エレミヤ書48章31節~47節

31節:それゆえ、わたしはモアブのために泣き叫び、モアブ全体のために叫ぶ。人々はキル・ヘレスの人々のために嘆く。

・モアブの傲慢の処罰の故に、わたしは嘆く。(「わたし」は、神かエレミヤか)
・「キル・ヘレス」・・聖書地図4.F/2.5の「キル・ハレセテ」
※Kir-hareseth、Kir-heres・・ヘブル語発音は両方「キーエル」
※「陶器の砦」の意。
※この町は、モアブ南部の重要要塞都市。
※イザヤ16:7、11、Ⅱ列3:25に記載あり・・「キル・ハレセテ」

32節:シブマのぶどうの木よ。わたしはヤゼルの涙にまさり、おまえのために泣く。おまえのつるは伸びて海を越えた。ヤゼルの海に達した。そして、おまえの夏の果物とぶどうの収穫を、荒らす者が襲った。

・「シブマ」と「ヤゼル」というモアブの都市が挙げられる。両方、シホン王からイスラエルが取った都市である。明確な位置は不明。
<ヤゼル>・・聖書地図4、G・5・・ガド族の都市。レビ族の町。ヨシ21:38~39。
<シブマ>・・ヘシュボンの南、ネボの東の位置?民32:37~38。ルベン族の都市で、ブドウとワインで有名であった。
・シブマのぶどう、果樹産業が破壊されることを示している。
※「海を越えた」と「ヤゼルの海」・・は何らかの関係があると思われるが詳細不明。
※ヤゼルに水源地があり、そこまでブドウ園が広がり、その産業が隆盛した?
※イザヤ16:8~10に同じような内容が記載されている。

33節:モアブの果樹園から、その地から、喜びと楽しみが取り去られる。わたしは石がめから酒を絶えさせた。喜びの声をあげてぶどうを踏む者もなく、ぶどう踏みの喜びの声は、もはや喜びの声ではない。

・モアブの果樹園の破壊→モアブの経済の破壊を示す。
※最も拠り所としていた経済が破綻したことに嘆くモアブの民。

34節:ヘシュボンが悲鳴をあげたので、その声はエルアレとヤハツまで、ツォアルからホロナイムやエグラテ・シェリシヤまで届く。ニムリムの水さえ荒廃するからだ。
35節:わたしはモアブで──主のことば──高き所でいけにえを献げる者を、その神々に犠牲を供える者を取り除く。

・31節の叫びがモアブ全土に拡がる。エルアレ・・ヘシュボンの北3キロ。
・所在が不明な町・・エグラテ・シェリシア(3歳の雌牛、または3番目のエグラテの意)
・ニムリムの水(複数形)・・「澄んだ、良い水の意味」。所在不明。
※フルクテンバーム博士:死海または、死海近辺の水源地を指す可能性ありとのこと。
※高原都市のみならず、モアブ全域が処罰となり、甚大な被害を受けることを示す。
・ケモシュ神の礼拝者を神は裁かれる。
実際、モアブはバビロンの侵略が大きなきっかけとなり歴史から姿を消し、預言は成就する。

36節:それゆえ、わたしの心は、モアブのために笛のように鳴る。わたしの心は、キル・ヘレスの人々のために笛のように鳴る。彼らの得た富も消え失せたからだ。

・「笛のように」・・フルートのような楽器で、葬儀の時に吹かれた。哀歌の伴奏。
※経済が完全に奪われて消え失せてしまった→拠り所を失った民の哀れな姿。

37節:実に、彼らは頭の毛をみな剃り、ひげもみな切り取り、手もみな傷つけ、腰に粗布を着けている。
38節:モアブのあらゆる屋根の上や広場には、嘆きしかない。わたしがモアブを、だれも欲しがらない器のように砕いたからだ──主のことば──。

・古代世界の4つの喪のしるし。どれほど甚大な被害であるかを強調する表現。
・神は、モアブを、砕かれた器のように破壊した。速やかに破壊された
・屋根の上や広場・・偶像礼拝を指していると考えられる。

39節:どんなにか打ちのめされて、泣き叫ぶことか。どんなにかモアブは恥を見て、背を見せることか。モアブは、その周りのすべての者の笑いものとなり、恐怖のもととなった。」

・民はその処罰に泣き叫ぶ。自慢していた分、周囲に対して大恥をさらすモアブ。
※神の民を笑う民は、笑われるものとなる。
・諸国にとっては、次は自分の番では・・と、恐怖の元にもなった

