エレミヤ書15章11節~21節
11節:主は言われた。「必ずわたしはあなたを解き放って、幸せにする。必ずわたしは、わざわいの時、苦難の時に、敵があなたにとりなしを頼むようにする。
・生まれてこなければ良かったと、不満を語ったエレミヤへの神の応答。
・「解き放って」・・神は、エレミヤに反抗する敵(イスラエルの民)からの解放と幸いを
約束する。
・「わざわいの時、・・」→敵である者たちがエレミヤに執り成しを頼むようになることを約束。
※神は、これまでとは異なる展開を約束する。「必ず」という言葉が2度入っている。
この約束は、ゼデキヤ王の時代に成就する。
参照箇所:エレミヤ21:1~2、37:3、37:16~38:28、42:1~6
12節:人は鉄を、北からの鉄や青銅を砕くことができるだろうか。
(14節まで、神は人(エレミヤの敵対者たち)に語る)
・「鉄、青銅」→北からの攻撃・・バビロンの攻撃。
・鉄や青銅を砕けるか?→バビロンに打ち勝てるか?→勝てない!
・神がバビロンを用いているから勝つことはできない。
※預言は成就し、最終的にエレミヤは敵に勝利することになることを示唆。
13節:わたしは、あなたの財宝、あなたの宝物を、あなたの領土のいたるところで、戦利品として、ただで引き渡す。あなたの罪のゆえに。
・「あなた」・・エレミヤに敵対している民。偶像礼拝する罪人。
・彼らが自分たちのために集めた財宝、宝物はすべて北の戦利品となり、奪われる。
14節:わたしはあなたを、あなたが知らない地で敵に仕えさせる。わたしの怒りに火がつき、あなたがたに向かって燃えるからだ。」
・エレミヤに敵対した者たちは奴隷のように、異邦の地で仕えることになる。
・神の怒りの結果→捕囚され奴隷のようになる。
・(エレミヤ:祝福される者)⇔(偶像礼拝するユダヤの民:裁かれる者たち)
15節:「主よ、あなたはよくご存じです。私を思い起こし、私を顧み、迫害する者たちに、私のために復讐してください。あなたの御怒りを遅くして、私を取り去らないでください。私があなたのためにそしりを受けていることを知ってください。
・そしりを受けているこの現状から一刻も早く助け出してください。
・エレミヤは、神に、自分が受けている迫害を知っているのだからと、まるで脅し。
・裁きが遅れて、私が死なないようにしてください。もう、耐えられません。
※彼の迫害には、彼の親類縁者が加担している状態。(八方塞り状態)
16節:私はあなたのみことばが見つかったとき、それを食べました。そうして、あなたのみことばは、私にとって楽しみとなり、心の喜びとなりました。万軍の神、主よ、私はあなたの名で呼ばれているからです。
・「あなたのことばが見つかったとき・・」→ヨシヤ王時代に見つかった申命記と考えられる。
*申命記が見つかったのはBC622年。Ⅱ列22:8~13、23:2
*エレミヤが預言者の召命を受けたのがBC627年。Ⅱ歴34:14~18
・「食べました」・・取り込み、自分の一部とした。エゼ2:8~3:3、黙10:9~10
※ヨハネ4:32~34で、イエス様は神のみこころとその実践を食べ物と表現している。
・みことばを食すことが、エレミヤの喜び、楽しみとなった。
※神の命令に従って歩むことが人生を有意義にする。預言者の使命の喜び。
・「あなたの名で呼ばれる」・・神の働き人、預言者を指す。
17節:私は、戯れる者がたむろする場に座ったり、喜び躍ったりしたことはありません。私はあなたの御手によって、ひとり座っていました。あなたが私を憤りで満たされたからです。
・世の生活から離れて、孤独な生活を送っていた。
・神の人として、神の制約下にある立場であった。
・加えて、神の教えにより、民の悪に対する怒りに満ちてもいた。
※神の人として、人々に疎まれながらも、預言を語って来た。
