エレミヤ書34章1節~22節

バビロンの包囲戦が始まり、その最中に起こった出来事が語られます。

1節:バビロンの王ネブカドネツァルとその全軍勢、および彼の支配下にある地のすべての王国とすべての民族が、エルサレムとそのすべての町を攻めていたとき、主からエレミヤに次のようなことばがあった。

・この預言はエルサレム破壊の2年前と考えられ、バビロンによる包囲戦中である。
※バビロン軍側には、バビロンに攻め落とされた諸国も参戦していた。
※この包囲戦の最中、バビロンはエジプト軍の接近に対処し、一時包囲を解いた

→37:5~8、44:30参照
・この時期に、神はエレミヤに命じた。

2節:「イスラエルの神、主はこう言う。行って、ユダの王ゼデキヤに告げよ。『主はこう言われる。見よ、わたしはこの都をバビロンの王の手に渡す。彼はこれを火で焼く。
3節:あなたはその手から逃れることができない。あなたは必ず捕らえられて、彼の手に渡されるからだ。あなたの目はバビロンの王の目を見、彼の口はあなたの口と語り、あなたはバビロンへ行く。

・二つの預言 

①エルサレムの預言→バビロンに占領され炎上する。

②ゼデキヤ王への預言→バビロンに捕囚され、連行される。
※この預言の成就については・・Ⅱ列25:6~7参照。

4節:ただ、主のことばを聞け、ユダの王ゼデキヤよ。主はあなたについてこう言われる。あなたは剣で死ぬことはない。
5節:あなたは平安のうちに死ぬ。人々は、あなたの先祖たち、あなたの先にいた王たちのために埋葬の香をたいたように、あなたのためにも香をたき、ああ主君よ、と言ってあなたを悼む。このことを語るのはわたしだ──主のことば。』」

・ゼデキヤ王は連行されるが処刑されないという預言。
・「平安のうちに死ぬ」・・自然死。裕福でもなく処刑されず、最後は平安に死ぬ。
・歴代の王の埋葬のごとく香が焚かれ、その死が悼まれる。
※埋葬の様子については、Ⅱ歴16:14参照。
・対照的なのはエホヤキム王。エレ22:18参照。

6節:そこで預言者エレミヤは、ユダの王ゼデキヤに、エルサレムでこれらすべてのことばを語った。

・エレミヤはエルサレムでこの預言をすべてゼデキヤ王に語った。王への預言は終了。
※エレミヤが監視中かどうかは不明。

7節:そのとき、バビロンの王の軍勢は、エルサレムとユダの残されたすべての町、ラキシュとアゼカを攻めていた。これらが、ユダの町々で城壁のある町として残っていたからである。

・この時ユダの要塞都市は、ラキシュ、アゼカを残して陥落していた。
※包囲戦により、周囲は敵に掌握され、まさに孤立状態に近い状況。
※聖書地図4→ラキシュ(c:4)、その北東16キロにアゼカ。シェフェラ(低地)の町々。

※この預言は32:4~5と同じ。この預言の成就は39:4~7、52:7~11参照。
※ゼデキヤ王の伝承→ゼデキヤ王はネブカドネツァル王より先に死ぬと言われていたが、ネブカドネツァル王が死んだとき、ゼデキヤ王は37年間の監禁から釈放され、その一日後に亡くなった。ゼデキヤ王は王室の名誉で埋葬された。

 

<ラキシュの考古学資料> 



ラキシュの手紙

遺跡のある部屋で、考古学者たちは紀元前6世紀初頭のバビロン侵攻直前の古代ヘブライ語で書かれた約20点の刻印された陶片(オストラカ)を発見しました。これらの手紙はユダの軍人たちとの緊急の書簡を記録しています

 

最も有名なものの一つ、第4通の手紙
“…我々は主が示したすべてのしるしに従ってラキシュの火の合図を見守っている。なぜならアゼカは見えないからだ。」 この一節はユダの絶望的な最後の日々を捉えており、ラキシュは最後の砦の一つとして立っています。

アゼカ陥落は、エレミヤの預言の直後と想像できる。まさに聖書は真実!