40節:まことに、主はこう言われる。「見よ。敵が鷲のように襲いかかり、モアブに対して翼を広げる。
41節:町々は攻め取られ、要害は取られる。その日、モアブの勇士の心は、産みの苦しみにある女の心のようになる。

・神が送る実行部隊(バビロン)は、モアブ全体を襲い、覆う。完全支配の光景。
・町も要害も実行部隊は全てを制圧。
・モアブの兵士たちは、豪語した言葉とは裏腹に、産みの苦しみの女の如き状態。

42節:モアブは滅ぼし尽くされて、民でなくなる。主に対して高ぶったからだ。

・「モアブは高ぶった」・・ケモシュ神を崇め、神の民を貶す行為。→神への傲慢。
※この傲慢な態度が、神の完全なる地上の裁きに繋がった。
※バビロンが、モアブ国を崩壊し、BC3世紀以降ナバテア人やアラブ人との同化、 吸収を経て独自性を無くし、第二神殿以降、歴史からモアブは完全消滅する
本物の神は歴史が証明する。短命な人間では、歴史が示す真実を見極めるのは難しいのが事実。しかし、歴史が示している事実に気付かないのは、大きな過ちであると思う

43節:モアブの住民よ、おまえを恐怖と落とし穴と罠が襲う。──主のことば──
44節:その恐怖から逃げる者は穴に落ち、穴から這い上る者は罠に捕らえられる。わたしがモアブに彼らの刑罰の年を来させるからだ。──主のことば──

・イザヤ24:17~18a節を用いてモアブの破滅を示す。
・逃れる術がない状態。
・「来させる」・・訪問させる・・神が必ず、特別な審判の時を来させる。
※これは神の宣言である。完全にモアブは消されるという、厳しい預言である。

45節:ヘシュボンの陰には、逃れる者たちが力尽きて立ち止まる。火がヘシュボンから、炎がシホンのうちから出るからだ。それは、モアブのこめかみと、騒がしい子どもの頭の頂を焼く。

・「火」がモアブの北部の中心であるヘシュボンから発生し、周辺を破壊する。
※破壊が国家内部から起こるということ。モアブ人の心(内部)が裁かれているということ。→その心とは、傲慢と反ユダヤ主義、すなわち神への傲慢である。
・「シホンのうちから」・・かつてのシホンの時よりも、モアブは討たれ、焼かれ、壊滅される。
・「こめかみ」・・急所、「騒がしい子供」・・不平ばかりを言う知恵が足りない者

46節:ああ、モアブ。ケモシュの民は滅びる。おまえの息子は捕らわれの身となり、娘は捕虜になって連れ去られるからだ。

・ケモシュ神を崇めるモアブの民は歴史から姿を消す。
・これまで捕囚となるような大規模な侵略はなかったが、息子、娘が捕囚される。
※これは、子孫の繁栄が難しい状態を示す。
※神の怒りは、モアブを歴史から消し去るほどのもの。

47節:しかし終わりの日に、わたしはモアブを回復させる。──主のことば。」ここまでがモアブへのさばきである。

・希望(回復)のことばが示される。
※モアブの将来の回復預言。
・「終わりの日」・・メシア的王国(千年王国)において、モアブ王国が成立する預言。
※民族は消滅したが、アラブ系民族の中に血統的に存在してる可能性がある。
・モアブへの預言はここで終了す

 

『秩序の花』
・神は、その悪のゆえに歴史からモアブを消し、メシア的王国での回復を約束しました。モアブ人の子孫がイエス様を信じる信仰者となり、彼らがメシア的王国に入ることになるのでしょう。
・メシア的王国とは、神に信頼し、神に従うという秩序を、イスラエルとすべての民が守る共同体と言えます。そしてその秩序を示されたのが、イエス様です。
・この秩序とは、 「神を愛し、隣人を愛せよ」という教え。今私たちは、この教えの奥深さと思いを皆で実践し、成長しています。これが、メシア的王国の前味である、私たちの教会なのです。
・神は御子を信じる私たちに聖霊を与えられました。イエス様が示された秩序の芽を私たちが実践して花とし、身の周りに、そしてこの地上に香りを放つよう育て上げて行こうではありませんか。
「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものに反対する律法はありません。キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、情欲や欲望とともに十字架につけたのです。私たちは御霊によって生きるのなら、御霊によって進もうではありませんか。」ガラテヤ 5章22~23節 

2026年06月03日