※しかし、預言すればするほど、人々はエレミヤを憎み、抹殺しようする。
※一刻も早く何とかしてください!という思い。
18節:なぜ、私の痛みはいつまでも続き、私の打ち傷は治らず、癒えようもないのでしょう。あなたは、私にとって、欺く小川の流れ、当てにならない水のようになられるのですか。」
・心の痛みは癒えないのでしょう。→民の反抗は留まらず、エレミヤは苦しむばかり。
※彼の心の痛みは相当なもので、心の病にでも侵されたような症状。
・「神よ、あなたは当てにならないワジ(消えたり現れたりする川)だ。」・・神に対する決定的な表現である。
・エレミヤは、1:18~19の約束が守られていないと感じているのだろう。
※この言葉(当てにならない)の意味⇒神を疑う姿勢、または、「‥そんなことはありませんよね?!」という確認。
◇疑いは信仰を危うくする。
◇いずれにしても、神を自分に寄せ、低く見ていることは明確。
◇神への冒涜に等しいことばを、エレミヤは神に述べた。
19節:それで、主はこう言われた。「もし、あなたが帰って来るなら、わたしはあなたを帰らせ、わたしの前に立たせる。もし、あなたが、卑しいことではなく、高貴なことを語るなら、あなたはわたしの口のようになる。彼らがあなたのところに帰ることがあっても、あなたは彼らのところに帰ってはならない。
・主はエレミヤに言葉を返す。
・「・・帰って来るなら・・」と疑いを持つエレミヤに、叱責の意味で語られている。
※「心から悔い改めて立ち返るなら、神の人として赦し、神の御前に立たせる。
※立ち返らないなら、預言者としての召命は取り消されるということ。
・神に不信を抱かず、真の信仰者として生きるなら、預言者として働くことになる。
・「彼らが・・」は、18節のエレミヤに対する戒めであろう。
※彼らがエレミヤのもとに帰ってくるのは良いが、エレミヤが彼らの所に帰るのは不可!
※エレミヤの18節の思いは、「彼は世に帰っていた」と見られていた。
神の領域に来た者は、決して悪の領域に戻ってはならないという、神の厳命!
20節:この民に対して、わたしはあなたを堅固な青銅の城壁とする。彼らは、あなたと戦っても勝てない。わたしがあなたとともにいて、あなたを救い、あなたを助け出すからだ。──主のことば──
21節:わたしは、あなたを悪しき者たちの手から救い出し、横暴な者たちの手から贖い出す。」
・エレミヤを民から、そして苦しみから守ることを約束され、力強く励ました。
・神は、エレミヤの不信を取り去るような力強い保証を示された。
神はエレミヤの預言者としての成長を導かれたのであろう。
フルクテンバウム博士によると、以降エレミヤが神を疑うことは2度とないとのこと。
私見:エレミヤは、大規模な捕囚が来る前に、捕囚させられた後の民の苦しみを経験しているのかもしれない。将来の民の救いの約束と繋がって来る。
モーセ契約締結時の良きイスラエルの民が、偶像礼拝に引き込まれ、ここに至りバビロン捕囚となる。エレミヤの体験を用いて、神は民に立ち返れと諭している。これも、将来のための預言者の働きなのだろう!
『口の制御』
・エレミヤは、みことばを食べて喜ぶ神の領域の人となりました。イエス様も、ヨハネ4:32~34で、神のみこころを行い実践することを喜びとすることを教えられました。
・食べ物に関するエサウとヤコブの教訓。エサウはひどくヤコブの豆料理が好みで、とうとう長子の権利とその料理を交換してしまいました(創25:34)。食欲は人を惑わします。
・口の制御は言葉も食欲も簡単ではありません。世に流されないクリスチャンとして、食欲をはじめ何事もバランスよくコントロールして、神のみこころを実践することが重要です。
「なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。」ヨハネ6:27