8節:ゼデキヤ王がエルサレムにいる民全体と契約を結んで、彼らに奴隷の解放を宣言した後、主からエレミヤにあったことば。

・34:22から、エジプトとの交戦のため、一時包囲戦を停止していた時期。
※「引き返させる」の表現。
・契約締結・・ゼデキヤ王とエルサレムの市民の契約。
・奴隷の解放→自由の契約。・・・モーセの律法とは別個の人間による契約。
・この宣言が出された後に、神はエレミヤに語った。

9節:その契約は、各自が、ヘブル人である自分の奴隷や女奴隷を自由の身にし、同胞のユダヤ人を奴隷にしないというものであった。

・モーセの律法によれば、奴隷になっても6年の後、借金が完済し解放される。
※出21:2~6、申15:12~18
・ゼデキヤ王の契約は同胞のユダヤ人をすぐに奴隷から解放し、再び奴隷にしないというもの。

10節:契約に加わったすべての首長と民は、各自、自分の奴隷や女奴隷を自由の身にして、二度と彼らを奴隷にしないことに同意し、同意してから奴隷を去らせた。
11節:しかしその後で、彼らは心を翻した。そして、いったん自由の身にした奴隷や女奴隷を連れ戻し、強制的に彼らを奴隷や女奴隷の身分に服させた。

・これは人間の造り出した契約。ゼデキヤ王は神の命令に従おうとする意欲あり。
・人々は皆、同意した。しかし、・・・エルサレムの人々はすぐに契約破棄し、自由の身となった人々を再び奴隷とした。
※この時代の奴隷の扱いは、決して良好なものではなかったと想像できる。

12節:すると、主からエレミヤに次のような主のことばがあった。
13節:「イスラエルの神、主はこう言われる。『わたしが、あなたがたの先祖をエジプトの地、奴隷の家から導き出した日に、わたしは彼らと契約を結んで言った。
14節:「七年の終わりには、各自、自分のところに売られて来た同胞のヘブル人を去らせなければならない。六年の間あなたに仕えさせ、その後あなたは彼を自由の身にせよ」と。しかし、あなたがたの先祖は、わたしに聞かず、耳を傾けもしなかった。

・この状況で神はエレミヤに語る。・・この契約違反はモーセの律法違反である。
・神は、エジプトからの解放後の神と民とのシナイ(モーセ)契約を思い起こさせる。
※出21:2~11、レビ25:39~46(同胞の酷使不可)、申15:1、12~18参照。
・神の律法を全く無視!当時は全く守られておらず、ゼデキヤ王は解放の契約を締結したが、モーセの律法同様、否、それ以上に人々は簡単に契約を破棄する。

15節:ところが、あなたがたは今日、立ち返って、各自が隣人の解放を告げてわたしの目にかなうことを行い、わたしの名がつけられているこの家で、わたしの前に契約を結んだ。

・「わたしの家」・・この人間的な契約は神殿で締結。より厳粛さが増す。
※モーセの律法に心が向いたと思われる行為を、神は正しいことと判断。
※ゼデキヤ王の最初の従順。
※戦局が変化し、奴隷となる捕囚から解放されるべく、王は自ら奴隷の解放を 実践して、神に良い応答をしたのではないかと想像する。

16節:それなのに、あなたがたは心を翻して、わたしの名を汚した。あなたがたは、それぞれ、いったん彼らの望むとおりに自由の身にした奴隷や女奴隷を連れ戻し、強制的に彼らをあなたがたの奴隷や女奴隷の身分に服させた。』

・しかし、解放した同胞のユダヤ人を、強制的に再び奴隷とした民。
※神殿で締結された契約ということもあり、これは神の名を冒涜する結果となる。
※神を無視し、王の権威も失墜している状況が思い浮かぶ。

 

☆ゼデキヤ王の人間的契約の経緯
・ゼデキヤ王の第9の年に、バビロンに反旗を翻す。
・バビロンがエルサレムへの包囲戦を開始。
・エジプトの接近(イスラエルの支援のため)にバビロンが応戦のため、包囲戦を解く。
・ゼデキヤ王は、神の好意を得るため、民と奴隷解放の契約を結ぶ。

