エレミヤ書9章2節~16節
2節:ああ、私が荒野に旅人の宿を持っていたなら、私の民を置いて、彼らから離れることができようものを。彼らはみな姦通する者、裏切り者の集まりなのだ。
2節はエレミヤのことば
・「荒野」・・だれもいないところ。神との対話の場。
・「宿」‥自分の住まい。
イスラエルの民との隔絶を望むエレミヤ→理由:生き残っているユダの人々は裏切り者たちで偶像礼拝する集団だから
・集まり、Assemble・・ヘブル語の意味は「宗教的な集まり」→従って偶像礼拝する者たちの集団
3節:「彼らは弓を張り、舌をつがえて偽りを放つ。地にはびこるが、それは真実のゆえではない。悪から悪へ彼らは進み、わたしを知らないからだ。──主のことば──
・人々の堕落について、神が語られる。
・「弓」・・戦争、争いと言う行動に結びつけている。
・地上で勝ち栄えたとしても、それは神への信仰によるものではない。(悪の繁栄)
・悪に悪を重ねても平気なのは、神を完全に無視していたから。
・「知らない」・・ここでの「知る」は、愛に相当する思い。
・「愛」の反対は「無視」
・悪魔に対する最大の武器は「無視」ではないかと思っている。
4節:それぞれ互いに友を警戒せよ。どの兄弟も信用してはならない。どの兄弟も人を出し抜き、どの友も中傷して歩き回るからだ。
5節:彼らはそれぞれ、互いに友をだまして、真実を語らない。偽りを語ることを自分の舌に教え、疲れきるまで悪事を働く。
・この集まりの兄弟たちすべてを信用するな!
・「どの友も中傷して歩き回る。」
・その実態は・・真実を語らず嘘をつくことを教えられ、覚え、悪事を働くことが日々の生活となる。そのことに従事し疲れ切る・・世の中の姿。本人たちは、悪事とは思わず、当然の事と思う。現在も世間を見れば同様。これが世の流れ。→神を見失っている証拠
6節:あなたは欺きのただ中に住み、欺きの中でわたしを知ることを拒む。──主のことば。」
7節:それゆえ、万軍の主はこう言われる。「見よ、わたしは彼らを精錬して試す。いったい、娘であるわたしの民に対してほかに何ができるだろうか。
・悪の領域ともいうべき、嘘、不正、欺きの只中に生活する。
・神の領域との接点は途絶え、神とは無縁。
・神の目には、「神の拒否」と映る。
・精錬→金属分析の際、金属を溶かして試す。→イスラエルを打たれ試され、その本質を示す!(回帰不能状態になっていること)
・その本質を暴露する以外、どんな導きの手立てがあろうか?あろうはずもない!
価値ある預言や啓示を与えられたら、それ相当の責任が伴う。失敗すればその責任の代償は、必然的に大きな裁きとなる。気付きの促しの応答がいかに重要か!
8節:彼らの舌はとがった矢。人を欺くことを言う。口先では友に向かって平和を語るが、心の中では待ち伏せを企む。
・裁きの発端は彼らの舌。尖った矢は人を傷つける凶器。
舌の管理は人間のテーマ(箴言18:21、ヤコブ3:7~10など)
・友に平和を語り、心の中は友をだまし、利得を貪る事しか考えていない。
・この欺きが継続し、堕落の一途。神との断絶。→裁かれることとなる。
9節:これらについて、わたしが彼らを罰しないだろうか。──主のことば──このような国に、わたしが復讐しないだろうか。」
・裁きの判断の必要性を示す。→5:9、5:29にも同じ表現。
・国→goy(ゴイ)と言う語は一般的に異邦人国家を指す。
・契約を守らなかった国民→契約通りの裁きが下されることになるのは当然
エレミヤが言う2節の裏切り者たちについて、神はその実態を示された。
10節:私は山々のために泣き声をあげて嘆き、荒野の牧場のために哀歌を歌う。そこは、焼き払われて通る人もなく、群れの声も聞こえず、空の鳥から家畜まで、みな逃げ去っているからだ。
10節はエレミヤのことば
・土地の完全なる破壊の幻を見たエレミヤの嘆きは続く。嘆きと哀歌。
・人はもちろん、家畜も鳥さえも存在の気配がない土地。(そうなってしまう近未来)
11節:「わたしはエルサレムを石ころの山とし、ジャッカルの住みかとする。ユダの町々を荒れ果てた地とし、住む者のいない所とする。」
・ジャッカル・・荒廃した地に住む生き物。
・完全なる破壊を、神はもたらすことを定めておられる。→エレミヤの嘆きに繋がる。
12節:知恵があって、これを悟ることのできる者はだれか。主の御口が自分に語られたことを告げ知らせることのできる者はだれか。何のために、この国は滅びたのか。荒野のように滅ぼされ、通る人もいないのか。
12節はエレミヤのことば
・この民にアドバイスできる者はいないのか!と嘆きつつ問うエレミヤ。
①知恵によってこの裁きを理解する者
②神の預言を受け、伝える者
③この国がこれほどまで亡びる理由を理解する者
→これらの問題を提起して、民を正しく導く者はいないのか!と問う。
13節:主は言われる。「それは、彼らが、わたしが彼らの前に与えたわたしの律法を捨て、わたしの声に聞き従わず、律法に歩まず、
14節:彼らの頑なな心のままに歩み、先祖たちが彼らに教えたバアルの神々に従って歩んだからだ。」
・12節のエレミヤの問いに対する3つの答え
①律法の放棄→勉強の放棄→契約の破棄→神の放棄
②神の声、律法に従わず、自らの自己中を貫く。
③バアル礼拝(偶像礼拝)する。(先祖の教えに従って・・)
・神の民としての在り方を示さない偽預言者、偽祭司に導きは不可。
・厳しい裁きが下されることとなる。
※その裁きが15~16節に示される。
15節:それゆえ、イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。「見よ。わたしはこの民に苦よもぎを食べさせ、毒の水を飲ませる。
・イスラエルがユダにいる時に下される裁き
・かつて住んでいた土地の環境が激変する。
・豊作だった土地が苦よもぎしか出ず、苦い毒水を飲む日々となる。(極貧の状態)
16節:彼らも先祖も知らなかった国々に彼らを散らし、剣を彼らのうしろに送り、ついに彼らを絶ち滅ぼす。」
・更に、彼らは離れた国に散らされ、その地で迫害を受けるようになる。
・この裁きは、自国以外の地での苦悩がある事を示している。
・近未来と遠未来の預言→バビロン捕囚とAD70年の神殿崩壊と離散も示すとされる。
AD70年はイスラエルの真の意味のディアスポラの始まり。
彼らは離散したすべての地で迫害されたとされる。
『不変なる真理』
・神は、平気で噓をつく民の堕落を見て叱責されました。友に平和を語りつつ、その心は自分の利得を求めるという人間の自己中と言う愚かさを厳しく指摘されました。
・人々は、神を捨て、偽りを言い、自己中を貫くことを良しとした考え方を踏襲し、それを悪事とも思わず、疲れ切るほどに専念しました。いつの時代も、これが世の常識。
・私たちもかつてはそんな世の常識に流されて生きていましたが、神の教えを学び、聖霊を得て、今は神を見上げて歩む新たな道に立ち、神のみこころに生きています。この道を決して外すようなことがあってはなりません。真理は決して変わることがありませんから!
「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。」 コリント第一 7:31