しかし、全知全能の神には何の不思議もなく、当たり前のことである。

人間の目線で神を見て、神を引き下げてはいけない!

7節:万軍のはこう言われる。「見よ。わたしは、わたしの民を日の出る地と日の沈む地から救い、

近未来:バビロン捕囚で離散した民を世界から呼び集める。(当時の全世界)
遠未来:全地球規模の離散している民を呼び集める。(メシア的王国(千年王国))

8節:彼らを連れ帰り、エルサレムのただ中に住まわせる。このとき、彼らはわたしの民となり、わたしは真実と義をもって彼らの神となる。」

近未来:エルサレムが回復し、神の民が回復する。
遠未来:心から神に立ち返った民をエルサレムに住まわせ、神と民との完全な和解が成立し、神による王国、メシア的王国が成就する。

 

9~17節の「はこう言われる」は近未来目線へと変わる。

9節:万軍のはこう言われる。「勇気を出せ。万軍のの家である神殿を建てるために基が据えられた日以来、あなたがたはこれらのことばを、預言者たちの口から聞いてきたではないか。

10節:その日以前は、人の働きに報酬がなく、家畜の働きにも報酬がなかった。出て行く者にも、帰って来る者にも、敵がいるために平安がなかった。わたしがすべての人を互いに争わせたからだ。

勇気を出せ!神殿建設に尽力、集中せよ!
かつて預言者はこう言った。神殿再建の基礎が完成して以降、働いても報酬はなく、いつも敵に備え、守らねばならない状態であった。平和とは程遠い世界!
それは神が実行された。民が神殿再建を最優先としないから。

11節:しかし今、わたしはこの民の残りの者に対して、かつての日々のようではない。 ―万軍ののことば―

しかし今! 神は、民の心が神の民として相応しくなっていることを知り、方針を変更!

神の愛ある励まし、導きにより、民にアイデンティティ、目的意識が芽生えてきた!
神のために働く預言者達やエズラ、ネヘミヤなどの功労があることを忘れてはならない

12節:それは、平安の種が蒔かれ、ぶどうの木が実を結び、地が産物を出し、天が露を滴らすからだ。わたしはこの民の残りの者に、これらすべてを受け継がせる。

農業が回復する。地の平安は、民の平安。人は経済が満ちることで安心を得る。
それをもたらすのは神である。だから神に信頼することを最優先することが重要。

13節:ユダの家よ、イスラエルの家よ。あなたがたは国々の間でのろいとなったが、同様に、わたしはあなたがたを救う。あなたがたは祝福となる。恐れるな。勇気を出せ。」

かつて南北のユダヤの民が争っていたが、それは神の望むところではない。
13節の「同様に」の意味は、14、15節で説明される。
南北というより、12部族の救いが神の目指しているところである。
かつての神の民としての歩みをせよ!恐れるな!勇気を出せ!神の民として!

バビロン捕囚前の状態に戻ってはならない、という神の思いが伝わって来る!

14節:まことに、万軍のはこう言われる。「あなたがたの先祖がわたしを怒らせたとき、わたしはあなたがたにわざわいを下そうと決意し ―万軍のは言われる― わたしは思い直さなかった。

15節:そのように、今や再び、わたしはエルサレムとユダの家に幸いを下そうと決意した。恐れるな。

先祖の民が、わたし(神)を無視して、異邦人の如く歩むのを見て、神はバビロン捕囚となる裁きを下そうと決意した。
同様に、今、わたし(神)はエルサレム(北の諸部族)とユダ(南の諸部族)に対して、幸いを与えることを決意した。恐れず、神の民として、神殿再建を最優先事項として取り組め!
神殿の再建が進めば、神の民として幸いがあるように、神がなさるという約束である。


16節:これがあなたがたのなすべきことだ。あなたがたはそれぞれ隣人に対して真実を語り、真実と平和をもたらす公正さをもって、あなたがたの門の中でさばきを行え。

17節:互いに心の中で悪を謀るな。偽りの誓いを愛するな。これらはみな、わたしが憎むものだからだ。 ―のことば。」

神の民としてなすべきこと⇒隣人への真実∔真実と平和をもたらす公正=国家体制
してはいけないこと⇒自己中心的考えと神の忌み嫌う行動の禁止。
公正と正義(愛神愛人)を守れ!神の期待は、正義と公正、愛神愛人の精神行為である

18節:さらに、私に次のような万軍ののことばがあった。

19節:万軍のはこう言われる。「第四の月の断食、第五の月の断食、第七の月の断食、第十の月の断食は、ユダの家にとって、楽しみとなり、喜びとなり、うれしい例祭となる。だから、真実と平和を愛しなさい。」

第10の月の10日(テベットの月の10日)BC588 エルサレム包囲された日
第4の月の9日(タンムズの月の9日)BC586 エルサレム城壁が破壊された日
第5の月の9日(ティシャ・ベ・アブ 「アブの月の9日」)BC586 神殿崩壊された日
第7の月の9日(ティシュリの月の9日)BC586 ユダの総督ゲダルヤ暗殺を悼む

彼らは泣いていた。 ヨム・キプール以外の断食は、民の自主的行為だった。

大事なことは、過去にとらわれ過ぎないこと。
断食のような悲しみや苦しみは無くなり、楽しみと喜びの例祭がなされるようになる。

「だから、自己満足になることなく、ただ真実と平和を愛しなさい」
メシア的王国の預言に信頼せよ!


20節:万軍のはこう言われる。「再び諸国の民がやって来る。多くの町々の住民が。

21節:一つの町の住民はもう一つの町へ行き、『さあ行って、の御顔を求め、万軍のを尋ね求めよう。私も行こう』と言う。

22節:多くの国の民、強い国々が、エルサレムで万軍のを尋ね求め、の御顔を求めるために来る。」

真実と平和を愛するなら、最終的にはエルサレムが中心となり、そこに多くの異邦人  たちが集うようになる。
神に信頼する異邦人が別の町の異邦人を誘い、連鎖して行く。(イザヤ2:2~3)
こうして、多くの異邦人が主を尋ね求め、全人類が神に信頼する時代が来る
ユダヤ人✙異邦人=メシア的王国(千年王国)の成就!
この時代に、異邦人のことが語られていることに、この預言の力強さがある!
背後にアブラハム契約の存在が明確で、神は、契約の民・神の民としての存在感を期待する。

23節:万軍のはこう言われる。「その日には、外国語を話すあらゆる民のうちの十人が、一人のユダヤ人の裾を固くつかんで言う。『私たちもあなたがたと一緒に行きたい。神があなたがたとともにおられる、と聞いたから。』」

「外国語を話すあらゆる民のうちの10人」・・異邦人全員を示す。
「ユダヤ人の裾を固く掴む」・・ユダヤ人に、より頼む姿勢であることを示す。
異邦人たちは言う「あなたがたと一緒に行きたい。神があなたがたと共におられると聞いたから」と。

ユダヤの民は、神の民としての本分を成就することを示す。
本来のイスラエルの民のあるべき姿とは?⇒「神の民」としての存在意義を忘れてはならない!⇒その思いを持って、神殿再建にアグレッシブに邁進せよ!
私たちにも同様の神の期待が、注がれている!

2023年02月23日