しかし、その内情は・・・
①バビロンの包囲戦で、仕事が減り奴隷を養う余裕と意味がなくなった。
※奴隷を所有する者たちの負担が減るというメリットがあった。
②エジプト軍との交戦の為、バビロン包囲が一時解かれた。
※危険が和らぐと仕事、活動が再開し、奴隷が必要となり、契約を破棄する。
※奴隷所有者は、収入増というメリットがある。
③この契約破棄は、モーセの律法違反につながる。

17節:それゆえ、主はこう言われる。『あなたがたはわたしに聞き従わず、各自、自分の同胞や隣人に解放を告げなかったので、見よ、わたしはあなたがたに──主のことば──剣と疫病と飢饉の解放を宣言する。わたしは、あなたがたを地のすべての王国にとって、おののきのもとにする。
18節:また、わたしの前で結んだ契約のことばを守らず、わたしの契約を破った者たちを、彼らが二つに断ち切ってその二つの間を通った、あの子牛のようにする。

・この契約の破棄は、モーセの律法の破棄ゆえに、「剣、疫病、飢饉」の裁きを下す。
・この裁きは全世界にとって恐ろしい光景となる。(激烈な裁き)
・更に、アブラハム契約の締結の儀式を思い出させる。創15:7~21
※創15:11の光景が次節の内容と酷似。

19節:ユダの首長たち、エルサレムの首長たち、宦官と祭司と民衆すべてが、二つに分けた子牛の間を通った者たちである。
20節:わたしは彼らを、敵の手、いのちを狙う者たちの手に渡す。その屍は空の鳥や地の獣の餌食となる。

・違反者たちは、ユダとエルサレムの首長、宦官や祭司などの上層部、住民のすべて。
・割かれた子牛の間を通った者たち。→割かれた子牛と同様、猛禽類の餌食となる。
・猛禽類の餌食→バビロンの手に渡されたイスラエルの民の結末。

21節:また、わたしはユダの王ゼデキヤとその高官たちを、敵の手、いのちを狙う者たちの手、あなたがたのところから引き揚げたバビロンの王の軍勢の手に渡す。

・状況として、バビロンはエジプトとの交戦の為、包囲を解いている。
・神は、一旦包囲を解いているバビロン王に、ゼデキヤ王や上層部を渡すと宣言。

22節:見よ。わたしは命じて──主のことば──彼らをこの都に引き返させる。彼らはこの都を攻め取り、火で焼く。わたしはユダの町々を、住む者もいない荒れ果てた地とする。』」

・神の宣言は、バビロン軍をエルサレムに引き返させるというもの。
※この一時的包囲戦の解放が、新たなイスラエルの民の罪を露わにした。
※バビロンはエジプトに勝利し、引き返してエルサレムに火をつけ、炎上させる。
※「住む者もいない荒れ果てた地とする」→かろうじて生き延びた者たちは、亡命せざるを得ない状態。

 

『損得勘定の罠』

・バビロンの包囲戦の中、ゼデキヤ王は神に好意を得るために同胞のユダヤ人を奴隷から解放するという、神の目にも正しい行動をとったが、包囲戦が解かれると人々の心は一変する。
・人の本心は周囲には見えにくいもの。結局、ゼデキヤの思いと異なり、この時の奴隷所有者は、損得勘定が常に働いていて、神さえも利用するという心の持ち主であったことが分かる。
・クリスチャンは、損得勘定は二の次、三の次であり、最優先は神の期待への応答である。救いは、未来に用意されている豊かな恵みでもあり、地上とは比べ物にならない豊かさと幸いである。
・終末が近づくにつれ、神の真実性が顕著である。損得勘定が賢い事と勘違いしている人達を尻目に、救いに感謝し、本当の正しさに従って、いつも神を見上げる真の信仰者を目指しましょう!
「今、私は人々に取り入ろうとしているのでしょうか。神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは人々を喜ばせようと努めているのでしょうか。もし今なお人々を喜ばせようとしているのなら、私はキリストのしもべではありません。」ガラテヤ人の手紙1:10  

 

2026年01月15日